異世界カルテル

九条蓮@MF文庫Jより『壊れ君』発売決定

第1話 取引失敗と襲撃

 銃弾が飛び交っていた。

 周囲には悲鳴や怒号が響き渡り、混乱を極めている。

 本来なら麻薬カルテル〝レガリア〟代表──葉村呉葉はむらくれはこと俺が、指示を出して乗り越えなければならない状況だった。

 しかし、身体が思うように動かない。おまけに意識も朦朧として、呼吸することさえままならなかった。

 それも仕方ない。俺の腹には風穴がふたつ程空いていて、血がこれでもかというくらいドクドクと流れ出ている。全く、俺の血を無駄にしやがって。こんなに垂れ流すくらいなら、献血にでも使えってんだ。

 まあ、が混じった俺の血なんて、誰も欲しがらないだろうけども。

 こんな目に遭っているのは、他でもない。

 組織の中に裏切り者がいたからだ。

 俺達のカルテルは、吸った奴は全員幸せになれる新たな高純度ドラッグ〝ハッピーパウダー〟の開発に成功し、香港マフィアと売買契約を結んだ。

 今日はその取引の日だった。

 この取引が終われば、巨額の金が入る。一生遊んで暮らせるくらいの金だ。

 大金を手にしたら、組織中枢四人皆で足を洗い、海外に高跳びしてこれからは自由気ままに生きよう──そう話し合っていた。

 こんなヒリついた糞ッ垂れた生活は、今日で終わりだ。あとは飛行機に乗って、東南アジアあたりでひっそりワイワイ楽しく生きる。そんな人生が待っている。俺も皆も、そう信じていた。

 麻取──麻薬取締官──にも目を付けられているし、大型の取引であるが故に不安はあった。

 でも、それよりも高揚感の方が強かったように思う。不思議と幸福感もあった。

 これは人為的にになるようにしていたのだ。

 そう……これこそが俺の開発した〝ハッピーパウダー〟の効果だった。

 副作用は極限まで少なく、さらに幸せな気分になれて不安も吹き飛ぶ。依存度もそれほど高くない。認可などされるはずがないが、このストレス社会で生きる皆をハッピーにできる、魔法みたいなドラッグだ。

 香港マフィアが取引場所の廃工場に訪れ、ようやく取引が始まろうかという時……廃工場に似つかわしくない爆発音が唐突に鳴り響いた。

 俺達に敵対するカルテルによる襲撃だ。

 俺達の仲間か、或いは香港マフィア側に内通者がいたのだろう。

 そこからはもう無茶苦茶だった。

 ここが本当に日本かと疑うほどの銃撃戦が繰り広げられ、最初の襲撃で俺の腹には風穴が空いていた。

 こうなってしまっては、もうどうにもならない。


「ボス、しっかりしてよ! 私達、これから遊んで暮らすんでしょ!?」


 瀕死の俺に肩を貸しながら、長い黒髪のアジア系フランス人の女が叫んだ。

 彼女の名はフラン。普段はクールな表情が魅力的な彼女だが、今は泣きそうになりながら、どうにもならない状況にただ絶望していた。

 ちなみに、フランという名はコードネームだ。俺は彼女の本名も出身地も知らない。本当にアジア系フランス人なのかもわからない。その割に日本語が流暢な気がする。

 フランはずっと組織の用心棒役として、俺達を守り続けてくれていた。これまで何度も危機を救ってくれたが、今回ばかりはさすがの彼女でもどうにもならなかった。

 フランのスーツも俺の血でべとべとだ。この出血量から見て、俺が助かる見込みはもうないだろう。


「フラン、俺はもうダメだ……お前だけでも逃げろ。お前ならひとりでもここから抜けられる」


 息も絶え絶えに、何とか言葉を口にした。

〝レガリア〟結成当初からいたレクスとメルヴィ──どちらもコードネームだ──は既に殺されてしまった。最後の生き残りはもうフランしかいない。

 ここで仲間全員を無駄死にさせるわけにはいかなかった。もう俺の組織で生き残っているのは彼女と俺のふたりだけ。ならば、せめてまだ無傷の彼女ひとりだけでも生き残ってほしかった。

 しかし、フランが従うはずもない。


「私がボスを見捨てて逃げれるわけないでしょ? 今回も生き残るよ。これまでだって、〝レガリア〟は何とかやってきたんだから」


 フランは俺を貨物の物陰まで運ぶと、ホルスターから拳銃を取り出してにやりと笑った。

 笑っているものの、完全に強がりだ。この状況がもうどうにもならないことは、彼女もよくわかっている。

 今はマフィアと敵対組織が打ち合っているが、如何せん数と装備に違いがありすぎる。あっちもどうにもならないだろう。

 さすがにサブマシンガンは反則だろうが。

 フランも実力はかなりのものだが、さすがにチャカ一丁ではどうにならない。


「さっさと行け、フラン! ここも持たねえぞ」

「大丈夫。私がボスを守るから」

「バカ、出るな──」


 俺の制止も聞かず、フランは気合の声を張りあげながら飛び出て行った。

 瞬く間にその銃捌きで敵を屠っていく。だが、さすがに多勢に無勢──四人目を殺したところで、無慈悲にも彼女の全身をマシンガンの弾が貫いた。

 フランは目を見開いたまま、どさりとその場に倒れ込む。

 頭も打ちぬかれている。即死だ。


「クソッタレがぁ! テメェら全員ぶち殺して……うッ」


 俺も怒りのままに銃を取り出そうとするが、もはや身体に力が入らず……の場にばたりと倒れ込んだ。

 意識が混濁して、もはや視界さえままならない。ただフランやレクス、メルヴィの死に顔だけが、ぼやけて見えていた。

 どうしてこんなことになってんだ。今日で終わりじゃねえのかよ。これからは四人で笑いあって暮らそうって言っていたのに。こんなの、あんまりだ。

 そんな不平不満ばかりがその間際に後悔として溢れ出る。これまで散々悪をしてきたくせに、今更人生を悔やむとは思わなかった。

 どうせ死ぬなら、せめて仲間達だけでも幸せにしたかったなぁ──

 そんな後悔を抱いていた折、物陰から男が現れた。男は俺の頭に銃口を突き付けて、言った。


「あんたの作ったハッピーパウダーは、俺達がこれから売りさばいてやるからよ。あんたはそのまま、おねんねしときな」


 男のその言葉を最後に──俺の意識は、途絶えた。

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