ぽんぽこタヌキの天狗退治〜ぼく、タヌキになっちゃいました〜

神伊 咲児

第1話 僕、タヌキになっちゃった

 くやしい……。


 泳げない。


 ビート板を使っても、せいぜい十メートルだろうか。

 夏休みのプール開きを使って、ちょっとだけ練習をしたんだけどさ。

 やっぱり、途中で足がついちゃった。


 学校のプールは二十五メートルなんだけどね。

 僕はそのその半分も泳げないんだ。息つぎが難しい……。


 今は夏休みの終わり頃。

 昨日は、たまっていた宿題を必死にやってさ。

 毎日書くはずだった日記を、たった一日で終わらせたんだ。

 なんなら、明日からの分までも書いちゃったよ。天気なんかバラバラで適当。

 本当はよくないんだけどね。


 夏休みの宿題は全部終わらせた。

 だから、明日は市民プールにでも行って、バタ足の練習をすればいいんだけどさ。


 僕には無理だ。


 二十五メートルは泳ぎたいけどさ。

 練習時間が無駄に感じるよ。


 母さんは洗濯物をたたみながら言った。


「あら、プールに行くのはもうやめたの?」


「だって、才能ないもんね」


「そんなことないわよぉ。母さんも父さんも泳げるんだからぁ」


「子供に才能が遺伝しないことだってあるでしょ」


 もう、諦めたほうがいさぎいいよね。


 泳ぐ練習はやめて、クリアしていなかったロールプレイングゲームをやろうかな。


 僕は、 葉月はづき 大助。

 十一歳の小学五年生だ。


 好きなことは漫画を読むこととテレビゲーム。

 カードゲームとかも好きでさ。結構レアなカードも持っているんだよ。


 母さんからはテレビゲームは一日二時間まで。

 とか言われてるんだけどさ。内緒で三時間くらいやっちゃったりね。

 だって、ロールプレイングゲームのさ。最終面で、ラスボスがいるんだよ?

 倒したくなっちゃうよね。

 もちろん、母さんにバレたら怒られるよ。だから、やり始めた時間を誤魔化したりしてね。

「このゲームはさっきやったんだよ」なんてさ。上手く言い訳してるんだ。


 母さんを騙すのはなんとかできるかもしれない。

 でもさ。水泳の時間はそうはいかないんだよね。

 二十五メートルを泳ぐのって難しいな。特に息つぎがね。

 タイミングがわからなくてさ。んぐぐって、息が詰まる感じ。わかるかな?


 そんなわけだからさ。

 本当は、夏休みにやっている学校のプール開きで二十五メートルを克服したっかったんだけどね。


 きっと、クラスメートに笑われるな。


 ああ……学校に行きたくない。


 僕には泳ぐ才能がないんだよ。

 うう、才能がある子がうらやましい。


 永遠に夏休みが続けばいいのにな。

 

 なんて、思っていたんだけどさ。

 気がつけば夏休みは終りに近い。

 ああ、楽しい時間はすぐにすぎる。学校の授業は長く感じるのにさ。夏休みは終わるのがめちゃくちゃ早いんだよね。


 今、何時だろうか?

 朝日がまぶたに当たるからさ。夜は明けているんだろうけどね。


 母さんは仕事に出ているだろうから、今日はゲームをやりまくる予定なんだけど……。


 外がなんだか騒がしいな。

 セミの鳴き声じゃないみたいだ。

 多分、人の声。大勢いるみたいだけれど?


「どうか、お助けください〜〜」

「天狗めを倒してくださいませ〜〜」

「お力をお貸しください〜〜」

妖奉行あやかしぶぎょう様ぁ」


 なんだろう?

 なんでこんなに大人の声が聞こえるんだろう?

 母さんが映画でも観ているのだろうか?


 目をさますと、そこは僕の部屋じゃなかった。

 周囲は木でできていて、杉っていうのかな? 木の匂いがフワって。鼻の中に広がるの。


 なんだろう? 

 なんだか狭い部屋だなぁ。

 僕の部屋より半分の広さもない。

 木の壁には隙間があって、そこから日の光が差しているんだ。


 ふと起き上がると、不思議な違和感。


「あれ? 手が毛むくじゃらだぞ??」


 茶色の毛……。

 顔を触るとフワフワしている。

 おかしいな??

 僕、ヒゲが生えたのかな??

 

 体もフワフワの毛が生えている。


「え? 僕、ぬいぐるみを着ているのかな??」


 突然、 甲高かんだかい女の人の声。


『大助さん。そこに神鏡しんきょうがありますから、それで顔を見てくださいな』


 辺りを見渡しても誰もいない。


「しんきょうってなんですか?」


『鏡のことですよ。ホラ。丸い形をしたヤツです』


 なるほど。

 本当に丸い形をした小さな鏡があるや。

 どれどれ。僕の顔はどうなっているんだ──。


「え!? な、なんで!?」


 そんな、どうして!?

 ぼ、僕……。


「タヌキになってるよ!?」


 テレビや図鑑で見たことがある!

 この顔は間違いなくタヌキだ!


 フワフワの手も、体も!

 丸っこい尻尾まであるってば!

 僕、可愛いタヌキになっているぞ!


 これ夢ぇ!?


 って、ほっぺたをつねったらちゃんと痛い。


「夢じゃない!? なんで!?」 


『外をのぞいてみましょうか。ゆっくり、ちょっとだけですよ』


 その部屋には小さな扉があって、それは二枚の板が扉になっているタイプの物だった。その真ん中に隙間があって、外の様子が覗けるみたい。


 僕はおそるおそる、外を見た。


 すると、着物を着た大人たちが、こっちに向かって土下座をしていたんだ。


「え!? どういうこと!?」


 服装が昔の人だぞ!?

 髪型だっておかしい!

 マゲを結っていたり、タオルを巻いていたり。

 これじゃあ、社会の時に教科書に載っていた、農民の姿だよ!!


「なんで!? どうして!?」


『あん! そんなに扉を開けちゃあいけませんよ』


 僕はうっかり、扉を全部開けちゃった。

 でもさ、理由を知りたいじゃない。

 僕はみんなにたずねてみた。


「すいません。ここどこでしょうか?」


 農民たちは僕を見つめて、


「あ、このタヌキが!」

「まぁた、お供えもんを食べやがったな!」

「イタズラもんが」

「承知しねぇぞ」


 え!?

 なんか怒ってる!?


 僕、お供え物なんか食べてないけど……。


 って、口元を触ると、黒い物がベットリと付いていた。


「あ!」


 これ、 餡子あんこだ!

 まんじゅうの中に入っている甘いやつ!


「許さねぇぞ。とっつかまえてタヌキ汁にしてやる」


 そう言ってクワを構えた。


 いやいや、あの農具で僕を殴るってこと!?


「お、落ち着いてください! 僕、まんじゅうなんか食べてませんから!!」


「うるせぇ! こちとら 妖奉行あやかしぶぎょう様を呼んでんだ! おめぇじゃねぇんだよ。このタヌ公が!」


 と、クワを持ってこっちにやって来た。


「うわぁあああああああああああああ!!」


 当然、逃げるよね!!

 

 猛ダッシュです!!


 僕の体はタヌキになっていて、どうしてかわからないけれど、犬みたいに四つん這いになって走れるんだ。

 それで、体が小さいから草木の小さな隙間にスッポリと入れちゃう。


「あ! ちくしょうめ! 逃げられた」


 ええええええええええ!?

 どういうことぉ!?


 僕は誰もいない場所まで走り切った。


「ハァ……ハァ……。こ、殺されるかと思った」


パタパタ……。


 ん、なんだこの羽音は?


『危なかったですね。大助さん』


 さっき聞こえた女の人の声だ。


『だから、扉を開けてはダメだと言ったんですよ』


パタパタ……。


 その羽音は上から下の方に降りてきた。


 蝶々!?


 いや、違うな。

 本だ……。


 分厚い本が、蝶々みたいにパタパタ飛んでいるんだ。


 驚きは止まらない。

 その奇妙な生き物はさっき聞こえた女の人の声だったんだ。


『私の名前は 事典蝶じてんちょう。勉強好きな蝶々が百年生きましてね。こんな姿になったんですよ』


 ええええええええええ!?

 やっぱり、わからないってばぁあああ!

 なにがどうなってんのぉお!?

 僕がタヌキになって、本がしゃべってるよぉ!?

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