第43話 女神、悪友と再会する

 収穫祭当日。

 女神牧場は大勢の人達で賑わっている。他の牧場関係者、食品業者、島の住民、そして観光客。

 ちょっと前まで女神の信仰心が集まらなくて枯れていた島とは思えない。


 これも全てあの元ニートのおかげである。

 素直に感謝するのは癪だが、最近のあいつは本当によく頑張っている。

 出会った頃はどこまでも自己中心的な奴だったが、今では自分を犠牲にしすぎるくらいに他人のために動けるようになった。極端すぎるのも考え物だが、前よりはよっぽど真人間に近づいたといえるだろう。


 人間の成長を実感できることに幸福感を覚える。

 それは久しく忘れていた、私の奥底に眠る女神らしさだった。


「おや、懐かしい顔さね」


 感傷に浸っていると、聞き覚えのある声がした。

 振り返ってみると、そこには懐かしき悪友の姿があった。


「もしかして、ダリア?」


 十年以上前、私と組んで人身売買に手を染めていた善人の面を被った悪人、シスター――いや、マザーダリア。


 十年経ったこともあり、顔のシワも増え、輝くような金髪はすっかりくすみ、半分以上が白髪になっている。十年という月日だけではここまで老けない。

 おそらく、私が彼女の前から姿を消したあの日から相当苦労したのだろう。


「ご無沙汰だね、クソ女神」

「ホント久しぶりね、エセシスター」


 お互い憎まれ口を叩き合いながらも笑顔を浮かべる。


「あんたがそっちの姿をしているなんて珍しいこともあるもんだね」

「あんた以上に神使いが荒い奴のせいよ」

「なるほど、あの坊やかい」


 ネイトは開会のあ挨拶や他の牧場関係者や食品業者を案内したり、取材に応じたりと、せわしなく動き回っている。

 そんな彼の雄姿を遠目に確認しながら、私は木製のジョッキを手にしているダリアへ告げた。


「聖職者が酒なんて飲んでいいわけ?」

「信仰の対象が飲んだくれてるんだ。誰も文句なんて言わないさね」

「ふふっ、違いないわね」


 かくいう私も今は業務を離れて休憩中。午後にも業務はあるが、女神はその気になれば一瞬で酔いを醒ますことも可能だ。バレなきゃ飲んでも問題ないだろう。


「こっちはあんたが急に消えたせいで大変だったんだよ?」


 軽くジョッキを当てて乾杯すると、ダリアは恨みがましい表情でそんなことを言ってきた。


「あんたは大金が手元に残った分マシでしょ。私なんてね、あんたと好き勝手やりすぎたせいで寂れた無人島に島流しになったのよ」


 お父様を含め保守派の神々は〝神は俗世に染まるべからず〟って頭でっかちな連中ばっかり。

 当然、人間と手を組んで悪さをしていた私は担当する土地を無人島へ変更させられたのだった。


「それで、この島であの坊やと出会ったってわけかい」

「そゆこと。何の偶然かあんたの育てた子もこの島にやってきて、あのニートといい感じの空気になってるわよ」

「……そうかい、エリシャが」


 いつもの集同腹ではなく、ユイのデザインしたディアンドルを着込み、せわしなく会場を駆け回るエリシャちゃんをダリは目を細めて眺めている。

 彼女からすれば、エリシャちゃんは特別な子だ。本人は頑なに認めようとしないが、長い付き合いの私にはわかる。


「それじゃ、私はこの辺でお暇するかね」

「エリシャちゃんに会っていかないの?」

「売りそびれた商品を見てどうするってんだい」

「はぁ……いい加減素直になりなさいな」


 ダリアが孤児の中でもエリシャちゃんを特別視していたのは知っていた。

 元々ダリアは自分の子供を流産で失い、身勝手な旦那に捨てられた。

 子供を育てることに憧れがあったダリアは、不幸な子供達を救うという純粋な目的で孤児院を始めた。


 だが、孤児院を経営するには資金が足りなかった。

 元々少なかった自分の全財産を売り払っても運営費は足りない。

 かさむ借金に増える孤児。彼女が純粋な志を捨てるまでそう時間はかからなかった。

 そんな時に出会ったのが、孤児院近くの泉に住む女神、私だった。

 女神の加護を悪用して表向きは聖人として知名度を上げ、裏では成長した孤児を売って人身売買で儲ける。こうして資金難を乗り越えたダリアは段々と目的を見失っていった。


 孤児を救いたかったはずが、資金難のために孤児を売り、金に執着するようになる。これほど皮肉なこともないだろう。


「本当はあの子に糾弾して欲しかったんでしょ? あんたのやってることは悪いことだって」


 それでも、きっと心の奥底に罪悪感はあったのだろう。

 だからわざとエリシャちゃんに自分の素を見せた――生きていれば自分の娘と同い年であった純粋な少女に。


「でも、エリシャちゃんは糾弾しなかった。何事もなかったように、あなたの素を見ないようにした」

「……ふん、自分の娘に代わって糾弾してほしいなんて愚かな考えだったのさ。あの子は人の善性をどこまでも信じているような子さね」

「その純粋さが、一人の人生を変えたのよ。自分さえよければ他のことはどうでもいい。何事も諦め、自分の可能性を否定し続ける。そんな人間が周りと力を合わせてゼロからこの島を開拓するまでにね」


 あの劣等感の塊だったネイトが自信を持ってこんな大イベントを開催するまで成長したのだ。そのきっかけを作ったのは間違いなくエリシャちゃんである。


「これだけは忘れないで。純粋なあの子を育てたのは他でもないあなたよ、ダリア」


 そして、そんな素晴らしい人格者を育てたのは間違いなくダリアなのだ。

 ダリアは私の言葉に、どこか憑き物が落ちたような表情を浮かべた。


「ふっ、久しぶりにあんたに会えてよかった。達者でね」


 最後にそう言ってダリアは去っていく。

 その足取りはどこか軽やかなものになっているように感じた。

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