第16話 ニート、シスターの過去を知る
そんなことを考えながらベッドに潜り込んで消灯すると、珍しくエリシャに寝たままの状態で話しかけられた。
「ネイトさん。起きてますか? やっぱり、もうちょっとだけお話しませんか」
「別に構わないぞ」
特に眠いわけではなく、ただやることがないから寝るので話をする分には問題ない。むしろ、暇潰しにちょうど良かった。
「ネイトさんはどうして女神様を邪険に扱うのですか?」
「邪険って程でもないと思うが……」
「いいえ、少なくとも加護を得ている人間の態度ではありませんよ。でも、最近あなたが女神様を見ることができる理由がわかった気がしたんです」
そこで一端言葉を切ると、エリシャは何かを堪えるように飲み込んで言った。
「女神様を見ることが出来るのは、きっと女神様を対等な存在として認識している人だけなんです」
「対等な存在?」
まさか女神を盲信していると言っても過言ではないエリシャから、そんな言葉が出るとは思ってもみなかった。
困惑する俺にエリシャは淡々と続けた。
「実は私、ネイトさん以外にも女神様が見える人を知っているんです」
「まあ、俺如きに見えるんだから一人や二人くらいいてもおかしくはないけど……どんな奴なんだ?」
「私の育ての親であるマザーダリアです」
マザーということは修道女だろう。育ての親ということはエリシャは捨て子だったんだろうか。
「マザーダリアは素晴らしい人でした。身寄りのない子供を率先して引き取り、食事の面倒や勉強も教えてくださいました。教会を出た人達はそのまま神父やシスターになる人もいましたし、商人として成功したり、中には政治家になった方もいらっしゃいました。マザーはいつもおっしゃっていました。『女神様はいつも私達を見ていてくださる。だから、困難は女神様から与えられた成長の機会なのです』と」
「話を聞く限り敬虔な女神教徒って感じだな」
そんな聖人みたいな人と社会のゴミがどうして同じように女神が見えたのだろうか。
「ええ、世間一般ではそういう評価でした。でも、本当の彼女はそんな人間ではありませんでした」
「本当の彼女?」
「彼女は裏社会で〝孤児売りのダリア〟と呼ばれる存在で、腕っ節の強い子などは傭兵として売り飛ばされ、頭のいい子を権力者や貴族の養子に出して多額の報酬を受け取っていたのです」
「なっ……」
あまりの衝撃に言葉を失う。この世界の汚い部分は目にしていなかったせいか、エリシャが今話したようなことが実際にあるなんて考えもしなかったのだ。
「私のようにシスターになる人間は出来損ないだったんです。教会に属する人間に育てたのは偏に自分が人格者だということを外に広めるためだったのでしょう」
「どうしてエリシャはマザーダリアの裏の顔を知ったんだ?」
「マザーが取引先の方と話しているのを偶然聞いてしまったんです。もちろん、私も初めは信じられなくてマザーに直接聞きにいきました」
エリシャは声を震わせながらも話を続ける。他人に興味のない俺でも聞いていて胸が苦しくなる程の身の上の話を。今、彼女はどんな気持ちでこんな話をしているかは想像に難くない。
「そしたら、マザーは今まで見たことのない残忍な表情で『これだから頭が悪い癖に勘のいいガキは嫌いなんだ』と言って、全てを認めました。それでわかったんです。私が今まで見ていたものは全て嘘で塗り固められたものだったのだと」
「だったら、どうしてエリシャはまだ女神を信じているんだ」
「マザーが言ったんです『女神はいるさ、ただあんたの思っているような素晴らしい存在じゃないがね』と。だから、確かに女神様はいると思った……いえ、思いたかったのでしょうね、私は。嘘で塗り固められた幸福な時間でしたが、それだけは嘘と思いたくなかったんです」
マザーダリアが言った言葉は奇しくも、以前俺がエリシャに言った言葉と同じ言葉だった。
「マザーは女神様を見て話をすることができたそうです。そこでネイトさんのように加護をもらい、奇跡のようなことを起こしていました。祈り一つで嵐を退けたり、干上がった湖を元に戻したり」
つまり、マザーダリアは女神に頼み込んで天候などを操作してもらったということだ。
女神というブランドに価値を付け、素晴らしい存在だということをエリシャ達に擦り込ませるために。
つい最近、自分も同じようなことを考えていたため、俺はあることに気がついた。
「マザーダリアの目的は信者を増やして女神の加護を増大させることだったのか?」
「その通りです。女神様も信者が増えるなら、とマザーの行為の善悪は問わなかったそうです」
なんだかこの島の女神みたいな理論だな。女神ってそんな奴しかいないのだろうか。
「それで、マザーダリアはどうなったんだ?」
「ある日突然、女神様がいなくなって加護を失ったことをきっかけにお金を持って姿をくらましました。残された私達は各地に女神様の教えを広めるために巡業の旅に出ました」
そこでそうなるのが俺には理解できない。
真実を知らない他の連中ならまだしも、エリシャはどうしてそこまでマザーダリアの教えを信じ続けられるのだろうか。
「マザーダリアのこと、恨んでないのか?」
「はい。どんな思惑や過程があろうとも、私がマザーに救われた。その事実は変わらないのです。それに、マザーは世間的には素晴らしい人格者だと認識されていました。そして、それは私しか知りません。マザーは素晴らしい人格者を演じきっていたんです。つまり、マザーの教え自体はたとえ建前だろうと、間違ってはいなかったのです」
逆説的に考えれば、どこまでも自分本位に利益を得ようとするマザーダリアが、世間から良く見えるように動いていた。その打算的な行動こそ信じられる、ということだろうか。
「完璧な人格者を演じきれば、それはもう完璧な人格者ってことか」
「ええ、ネイトさんもマザーほどではありませんが打算的な考えを持つ人です。それでも、あなたのその行動は確かに誰かを救っているということを忘れないでください」
最後にエリシャは笑いながら話をそう締め括った。
「すみません。急にこんな話をしてしまって。もう十年以上前のことです。忘れてください」
エリシャはそう言ったっきり、黙りこくってしまった。何か言葉をかけようと思ったが、何も思いつかなかった。
どんな人間にだって苦労はあるし、程度はあれど困難だってある。
その全てから逃げ続けた俺には彼女を慰める資格はないのだ。
俺とマザーダリアは違う。
マザーダリアはどんな思惑があれど、孤児を引き取って育てていた。
それは並大抵の苦労ではないし、たとえ成長した孤児を売ろうと考えていても簡単にできることではない。
それに売り払った後もその子達からは敬意を払われ、感謝されている。それは傭兵として戦いの日々を送る者も同じだ。放っておけば死んでいた命を生きながらえている。それだけで彼女はその子達から感謝されるのだ。
努力をせずにたまたま全ての状況が噛み合って力を得た俺とは違う。
彼女は絶え間ない努力の上でエリシャの信頼を勝ち取ったのだ。
ああ、認めよう。
俺は悔しかったのだ。
同じように結果としてエリシャを救った人間として、どこにもマザーダリアに勝てる要素がないことがどうしようもないほどに悔しかったのだ。
こんな感情、とっくになくなっていたと思っていた。
昔の俺は誰よりも負けず嫌いだったが、自分が誰にも勝てないことを自覚した途端、諦めてそんなくだらないことを頑張るなんてバカバカしいと周りを見下していた。
ズルして勝つことで自分はうまく立ち回っているんだと言い聞かせて、負けることに言い訳をしていた。
だからニートになった。
親も騙して遊んで暮らせる環境を手に入れた俺は勝ち組だと思いたかったからだ。
そして、今も同じだ。
女神の弱みを握り、妖精達をうまく使って楽をする。
結局、ニートはどこへいってもニートだったのだ。
でも、明日からは少しでも胸を張れるような人間としてエリシャの前に立ちたいから。
自分がいなくなったら悲しむと言ってくれた彼女と対等でいたいから――一歩、踏み出そう。
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