②デニスSIDE


『おお素晴らしい!』

『これが希少属性か!』

『君は我が校の伝説になれるかもしれない』



 学園入学当初、私は周囲からこのように持ち上げられていた。

 学園始まって以来の雷属性持ちという期待を一身に受けていた。

 だが入学から数週間でその評価は地に落ちる。

 同学年にエレシア・コーラルという才女がいたこともあり、同級生や教師たちからの私の評価は『期待外れ』『基礎すらできない落ちこぼれ』というものへと変化していった。

 悔しかった。

 昨日まで親しげに話しかけてくれていた教師たちが手の平を返したように冷たい態度をとってくる。あの『終わったもの』を見るような目は、思い出すと今でも身震いする。


「くっ……優秀な指導者に教えを請えられれば私だって」


 雷魔法の使い手は、歴史をどんなにさかのぼっても数名しか存在しない。

 当然専門の指導者など存在しなかった。

 希少属性故、雷魔法は文献や資料がほとんど残されておらず、基礎魔法のサンダーボルトの習得すら数ヶ月かかった。

 誰にも頼れず、全てが手探りだったのだから仕方がないとはいえ、そんな言い訳は御三家の自分には許されない。だから寝る間も惜しんで努力した。

 しかし結果はついてこない。

 同学年のルキルス殿下やエレシアと常に比較され、おとしめられ続ける。

 やがてその評価は父上の耳にも届くだろう。

 考えただけで恐ろしい。

 なんとか夏の間に挽回ばんかいせねば。そう思っての帰省だった。


『兄さんの魔法が見たいのです!』


 弟からそう言われ、私の心は少し和らいだ。

 昔から雷魔法に関心があった弟は、よく私に魔法を見せてとせがんでいた。

 魔眼という呪いを受けて生まれたあわれな子だ。

 父からはいないものとして扱われ、母は自らの命を絶ってその存在を拒絶した。

 悪魔召喚などと妄言を吐く時期もあったが、私が学園に入ってからは、剣の修業を始めたという。

 この世界で頼れるのは自分だけ……そう思ったのだろう。

 強くなる必要があると、わずか九歳で気付いたのだろう。

 しかし、それは違う。

 お前には頼れる兄がいるのだと、気付いてほしい。

 そう思っていたのだが。


『は、はは……兄さんの魔法はすごいです』


 私の魔法を見た後、弟は失望したようにそう言った。

 失望しつつも、兄である私を傷つけないために取り繕うような態度を取った。


 その瞬間、私の中で何かがはじけた。


 初めは弟に対する怒りかと思った。

 だが違う。

 この湧き上がる力は自分の不甲斐ふがいなさへの怒りだ。

 弟に気を使わせてしまった自分への怒りだ。

 だから私は変わらねばならない。

 学園の成績など最早もはやどうでもいい。

 私の魔法を無邪気にはしゃいで楽しんでいた弟の笑顔を取り戻したい。

 お前にもこんなに頼れる味方がいるのだと、知ってほしい。

 私は王立学園入学からこの数ヶ月、多くの人たちの期待を裏切ってきた。

 けれど、最後まで期待してくれていた弟の思いだけは、裏切ることはできない。

 私はその一心で研究と鍛錬に励んだ。




 夏季休暇も終わりに近づいてきた頃、屋敷から離れた訓練場に弟を呼び出した。


「兄さん……一体どうしたのですか?」

「ふぅん。先月、お前に見せた魔法サンダーボルト。あれは私の全力ではなかった」

「そ、そうなのですか?」

「そうだ。今からこの私の全力を見せてやろう……いくぞ」


 私は杖を天に掲げ、全神経を集中させる。

 この一ヶ月、厳しい鍛錬と研究のお陰で魔力量は信じられないほど増加した。

 後はその魔力を魔法へと変換し解き放つのみ。


「見ているがいいリュクス――裁きの雷・ジャッジメントサンダー!」


 発動と同時に、天から雷が降り注ぐ。そして、訓練場の地面をえぐった。

 成功だ。

 どうだ?

 私は期待に応えられたか、弟よ……?


「す……凄いです! これほどの破壊力を持つ魔法を扱えるなんて!」

「ふぅんそうだろう。これが私の全力だ」

「もっといろいろな魔法が見たいです!」

「そうかそうか。では今日は私の魔力が尽きるまでやってやろう」


 弟の目を見て、兄としての威厳を守れたことを確信する。

 不気味な魔眼の奥に、それでもかすかな輝きがあったからだ。

 あこがれという小さな輝きが。

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