第31話 ルーペと剣

「まぁこれも仕事だからね。口は悪くなるが公平に評価しないと」


「……もしかして、お金があまり貰えないからって手を抜くつもりなのか?」


 紅茶を啜りやりたくなさそうに写真を観察するシャーロットに疑念の声を投げかける。

 もしその答えがイエスなら俺は仕事を辞めてでも駿君を助けに行くつもりだ。


「まさか。わたしは仕事に私情を挟まない主義でね。依頼料が少なかろうが依頼を受けたのなら真剣にやるさ。

 それにこの山には別件で用事もあったしね」


「用事?」


「いや、君は気にしなくていいことだ。ほら二人とも行くぞ」


 冷淡に私情を挟まず同情も微塵も見せない様子に言葉にできない怒りを感じるが、この人が真剣に駿君を探そうとしていることは間違いない。

 俺はこの気持ちを仕舞い込んで二人についていき水澤山に彼を探しに行く。


「なぁ本当に見つかるのか? この山そこそこ広いぞ? 手がかりもなしに闇雲に探しても……」


「わたしを誰だと思ってる。天才探偵シャーロットに解けない謎はない。運が良いことに事件と関係があると思われる警察も失踪しているおかげで手がかりは見つけやすそうだしね」


「おいあんまりそういう言い方は……」


 そこまで言いかけたところで、どうせ仕事と私情は別だと割り切られるだけなのは目に見えていたので言葉を止める。

 それに実際事件を解決するということだけに焦点を当てるならこういう考えも間違ってはいない。賛同はできないが。


「夜道君はとりあえず落ちている物とかを探してくれ。駿君のものだけでなく警察のものでも構わないよ」


 お母さんが駿君を見失ったという場所まで着き、そこから何か手がかりがないか辺りを捜索する。逸れないよう気をつけ三人で行動したが数時間経っても手がかりが見つかる気配はない。

 鳥の声が騒がしくなり、虫達の鳴き声が止まる。


「何かおかしい……なぁ嫌な予感がするし一旦元の道に……」


 少し離れた所にいる二人に声をかけようとしたが、一匹の鳥のけたたましい鳴き声に掻き消される。

 そしてその鳥が二人に向かって急降下する。人間に似た形の鳥が……魔物が。


「危ない!!」


 俺は咄嗟に駆け出し二人にタックルし押し出す。二人は無事だが俺の背中に嘴が擦り血が服に滲む。


「二人とも逃げろ!!」


 俺は痛みを噛み締めつつ二人をここから立ち去らせようとする。幸い門の件もありパティシーは持ち歩いているため問題はない。


「いや君が逃げるんだ! ここはプロのわたし達に任せてくれ!」


「はぁ!? 何言ってんだ!? 探偵だからどうこうできる問題じゃないだろ!!」


 言い合っている間に地面に激突した魔物は立ち上がり、二つの肉食獣の瞳がこちらを捉える。

 全身灰色でところどころ棘が生えている人型で鳥の翼を携えた魔物。特殊な趣味の人が見たら興奮しそうだが、少なくとも一般の人は萎縮するはずだ。今の俺のように。


「いいかこれは所長命令だ! ぐだぐだ言ってないでさっさとどっか行け!」


「そうです夜道さん! ここは所長の指示に……」


 もちろん魔物は俺達の言い争いが終わるのを待ってはくれず、翼を広げて隼の如くこちらに襲いかかってくる。


「ぐっ……変身!!」


 横に転がりながら嘴を避けパティシーを装着する。

 シャーロットとベラドンナも。


「えっ……?」


 それにお互い気づくものの手は、変身は止められない。俺はいつもの二刀流のアーマーを纏う。

 シャーロットは茶色でフリルがついたアーマーで手には巨大なルーペを持っている。

 彼女のアーマーは独特な感じだがベラドンナのそれは更に上回る。青と銀の西洋風の鎧に両手そのものが片手剣となっている。


「まさか君も変身者だったとは……とにかく説明は後だ! 今はあの魔物を倒すぞ!」


 命を差し出して事情を説明するなんて馬鹿げた行為はできない。俺達三人は魔物と向き合い各々武器を構える。

 また翼を広げ、音速に近い速度で空を切り鋭利な嘴でこちらを串刺しにしようとしてくる。

 常人の動体視力では避けるのが精一杯だ。だが今の俺はアーマーにより動体視力含め身体能力が飛躍的に上昇している。


 奴が俺に狙いを定めるのと同時にボタンを三回押し受け流す準備をする。


 

「ここだっ!!」


 ギリギリまで引きつけてから躱し、奴が通る軌道上にエネルギーがチャージされた剣を配置する。

 奴自身の速度で胴体を真っ二つに切断しようとする。

 しかし奴は剣にエネルギーが溜まっていることを探知したのか、危険を察知して俺の眼前で燕返しの如く急上昇する。


「しまった!!」


 擦りはするものの俺の背中と同等程度の傷で致命傷には遠く及ばない。


「これは減給かな? 後は任せたまえ!!」


 シャーロットがベラドンナに投げ飛ばしてもらい宙に舞い上がる。


「くらえ!! これがわたしの力だ!!」


 木々よりも高い位置でシャーロットは巨大ルーペを振り上げる。太陽光がルーペに当たり、どういう原理かそれにより光線がルーペから発射される。

 極太の光の集合体が奴の顔面を焦がし、落下した所をベラドンナの両手の刀が十字に斬り裂く。


「くっ、仕留めきれませんでした……夜道さん!! そっちに行きます!!」


 焼かれ斬り裂かれても奴はまだ死なず、ベラドンナを蹴り飛ばしこちらに飛んでくる。


「来いっ!!」


 衝撃に備えるものの奴はこちらには来ず上昇し飛び去っていく。

 それもそうだ。奴にとって三対一の不利な状況で戦い続ける理由なんてものはないのだから。

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