第29話 過去
「おや、夜道君の妹とご友人も十点か。わたしの口に合うようだったから君達日本人の味覚とはズレると思っていたが……」
「そうですか? 私は違和感なく食べれましたよ?」
「だよね……アタシもこれはいつも食べてる味と一緒だと思う」
意見が食い違う三人。もちろん勘違いなどでなくその疑問は正しい。
「実はなるべくみんなの好みに合わせようと皿ごとに味付けを変えてみたんだ。餃子の中身とか調味料を調整してね」
シャーロットのはイギリス風味。花華と霧子のはいつも作っている日本風の味付けにした。
「でもフォルティー君は九点だね。口に合わなかったかい?」
「美味かったが、油が少し多い気がしてな」
フォルティーの好みは分からなかったのでこの前の中華料理店風にしてみたが、彼には脂っこかったようだ。
「今度は気をつけるよ」
「あぁそうしろ……って、今度も何もオレはお前と友達でも何でもない! もう飯を作ってもらうこともない!
はぁ……茶番が終わったなら帰るからな」
フォルティーは皿を台所まで運んだ後に乱暴に扉を開けて帰ってしまう。
「彼には悪いことをしたかな? まっ、これにて料理対決はお終いだ。あっ、給料は明日中に振り込んでおくから。今日のところは帰ってもらっていいよ。
助手の我儘に付き合わせて悪かったね」
「いや構わないよ。なんだかんだ楽しかったし。あっ、霧子と花華は先に帰っててくれ。俺もすぐ帰る」
俺は二人を先に帰らせ使い終わった食器を洗うベラドンナの所まで向かう。
「どうしたんですか夜道さん? もう仕事は……」
「仕事じゃないさ。君を手伝いに来た」
食器を半分貰い洗い物を手伝う。金銭は発生しないがそれでもいい。
「ところで、お前とシャーロットってどんな関係なんだ? お前らまだ二十前後くらい……ほぼ俺と同い年だろ?
わざわざ日本で二人だけで探偵やるなんて何か事情があるのか?」
「所長はわたくしの命の恩人なんです。だから所長の行く道がわたくしの行く道なんです」
「へぇ。いじめから助けてもらったり、事故で瀕死のところを手当てしてもらったのか?」
「それは……」
ベラドンナは何か言いづらそうにし、同時に後ろめたさを覚えたのか俺の目を見なくなる。
「おやおや。自ら残業をするとは。日本のブラック企業文化というのはファンタジーや誇張と思っていたが、君のその精神を見ると誤りじゃない気がしてきたよ」
お互い手が止まり、それを注意するかのようにシャーロットが後ろからヤジを飛ばしてくる。
「君は早速明日からここで仕事があるんだ。早く帰りたまえ」
「……分かったよ。じゃあ失礼しました」
俺は残りの洗い物をベラドンナに託し事務所をあとにする。
「明らかに話遮ってきてたよな……」
ベラドンナが過去について語ろうとした時シャーロットは明らかに声質を変えて反応した。
ベラドンナの過去は密接な関係がある彼女の過去でもある。つまりはそれに触れられたくないということ。
だが俺はこれ以上詮索する気はない。誰にだって触れられたくない過去がある。俺だってそうだ。
数年前のあの日、溺れゆく両親の手を離して霧子を助けに行った。親を見殺しにした。
霧子が両親のことを呼ぶのを無視して救命ボートに飛び乗った。きっと両親は傾いた際に倒れてきたタンスに下敷きにされたまま溺死したことだろう。
苦しみ死んでいっただろう。
「誰か……誰か助けて!!」
橋の上を虚な気持ちで歩いていると下の方から悲鳴が聞こえてくる。反射的に体が動き橋から身を乗り出す。
暗くて見え辛かったが、俺と同い年くらいの青年が溺れ流されている。前に雨が降ったせいで川の水はいつもより少し多く流れも速い。
「早く助けないと……」
辺りを見渡して階段を探すが少なくとも百メートル近くは走らないといけない。昼ならともかく今行ったら彼を見失ってしまう可能性が高い。
「ちっ……深さ的に大丈夫だよな……!!」
俺は橋の手すりに飛び乗り川を見下ろす。暗くまるで俺を飲み込んで殺そうとするそれと向き合う。
「うぉぉ!!」
しかしまた見殺しにするわけにはいかない。俺は意を決して川に飛び込むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます