第17話このクズと話すのも最後にしたいわ。

 私はアラン皇太子を徹底的に避けた。


 彼が私を好きだと言ってくれたのは、心からの言葉かもしれない。

 正直、私のどこを好きになってくれたのかわからない。

 前世のように美しい訳でもないし、私が彼に何かしてあげた訳でもない。

 

 きっと一時の気の迷いかもしれない。


 私は彼を思い出にする事にした。

 殿下に想いを寄せたところで、彼が他の女性と結婚すると分かりきっている。


 レスター・ケンタス伯爵の死はアラン皇太子との謁見中の突然死ということで片付けられた。

 殿下が私の存在を全く公表しなかったのは、私を巻き込みたくないという優しさだろう。


 そして、最も私が会いたくない人がここ1ヶ月付き纏ってきている。


「マレンマ、聞いてくれ。やはり、エミリアの子は俺の子ではなかった。俺も騙されたよ。生まれた子は褐色の肌をしていたんだ」

 

 私の仕事終わりに合わせて、連日行政部の前で待ち伏せしているミゲルに殺意が湧く。

 もう、1ヶ月も続いているストーカー行為。

 この世界に「ストーカー規制法」ないことを嘆きたい。


 他人になったのに、私の名を馴れ馴れしく呼んできて鬱陶しい。


「その話は何度も聞きました。エミリア様は露出の高い服装でしたから、子が体内で日焼けでもしたのではないでしょうか?」


赤の他人なら、私は子爵で彼は侯爵。

身分差がある以上、邪険には扱えない。

丁寧な言葉使いをしながら、距離を取ろうと試みる。


「そんな訳ないだろう。意地悪を言わないでくれ」

 もう、彼と話をするは愚か、顔を見るのさえ嫌なのにしつこすぎる。


 滞在先のホテルに戻ろうと馬車に乗り込もうとすると、彼が無理矢理乗り込んできた。

(これはやり過ぎよ! 誰か、この人を逮捕してー!)


 「マレンマ、愛している。本当に君だけを愛しているんだ。エミリアのことは遊びだったんだ。8年も連れ添った君なら分かるだろう」


 馬車の中で2人きりになった途端、口説きモードになったミゲルを殴りたくなった。彼はルックスが良いせいで自分が口説けば女など何とでもなると勘違いしている。


「分かりますよ。カスケード侯爵閣下が愛する価値のない最低な男だって事はこの8年で嫌という程思い知らされ続けましたから。貴方にもエミリア様にも私は興味はありません。まあ、褐色の肌をしていたというなら父親はルトアニア王国出身の方かも知れませんね」


 ルトアニア王国はきな臭い国だ。

 明らかにリオダール帝国を狙っているのに、王女をアラン皇太子の妻にしようと画策している。

 

 ルトアニア王国からリオダール帝国への移民は数が限られるから、エミリアの子の父親も探し出すことができる気がする。


 リオダール王国では娼館での事件が後をたたなかったので、娼館に入る際は身分証を掲示しなくてはならなかったはずだ。


「1度でも愛した方の子の父親なら探してあげたらどうですか? その子の為にも父親を探して養育費を取らないと」


「俺はエミリアを愛した事など1度もない。君は大きな勘違いをしている。君が俺を構わなくて気を引きたかっただけなんだ。寂しかっただけなんだ」

 

 前世も合わせて4度の離婚。

 振り返れば私にも問題はあった。

 しかし、ミゲルとの離婚に関しては圧倒的に彼に過失がある。


 彼はアラン皇太子とは真逆で、何でも人のせいにする。


 自分が浮気したのも私のせいらしい。


 どうして素直に、「顔は美しいが下半身が獣で制御がきなかかった申し訳ない」と自分の過失を認められないのか理解できない。


 もっとも、彼が謝ってきても私は許すつもりはないし、もう私の人生に彼は必要ない。

 

「最初に私から離れたのはカスケード侯爵閣下ですよ。新婚1年の時から浮気をし続けて寂しかったとか、聞いて呆れます。馬車を降りてください。同じ空気を吸うのも嫌なんです」


 最近、ただでさえ胃がムカムカして体調が悪い時が多いのに、彼の顔を見るだけで吐き気がしてくる。


 私が走る馬車の扉を開けると、ミゲルが慌てて私の手を止めて閉めた。


「危ないなー。死ぬぞ⋯⋯」

 私はミゲルが死んでも良いと思っていた。


 むしろ視界から消えて欲しいので、死んで欲しい。

 1度は愛したはずの相手を、このように思う経験は最後にしたい。


 馬車がホテルに到着して、私はため息が漏れた。

 滞在先が彼に露見してしまっては、また付き纏われる。


「本当にもういい加減にしてください」


 ここで、警察呼びますよと言えれば良いが、ミゲルの付き纏いを咎める罪がこのリオダール帝国にはない。


 せめてホテルの部屋が彼にバレないように、私はここで彼を追い返そうと思った。


「モリアート子爵、ちょうど今、お伺いしようと思っていたところなんです」


 私に駆け寄ってくる灰色の髪の男性には見覚えがあった。


 彼はアラン皇太子の補佐官だ。


「こちら、アラン皇太子殿下からの贈り物です。モリアート子爵領のエメラルドを加工して作られた髪飾りという事です。それから、こちらの箱は明日の殿下の誕生祭で着てきて欲しいドレスとのことでした」


 私はドレスを贈られた事に固まってしまった。


 どういう意図で彼はドレスを贈ってきたのだろう。

 この世界でも服を女性に贈ることは、そのドレスを脱がせたいという意味がある。

 それ以前に、なぜ私のサイズを知っているのか不思議で仕方がない。

(1度抱いたから? それでサイズまで分かるもの?)


 私はアラン皇太子と愛し合った記憶が蘇り、顔が赤くなるのが分かった。

 殿下の爽やかな香りに包まれ、甘く愛された夢のような時間。

 前世だったら、17歳の彼に手を出した私は青少年健全育成条例違反に引っかかるだろう。

 

 しかし、殿下のような魅力的な方に真っ直ぐ愛を伝えられて贖えなかった私に罪はないはずだ。


「ドレスは頂けません。髪飾りだけ頂いておきます。殿下にお誕生日おめでとうございますとお伝えください」


 明日は来賓も多いし、殿下と顔を合わすことはないだろう。

 今のうちに彼にお誕生日祝いを伝えて頂く事にした。


 それに明日彼が婚約者指名をすれば、これから彼の隣には常にその女性がいる事になる。


 私は彼にエメラルドのブローチをプレゼントすると約束したが、その女性に失礼になるからやめておいた方が良いだろう。


「モリアート子爵、本当にドレスをお受け取り頂けないのでしょうか」


 お使いを完遂できないと補佐官は怒られたりするのだろう。

 捨てられた子犬のような心底悲しそうな目で縋られた。


「マレンマは受け取らないと言っただろう。しつこいのは良くないぞ下がれ」


 隣にいたミゲルの言葉に「しつこいのはお前だ」と言いたくなったが、補佐官はゆっくりと礼をすると去っていった。


「髪飾りの細工細かいな。絶対に売れると思う⋯⋯アラン皇太子殿下に職人を紹介してもらったのか? 君は人脈を使うのが上手いな。商才もあったなんて⋯⋯」


 私の頬に触れてくるミゲルは彼の中で完璧に見えるキメ顔だ。

 正直、見飽きているので胸焼けがする。

 (これで落ちると思われているのね)


「しつこい男は嫌われますよ。その顔も飽きました」

「本当かな? ここでは人目があるから部屋に入れてくれないか? 俺はマレンマに飽きてないんだ。まだ、君に夢中だよ。どうしても話したいことがあるんだ。話を聞いてくれるまで帰れないよ」


 本当にミゲルは頭がおかしい。

 彼は私に何をして、離婚まで至ったか理解できていない。

 

「部屋には入れられません。ホテルのラウンジに案内します。そこで10分だけ時間をとります。それが、私とカスケード侯爵閣下の最後の会話です」


 何とかミゲルを納得させ、私はホテルのラウンジに彼を案内した。


 しかし、ホテルのスタッフが私たちの関係性を知っていたのか気を遣って個室に案内された。


(2人きりになりたくないのに⋯⋯本当に、このクズと話すのも最後にしたいわ)

 

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