第47話 球技大会 その3 憤激の球技大会

 想真達七組Cの初戦の相手は四組Bチーム、だったのだが……キャプテン田中の言葉とは裏腹に想真達チームはあっさりと試合に敗れてしまう。しかも相手を一人もアウトに出来ずにである。

 外から見ていた時には『もっとバンバン当てていけよ!』とあれだけ勝手な事を思っていた想真も、いざボールを握ってみると強いボールが投げ込めない。それは利き手と反対で物理的に強いボールが投げ込めないというのもあったのだが、それよりもコントロールが利かない手でボールを投げ、女子の顔に当ててしまわないかと躊躇したためだ。それは想真だけでなく他の男子も同様で、両チームとも男子は殆ど攻撃面で役に立たなかった。

 その結果、想真達七組Cは相手チーム女子から前半と後半各一名ずつアウトにされ良いところ無く初戦は終わった。


 七組Cの次の試合は初戦から四十分後、相手は六組Cチームである。二試合目ともなれば多少気持ち的にも技術的にも進歩が見られ、試合内容もドッジボールらしくなってくる。だがそれは相手チームも同じで、初戦と比べれば七組Cも善戦し、前後半一名ずつ相手をアウトにしたが、逆に相手からは前半に三人、後半に二人アウトにされ結果は一セットも奪えずにストレートで負けてしまう。

 これで想真達チームは予選リーグ二連敗、決勝トーナメント進出の可能性はほぼ無くなった。だが所詮は御遊びという認識なのか誰一人悔しがる者はいなかった。


 球技大会が始まって約二時間、一年生二十四チーム、各二試合を消化した。初めは男女混合の試合に戸惑っていた生徒達も今はだいぶ慣れ随所に積極的なプレーが見られる様になった。

 たった今もスピードのある男子のボールを女子が見事にキャッチし、外から見ていた想真も思わず「おー」と声を漏らした程である。またプレーだけでなく試合中、好プレーをした選手にチームメイトがハイタッチを求める姿など、スキンシップも見られる様になった。

 それは男子同士、女子同士、仲の良い者同士だけでなく、多分、入学以来殆ど喋ったことが無いであろう男女の間でも――その何ともぎこちなく、そして初々しくハイタッチをする男女の姿に、何時もは『いや、そういうのいいんで……』と白けがちな想真でさえ、ほっこりとなるのであった。

 そして『まーやって良かったかな……』と思うのである。


 青春の甘酸っぱい一ページを見せつけられながら第四コートで得点係をやっていると想真の処に一人の少女がやって来る。

 それは同じチームの三善咲。彼女は自分達の次の試合会場が変更になった事を想真に伝えに来てくれたのだ。これに想真は礼を言ったが、彼女は戻る素振りも無く、なぜだか想真の隣で試合を見始める。

 それから一分経ち、二分経ちし……徐々にモテない男特有の気まずさを感じ始める想真。そして三善の方を見た。


(えっ!? 何んで……帰らないの?)


 彼女が居る理由が分からず想真は悩み始める。


(えー何か話でもあるのか……けど、思い当たるの郷土資料研究会の入部の件ぐらいしか……でもあれ、急がなくてイイって言ってなかったか……)

 そんな事を考えていると、不意に――


「伊達君!」

「あっ、はい!」

 一瞬、身構えた想真なのだが……


「試合、終わったみたいだけど――」

「あー……」

 コートを見ると審判と選手が整列し、皆、『早く来いよ』という顔で想真の方を見ていた。

 猛ダッシュで列に並ぶ。

 挨拶を終え想真が戻ると、まだ彼女はそこにいた。

 そして「じゃ行きましょうか」と三善に声を掛けられ、二人は揃って第二コートに向かおうとしたのだが……


「あらあら、まあまあ、仲のイイこと――」


 振り返ると、後に上級生達の一団――想真達に声を掛けて来たのは一番前に立っている生徒会長の三善摩弥である。

 彼女はニコニコとした笑顔を妹に向けたが、その妹は真逆の顔で返した。


「何か用ですか?」

「お姉ちゃんは咲ちゃんじゃなく、伊達君に用があるんだけど――」

「そうですか」

 美人姉妹の緊張感湧ふれる遣り取りに想真はあたふたし、会長の隣の副会長篠原もヤレヤレという顔をした。想真は困惑しつつ後輩の自分から挨拶する。


「お疲れ様です……」

「お疲れ様、ドッジボール、盛り上がっているみたいね」

「はい、御陰様で……」

「会場も一通り見せて貰ったけれど、男子女子、協力し合って運営の方も上手く行っているみたいで感心したわ」

「ありがとうございます」

「それにケガ人も一人も出ていないんですって――」

「はい、今のところは」

「もしケガ人が出たら提出したマニュアル通りに連絡してくれ」と副会長の篠原。

 これに「了解しました」と想真は頷く。


「この分だと来年の球技大会、全学年で男女一緒の開催になりそうね。頑張ってね、川瀬さん、神崎さん」

 会長に話を振られると、後ろにいた川瀬は苦笑いを浮かべ、その横の神崎という女子は「はい――で頑張ります」と無表情で返した。


「じゃーお二人さん、仲良く球技大会、楽しんで――」

 そう言って摩弥は行きかけたが「あーそうそう」と何かを思い出し、すれ違い様、想真の耳元に顔を近づけた――そして何やら囁くと、微笑みを残し、他の役員と共にゆっくりと去って行った。

 呆気に取られながら、会長の後ろ姿を見詰める想真。

 暫くすると「行きましょう」と咲に声を掛けられ、「あっはい」と二人は試合会場へと向かった。

 途中、二人は無言。想真は三善に先程姉から何を言われたのかと、てっきり聞かれると思っていたが彼女は一切何も聞いてこない。

 仮に尋ねられたとしても多分、想真は、はぐらかした事だろう。

 想真は隣を歩く三善の方をチラリと見る。そして三善摩弥が耳元で囁いた言葉を思い出す――


『伊達君、私は見えないの……だから咲と仲良くしてあげてね……』



 想真達七組Cのリーグ戦、最後の相手は二組Aチーム。これまで二連勝のチームである。 試合が始まると相手二組Aチームはこれまでの試合同様、その高い攻撃力を活かし瞬く間に七組Cの内野を二人もアウトにしてしまう。そしてこのアウト全てに絡んでいたのがバスケ部の女子と、本当に利き手と反対かと思わせる程のボールを投げ込む運動部の男子。 これまでの試合も殆どのアウトをこの二人が取り、それはこの試合でも遺憾なく発揮された。

 結果第一セットだけで七組Cは合計五人もアウトにされ、想真達チームは辛うじて一人をアウトにするのが精一杯だった。

 前半をあっさりと取られ、この分では後半も一方的な試合になってしまうのかと思われたのだが、ハーフタイム、バスケ部女子の「余裕で三連勝でしょう!」という発言で雰囲気は一変する。

 後半が始まると、まず勢いあるボールを投げ込んだのは三善咲。これを元外野、鳴海芽郁が受け、彼女は〝ビシャッ〟と目が覚める様なボールを投げ込んだ。

 その余りにエグいボールに両チームの選手が驚いていたが、一番呆気に取られていたのはボールを当てられたバスケ部女子本人。

 彼女の「余裕で三連勝でしょう!」発言で七組女子全員の心に火を付けてしまったのだ。その後、鳴海と三善は何か個人的うっぷんでも晴らすかの如く相手選手をばったばったとアウトに取りまくり、結果七組Cは七人をアウトにし、後半を取り返した。

 これで両チーム一セットずつ取り合う格好となったがアウト数の差で七組Cが上回り、今大会初めての勝利となる。

 最後の試合、七組Cの女子達が活躍した一方、想真の活躍がどうだったかと言えば「想ちゃん頑張って!」という滅多にかからない声援に驚き、ボールを顔面に喰らっただけであった……。


 午前中の実行委員の仕事を終え、想真と鳴海が教室に戻って来たのは昼、十二時前。

 前の戸から中に入ると何時と変わらない昼食風景かと思いきや、教室の後がやたらと五月蝿い。その喧騒の中心にいたのは美男子で、その周りを女子達が取り囲んでいた。一見、イケメンが小ハーレムをこさえている様にも見えるが、そうでない事を想真は知っていた。

 『あいつも大変だな』と神山という子羊に群がる雌豹軍団を眺めながらヤレヤレという顔で窓側の席へと向かう。

 自席に行くと田中が想真の席に座り杉本達と弁当を食っていた。

 想真を見ると「わるい」と言って田中が立ち上がろうとしたが「いいよ、いいよ、今からミーティングで弁当取りに来ただけだから」と座らせる。

『こいつも大変だな』と想真がまた雌豹軍団の方を見ていると――


「結局、決勝に行ったのは神山とこだけか」

「だなっ」

 前に座る杉本の言葉に想真が短く返す。

「お前のとこも決勝行けると思っていたけど。加藤さんもメチャクチャ頑張っていたし」

「まーチョット、守備の方がなぁ……」

 杉本がそう答えると隣から「ごめんなさい」と、か細い声で聞こえて来る。

「いや、加藤は悪くないから!」

「「そうそう」」

「悪いのは僕達だから――」

 今井を含め、すかさず男四人掛かりでフォローを入れる。

 そして加藤を慰め「とりあえず午後からは神山達を応援しよう」と言う事で無理やり話をまとめた。

 そして想真がリュックを肩に掛け教卓の方へと歩いて行き、鳴海に声を掛けようとしたのだが……


「えっ!?」


 掛けられる雰囲気では全くなかった。

 それは目の前の鳴海が今までに見たことが無い険しい表情で、教室の後ろを睨み付けていたからである。

 彼女が鋭い視線を送っているのは神山を取り囲む雌豹軍団で、その中には黒木、田所、桜井、そして田中の彼女、木村の姿もあった。


 彼女達を睨み付ける鳴海のその表情は、まるで雌トラ――自分の獲物にちょっかいを出して来る邪魔者にガンを飛ばす様である。


 自分が睨み付けられている訳ではなかったが、なぜだか想真は一歩後ずさりした……

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