第5章 波乱の球技大会
第43話 怒濤の球技大会実行会議 その1
三善咲が母親から両親の馴れ初めを聞かされていた数時間前――
ここにも一人、同じ様な表情で椅子に座る人物がいた。
場所は明河高校、新館、多目的教室。どんよりと曇った顔で椅子に座っているのは勿論、伊達想真である。
今、教室には各クラスから集まった生徒達が、学年ごとに長机を合わせた場所で車座になっているのだが、球技大会実行会議が始まる前という事もあり非常に騒がしかった。想真がウンザリ顔をしているのは教室の騒々しさもそうなのであるが、それよりも……
「ねーねーあの人、カッコ良くない……」
「一組の赤城君でしょう。ほんとイケメンだよね……」
騒々しい中でもこういうヒソヒソ話だけは良く聞こえて来るもので、斜め前の女子達が長机の端に座る男子生徒をうっとり顔で見詰めている。
興味本位ながらチヤホヤされている男子の方へ想真も目をやった。
(うーん……イケメンと言うより……昔の特撮モノに出てきそうな男前?)
想真から微妙にディスられているとは露知らず、その間も黒髪で彫りの深い赤木君は周りの女子達と楽しげに会話をしていた。
「ヤバくね?」
「マジ、カワイイよなぁー」
今度は左奥の方から聞こえて来る。また想真が目をやると男子達が此方の方を見ながら話をしていた。当然、彼等がチラ見ているのは想真ではなく、その隣で携帯電話をいじっている美人の鳴海芽郁。
この状況に想真はさらに顔を曇らせた。
(ホント、こいつ等……ここに何しに来てんだよ……)
先程からこんな事が度々繰り返されれば、そう思うのも無理はない。ただ、想真も彼等と同じ高校生、その気持ちも分からなくもなかった。
だからこそ今、想真が彼等に言いたいことは『そういう事は、周りの迷惑にならない様にやってくれよ…………俺みたいに……』と言う事なのである。
そう……想真にも彼等と同じく、滅茶苦茶気になっている人物がいた。そうして彼が視線を向けたのは、机の端に座る昭和の戦隊モノに出て来そうな男前の赤城……ではなく、その向こう側にいる人物。
その人は艶やかな栗色の髪を後ろでハーフアップにまとめ、柔和な表情で談笑していた。
(当然、美人だよなぁ……)
近くで見るのはこれが初めてだったが、その予想通りの整った容姿に、想真は少々呆れる。今、彼がじっと視ているのは咲の姉、生徒会長の三善
彼女は教室の一番前に置かれた長机に座り、生徒会メンバーと話しをしていた。
これまでも入学式や朝礼で会長を見る機会はあったが、想真は然程気にも止めておらず、これ程まじまじと視るのは、これが初めてである。更に眺めつつ『三善とはあんまり似ていないなぁ』と思った瞬間――
(えっ!!)想真はギョッとなる。
それは突然、摩弥が此方に向かってにこやかに手を振ってきたからだ。予想外の彼女の行動に想真は一瞬、気持ち悪い顔で固まってしまう。が……直ぐに気が付く。微妙に手を振っている方向がズレている事に。確かめる様に想真は会長の視線を辿りながら自分の正面へと向き直る。
するとそこには、にこやかな表情で手を振り返すショートカットの女子が座っていた。それを見て想真は小さく息を吐く。
安堵の表情で、また会長に視線を戻したのだが……またも想真はギョッとした顔をした。今度は明らかに自分の方に向かって手を振っていたからだ。念のため御伺いを立てる様に想真は自分の顔を指差したが、三善会長は『うんうん』とでも言う様ににこやかに頷いた。
(何で俺……手振られてんの……)
と、疑問に思いつつも小さく手を振り返し、ペコリと頭を下げてから座り直した。
気まずそうに顔を上げると正面に座るショートカットの女子が訝しげにこっちを見ている。その顔は確実に『誰コイツ!』と言っていた。当然、想真は目を逸らしたのだが、胡乱な目で彼を見ていたのは一人だけではなかった。
「ねーあの一年生、知り合い?」
「あー妹の彼氏――」
「えっ!? そうなの!!」
驚いた表情で三善摩弥を見たのは隣に座る副会長の篠原忍。彼女はもう一度確かめる様に一年生が集まる席を見た。そして暫くまじまじと想真を視た後、篠原がぼそりと呟く。
「そのー何て言うか……咲ちゃんの彼氏にしては……ちょっと地味よね」
「そう? 良く見ると結構カワイイ顔しているわよ、彼」
「いやー別にあの子が悪いって言っているんじゃないのよ。ただ、咲ちゃんの彼氏になる子って、あそこの手前に座っている、ああいう感じの男の子かと思っていたから……」
会長、副会長揃って女子達と会話をしている男前の赤城を見る。
「貴方が言いたいことは分かるわよ。でも姉としては、あの子は無いかな」
「えっどうして? イケメンで女子にも人気あるみたいじゃない!」
「確かに男前で女子にも人気があるのでしょう……でも、それだけじゃー普通すぎて妹はあげられないかな。妹の彼氏になるのならもっと私を楽しませてくれる子じゃないと!」
それを聞き篠原がジト目で摩弥を見始める。
「何、急に、そんな目で見て――」
「あんた……暇だからって妹で遊ぼうとしているでしょう……」
「あら! 失礼なこと言わないで下さる。わたくしがそんな酷いこと、大切な妹にする訳ないでしょう」
エセお嬢様の様な、わざとらしい身振りと口振りに――
(この子、完全に遊ぼうとしているよ……妹とその彼氏で……)
篠原がそんな事を思いながら呆れ顔で隣の摩弥を見ていたが、突然「コホン」と咳払いをする声が聞こえて来る。
「えーと……時間になりましたので、球技大会の実行委員会を始めさせて頂きたいと思います……」
オドオドした様子でそう言ったのは演台の手前に立つ小柄な女子生徒。彼女の言葉で騒がしかった教室は一気に静かになった。
「あっ申し遅れました。本日、この会議の進行を務めさせて頂きます生徒会書記の川瀬です。宜しくお願い致します」
チラチラと手元のメモに視線を落としながら進行する川瀬。相当緊張している様子。
「では会議を始めるに当たりまして、まずは生徒会長から一言頂きたいと思います。三善会長、宜しくお願い致します――」
そう促されると、三善はスッと椅子から立ち上がり、先程とは別人の様な凛とした表情で演台の前に立った。
「皆さん、ごきげんよう。本日は球技大会の準備のためわざわざ放課後に集まって頂き、生徒会を代表して御礼を申し上げます。本当に、ありがとう。
さて、一年生は今回初めての参加となりますが、明河高校では毎年この時期に球技大会を行っております。
この時期に球技大会を開催する目的はスポーツを楽しみながら新しく出来たクラスメイトと親交を深めて頂き、そして二学期の体育祭や文化祭に向けてクラスの団結力を高めて頂くのがその目的です。その意味で今回の球技大会は非常に重要な学校行事だと言えます。ただ皆様も御存じの通り準備に充てる時間があまりございません。そのため、ここにいらっしゃる実行委員の皆様方には相当な御負担を掛ける事になってしまいますが、私を含め生徒会、体育会メンバー全力で準備に取り組みますので、どうか皆様も積極的に御協力頂けますよう宜しくお願い致します」
会長は話を終えると前に座る生徒達に一礼し、また川瀬が演台の前に立った。
「会長、ありがとうございました。えーと……それでは私の方から今週末行われます球技大会の概要と、これからのスケジュール、そして今日の予定などを案内させて頂きます。
まず開催日ですが今週土曜日を予定しており、月曜日が代休、雨天の場合は翌日に順延なります。
次に競技の内容ですが、これに付きましては学年ごと男女別々で球技を行って頂きます。それと大会運営は生徒会と体育会が共同して行いますが、学年ごと男女別々で競技を行いますので実際の試合進行や準備については学年ごとに行って頂きます。
続きまして大会準備についてです。まずはこの後、時間を取りますので学年ごとに相談して希望する球技を決めて頂きたいと思います。またその際、各学年のまとめ役としてリーダー、サブリーダーも決めて下さい。最終的にどの学年がどの球技を行うかについては希望を聞いた上で、後で調整する予定です。ただ……そのー……一年生には申し訳ないのですが、一年生は来年以降もチャンスがありますので希望する球技が重複した場合は上級生に譲ってあげて下さい、本当にゴメンなさい。
最後に本格的な準備は明日、明後日で行う予定ですが、これについては運動部の皆さんも協力して頂けることになっております。えーと……ここまでで何か御質問は有りますか?」
川瀬が教室を見渡すも――
「無いようですので、先程、言った様に、今から各学年で実施する球技とリーダー、サブリーダーを相談して決めて下さい。時間は十五分程度取りますので、ではお願いします」
そう言い終えると川瀬はよほど緊張していたのか脱力する様に「ふー」と息を吐いた。
それを合図にまた教室がザワザワとし出し、ここ一年生の集まる席では最初に男前が口を開いた。
「みんな、どうかな? 色々決めていくにしても、お互いの名前が分からないとスムーズに話も進まないし、とりあえず自己紹介してみては?」
スカした感じでそう言ったのは赤城。そんな彼に想真は冷ややかな視線を向ける。
(さすが男前の赤城君、仕切ってくれますよ……もう完全に戦隊レッド赤城じゃん!)
リーダーシップを発揮する彼に勝手にあだ名を付けたうえ、皮肉めいた事まで考えてしまう。
「じゃー異論も無いようだし、まずは僕から――一組の赤城太陽です。短い間ですが、みんなよろしくね」
キラリと白い歯を覗かせながらそう言うと、隣の女子もそれに続き自己紹介は反時計回りに続いて行く。
そして想真の正面に座る女子の番となった。
「四組の小暮です。よろしく」
彼女のあっさりとした挨拶を想真はふーんという表情で聞いていたが、さらに挨拶は進み、今度は想真の番が回って来る。
「七組の伊達です。宜しくお願いします」
それを前の小暮が訝しげに見詰める。
(この人、どっかで見た事あるんだよねー)
暫くすると小暮が『あっ!?』という顔をした。
(そうだ……コイツ、昨日庭園で、独りで喋っていたヤバいヤツじゃん! でもどうしてこんなヤツと摩弥さんが知り合いなんだろう……)
小暮は不審者でも見る様な冷ややか目で想真を見ていたが……
「全員、これで自己紹介終わったね。じゃー今度は球技大会のリーダーとサブリーダーを決めていこうか?」
然も当たり前の様に、またしても仕切り出す戦隊レッド。
「誰か立候補する人いる?」
赤城がそう呼び掛けたが、自分からダルい仕事をやりたい奴など居るはずもなく……。
「そう、じゃー誰もいないんだったら、僕がやっても構わないけど」
「えっ!? 良いのか?」
先程、鳴海をチラ見していた男子の片割れが赤城に声を掛けた。
「構わないよ。ただ、その代わりと言ってはなんだけど、サブリーダーは僕に指名させてもらっても良いかな?」
これに周囲は一気にザワつき「えっどうする……」「私は構わないけど」「男は選ばないんじゃねーの」「指名されたらどうしよう」など様々な声が飛び交ったが、明確に反対の声を上げる者はいなかった。
「では、みんなオーケーと言う事でイイよね。じゃー」
一年生全員が赤城の次の言葉に固唾を飲む。
「サブリーダーを鳴海さん、おね……」
「嫌です!!」
鳴海が喰い気味に拒絶した。
これにはさすがの赤城も「えっ……」と男前が絶対見せてはいけない間抜けな表情で固まってしまう。他の者も鳴海の予想外の対応に呆気に取られていたのだが、想真だけは肩を震わせていた。
(戦隊入り、思いっ切り断られてて……ウケる)
戦隊レッドの勧誘を断る鳴海ピンク、という構図に想真は必死に笑いを堪えていた。が、突然――
「ちょっと!! その言い方、赤城君に失礼じゃないないかしら!!」
赤城の隣に座っていたキツメの女子が怒りを露わにする。
「ごめんなさい……そう言うつもりじゃ……」
鳴海も自分の言い方が不味かった事にようやく気付いたようで……
「ただ、私なんかじゃサブリーダーなんて務まらないし、赤城君に迷惑を掛けてしまうだけだと思ったから……」
「そうね! 確かに、あなたじゃー赤城君に迷惑を掛けてしまうだけかもしれないわね」
キツメの女子が頷きながらそう言うと――
「仕方ないわね、では、私がやります!」
「「「「「「「「「「「「「「えー!?」」」」」」」」」」」」」」
「なに! 私では不満だって言うの!!」
キツメの女子が睨み付ける様に周囲を威嚇する。
「いや……不満って言うか……なぁ?」
「そうそう、あまりにも急な展開だったから……」
「別に俺達は宮田さんに不満なんてないよ」
「そうだよ。赤城が良ければそれでいいんだから」
鳴海チラ見ブラザーズの必死のフォローを、周囲も頷きながら聞いていた。
これに宮田も「わかりました」と矛を収め、赤城の方を向く。
「赤城君、サブリーダー私で構わないかしら?」
宮田が可愛らしく尋ねると――
「あっ……はい……」
当の本人は心ここに有らず、という表情で返事をした。赤城とすれば先程、鳴海に断られたショックから、全く立ち直っていなかったのだ。
「では、一年生の球技大会のリーダーは赤城君、そしてサブリーダーは私、宮田でお願いします」
皆、パチパチと拍手をし宮田の戦隊ピンク就任を祝福する。当然、想真も手を叩いていたが、その肩は小刻みに揺れていた。
「それじゃ……最後……希望する球技を決めていこうか……」
先程までとは打って変わり全くの別人の様な低いテンションで赤城が進行する。
「でもさー結局、希望出したって二、三年の方が優先されるんだろう。それって希望出す意味あんの?」
「確かにそうだよね……」
「じゃー希望する球技、第三希望くらいまで考えておく?」
「なんか、それもなぁー」
事前に一年生の希望は後回し、などと言われてしまうと出て来る意見も消極的なものになるもので、一年生の机では徐々に冷めた空気が漂い出す。
そんな時――
「あのー……いいですか?」
しらけムードの中、ある人物が口を開いた。
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