第38話 明河高校 郷土資料研究会 その2
カツカツと板書するチョークの音が教室に響く。
午後最初の授業という事もあり多くの生徒が眠そうな顔でノートをとっていたが、中には机に突っ伏して完全に寝ている生徒も見受けられる。いつもは前の席で爆睡している杉本同様、昼からの授業は寝ている事が多い想真なのだが、今日は眠気など一切なく、寝ようという気すら起こらなかった。
ノートをとる手を急に止め、想真は教室の反対側に視線を向ける。
彼がじっと遠目に視たのは黒髪の美少女。しばらく彼女の表情を窺う様に見詰めた後、想真は三十分程前の会話を思い返した。
「想ちゃん――いらっしゃい」
碧依が想真の前までやって来て、にこやかに呼び掛ける。
「なんで……碧依ちゃんがここに?」
「えっ! それは、私がここの部員だからだけど」
「部員!?」
大いに動揺する想真であったが、さらに聞かなければならない事がある。
「碧依ちゃんが着ている服……それ、うち学校の制服だよね」
「そうだよ! どう? 想ちゃん、似合ってる?」
褒めてくれと言わんばかりに、笑顔の碧依がワンピース姿でくるりとその場で回ってみせる。
「確かに、似合っててカワイイと思うけど……何で服が制服に変わっているの!!」
「あーそれね。なんか急に出来る様になったんだよ」
「急に、出来る!?」
唖然とした表情で碧依を見る想真の頭には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。だが、そのクエスチョンマークは、すぐに掻き消される。
「伊達君、少し宜しいかしら?」
その声にびくっと身体を震わせ、想真は振り返り、黒髪の美少女を見た。
そして、三善咲は淡々と言った。
「……貴方、見えているのね……彼女の事……」
「…………」
此方をじっと見据える三善の姿に、想真は茫然とし、もはや何も言えない。誤魔化す言葉すら思い浮かばず、想真は諦めた様に呟いた――
「……見えてる」
「そう……」
三善はゆっくりと俯きながら小さく言葉を発した。そこでようやく想真は、はたと気付く。
「三善さんが、それを聞くって事は……」
「ええ――私もハッキリと見えているは、橘さんのこと」
三善は真剣な眼差しで想真を真っ直ぐに見据える。
「もしかして、昨日から話があるって言っていたのって……」
「そうね……ただ昨日は橘さんではなく彼女が飼っているチッチさんの事を、貴方に聞こうと思っていたのだけど」
「……確かに、あのブ……いや、碧依ちゃんが飼っている犬も見えているよ」
「そう……」
「それにしても想ちゃん、どうして急に私達のこと見える様になったんだろうね」
突然の核心を突く碧依の言葉に、三善もまた想真をじっと見詰める。
「その事は俺もずっと気になっていたよ……だから自分なりに色々考えてみたけど、はっきりとした理由は良く分からなくて…………」
そう言って想真は視線を下げたのだが……不意に顔を上げる。
「でも……ただ……」。
「ただ?」碧依が聞き返す。
「偶然かもしれないけど……ボールが顔に当たってからなんだ……碧依ちゃん達が見える様になったの……」
「想ちゃん、鼻血出したって言っていたもんねー」
それを傍らで聞いていた三善は僅かに首を傾げる。
「伊達君……その事については、これからゆっくり考えて行きましょう」
三善の言葉に、今度は想真がもの言いたげな顔をする。
「あのー三善さん……俺からも質問して良い?」
三善は表情を変えず「ええ」と返す。
「俺が碧依ちゃん達を見える様になった理由は、はっきりしないけれど……三善さんはどうして碧依ちゃん達が見えているの?」
「確かに、貴方がそう思うのも当然ね……ただ、伊達君には申し訳ないのだけど……」
三善は一瞬、口ごもり――
「…………物心ついた頃には、もう見えていたという事で……今は御容赦頂けないかしら」
彼女の答えに想真は不満げな顔をする。
「じゃーもう一つ、さっき碧依ちゃんが自分はここの部員だって言っていたけど、あれは一体どういう事なの?」
「もう貴方も気付いている思うけれど、ここは郷土の歴史や古い文献を研究する倶楽部ではないわ……」
「じゃー?」
「こここは、橘さんの様な存在を見守り、手助けるための場所……」
真剣な表情で語る三善とは対照的に、想真はポカンという顔をした。
「そういう表情になるのも無理はないわね。でも……御免なさい。今はまだ詳しいことは、お話し出来ないの……」
「想ちゃん、ゴメンね」
「じゃー……分かったよ。でも最後にもう一つだけ……一体、二人はどういう関係なの?」
「それは……」
三善が言い淀んだ、その時――突然、ザッと後ろの戸が開いた。
「そろそろ私が登場しても良い頃合いかしら!」
そう言って、にこやかに部屋に入って来たのは濃紺ワンピースの制服を着た一人の女子生徒。
その女子生徒を見た途端、想真は目を見張った。
想真がその様な表情になったのは、彼女の端麗な容姿もさることながら、そんな美々しい彼女を想真が知っていたからである。
「君、どうかした? そんなに驚いた顔して」
見目麗しい女子生徒が想真の前までやって来て、想真の顔を覗き込む。
「いえ……別に……」
「そうなの、ならいいんだけど。あーそうそう、まだ名乗っていなかったわね。咲の姉の三善静香です」
「……三善のお姉さん……」
想真がポツリと呟く。
「はい、妹がいつも、お世話になっております」
「こちらこそ……お世話に……」まで想真が言い掛けたところで「あのー……」と咲が呆れた様に声を掛ける。
「ふざけるのは、もうそれ位にしてもらってもいいですか……おば様!!」
「おば……」そう言って想真は目をパチクりさせる。
「もーどうして直ぐにバラしちゃうかなぁー。絶対、姉の方が面白くなったのに! 咲ちゃんは昔から遊び心がないんだから!」
「お言葉を返す様ですが! どうしておば様は直ぐに遊ぼうとするんですか! 今は遊ぶ様な状況ではないでしょう!!」
咲から強めに注意を受けるのだが、静香の方は全く意に介さずという様子で。
「はいはい、分かりました。それじゃー真面目に自己紹介するば良いんでしょう。では改めまして、咲のおばの三善静香です。よろしくね」
「こちらこそ……一年の伊達想真です。はじ……」まで言い掛けて――
「いや、初めてでは、ないですね……何度か校内で、お見かけした事があるので……」
「そうなの、私のこと知ってくれたいたんだ! でも、どうして私の事なんて覚えてくれたのかしら?」
「それは……その……大変、おキレイだったので……」
静香の誘導尋問にまんまとハマる想真。これに――
「もー伊達君たらー、正直者ねー」
〝バチッ〟とニコニコした静香から背中を叩かれる。
「やっぱり隠しきれない美しさって言うーの」
「はぁー……そ、そうですねぇ……」
思いっ切り叩かれた背中を気にしながら、想真はヤレヤレという顔をする。そんな二人の遣り取りを咲と碧依が傍で見守っていたのだが……おもむろに口を開いたのは三善咲。
「伊達君……盛り上がっているところ申し訳ないのだけど……」
困惑顔の咲が想真に告げる。
「……その人……幽霊だから……」
「へっ…………」
間抜けな声を上げ想真は視線を戻す、そこには弾ける笑顔の三善静香の姿があった。
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