第35話 三善咲からのお誘い

 イチャつく田中と木村の姿を横目に見ながら、想真はどんよりと曇った顔で席へと向かう。

 そして窓際の自席に「ドン」っとダークブルーのリュックを置いたところで――


「おはよう想ちゃん」

「あーおはよう……」

 挨拶を返し、此方に歩いて来る神山の姿を一瞥したが、すぐに想真はその隣に目が行った。


「おはようございます伊達君」

「おはよう――」

 二人の人物に挨拶され、想真はドギマギしながら「おはよう……ございます」と返した。


 想真に挨拶をしてきたのは、いつもの野郎二人ではなく女子二人――しかも、それが委員長の清水香瑠かおると鳴海芽郁なのである。もうこの時点で、想真は悪い予感しかしない……


(えっ……ナニ……俺、何かした……)

 身構える想真に神山が話し掛ける。


「実は……想ちゃん……昨日、球技大会の実行委員決まったんだけど……男子の代表、想ちゃんになっちゃって……」


(んっ!? 実行委員……球技大会?)

 申し訳なさそうな顔をする神山なのだが、当の本人は何の事だかピンとこない。


「伊達君、昨日、私がホームルームで話したこと、ちゃんと聞いていた?」

「えっあっ……ゴメン……あんまり」

 呆れた顔をしたのは清水。


「まーいいわ……じゃーもう一度説明しますので良く聞いておいて下さい。今週の土曜日、全校で球技大会が開催されます。具体的には学年ごと男女別々で球技を行うんですが、そのサポート役として各クラスから実行委員を男女一名ずつ出す事になりました。それで昨日、男子女子それぞれで話し合って代表を決めたんですが、女子が鳴海さん、男子が伊達君にやって頂くことになったんです」

「そう……なんですね……」


「ただ……隣にいる、この人が……伊達君は体調が悪いかもしれないから、一応、本人に確認した方がイイ……みたいなことを言って来られたので、それで伊達君の体調を確認しに来たという訳です」

「なるほど……」


「もし体調悪いなら遠慮なく言って、俺、実行委員やるから――」

(ガッ君らしい……ボール当てた事、まだ気にしてんのか)


「えーと……昨日、早退しましたが身体の方は問題ないんで……球技大会の実行委員、俺やります」


「大丈夫? 遠慮しなくてもいいんだよ」

 想真が『大丈夫だから』と言おうとした矢先――


「全然、大丈夫だろ神山!」

 そう言ったのは、いつの間にか神山の後ろに立っていた杉本である。


「そんなに心配しなくたって大丈夫だって! なんせこの伊達君は、無駄にグランドを一人で走り回れるく・ら・い、身体の方は元気みたいだから! 球技大会の実行委員くらい全然平気だろう! まーぁ……頭の方は大丈夫かどうか分からないけどなぁ」

(コイツ……見てやがったな……昨日、俺がグランドで犬を追いかけ回していたの……ホント、細い目をしているくせに、どんだけ視野広いんだよ、コイツは!) 

 不満ありありの顔で杉本を見る想真。


「それより神山、お前、チョット伊達に甘すぎやーしねーか」

「そんなつもりはないけど」

「いくら、幼馴染みか知らねーけど、実行委員代わるとか、さすがに甘すぎだろう!」

「いや! 杉本、そこは間違っているぞ。ガッ君は甘いんじゃなくて優しんだよ。それに俺にだけ優しいんじゃなくて、皆に対して優しんだ」


「ホントそうね! 神山君は昔から、ずっと優しいわよね! 男子に対しても女子に対しても……」

 急に清水が想真達の会話に割って入る。


「だから、神山君はいつも大人気……特に女子の人気は凄いわよね! 委員長……私じゃなくて神山君がやれば良かったんじゃない。その方がクラスの女子も喜ぶでしょうから!」


 いつもの委員長らしからぬ棘ある言葉に鳴海、杉本が驚いた表情を清水に向ける。清水も二人に凝視され自分の言い過ぎに気付いたのか、直ぐにバツの悪そうな顔をした。


「コホン……じゃー球技大会の実行委員、伊達君、宜しくお願いします……それで、早速で申し訳ないんですが、今日の放課後、球技大会の実行委員会があるみたいなので鳴海さんと一緒に出席して下さい」


「よろしくね伊達君」

 鳴海が笑顔を向け。

「こちらこそ……よろしくお願いします」

 伏し目がちに想真は返した。


「では、二人とも球技大会の実行委員、で頑張って下さい」

「あっ……はい」と返しながらも『なに! ワンツーパンチって……』と思う想真であった。

 女子二人が去る際、「チッ」という音が聞こえ様な気がしたが、それが何なのか想真が考える暇もなく、ある人物が話し始める――


「なー神山……」

 杉本が神妙な面持ちで声を掛ける。


「お前さー……ヤリ逃げでもしたの?」


「はーあ!! そんなことする訳ないでしょう!」

「ならなんで、お前、あんなに委員長からウザ絡みされてんの?」

「それは……」

 返答に窮する神山の代わりに想真が話し出す。


「中学からずっと、あーなんだよ。事或るごとに清水がガッ君に突っかかって来るの――」

「えっそうなの!? でもなんで? あいつ杓子定規なとこあるけど、ああいう事言うキャラじゃないだろう!」

「そうなんだよ。だから理由が良く分からないんだよ。ガッ君も心当たり無いみたいだし」

「ふーん、なるほどなーぁ……」

 杉本が頷き、神山を見る。


「まーでも、そんなに気にすんなよ神山。人間、どんなに真面目に生きてたって、出会った人間、全てから好かれる事なんて絶対無理なんだから。まーぁでも、出会った人、全てから嫌われることは簡単かぁ。若干ここに一名にいるしなぁ――」

「そうだね」

「おい! なんでこっちを見る! ガッ君もそうだね、じゃないよ!」

「はい、はい……ホント冗談つじねーなコイツは」

「うっせーよ――」

 想真は杉本にさらに文句を言おうとしたのだが――

「そんな事よりお前、俺達にギャースカ文句言っている場合じゃーねーんじゃねーの」

 杉本が教室の反対側に向かって顎をしゃくり上げた。


「…………」

 廊下側の席を見たまま想真は押し黙る。


「お前さー早く行ってきた方が良いんじゃないの」

「……言われなくても、分かっているわ!」


(アイツあの目で、どんだけ視野広いんだよ!)

 想真は憎らしそうに杉本を見ながら教室の反対側へと歩いて行く。そして少し顔を強張らせながら挨拶をした。


「あのー……おはようございます」

「あっおはようございます」

 机の上の鞄から荷物を取り出そうとしていた黒髪の美少女に想真は声を掛けた。


「三善さん……そのー……昨日は途中で帰ってしまいまして……本当に、すいません……」

「体調が悪かったのでしょう。なら仕方ないですよ。身体の方はもう宜しいのですか?」

「えっ……あー……大丈夫です……それで……昨日のお話の件なんですが……」

 緊張しながら想真が尋ねる。

「そうですね……では、昨日と同じ、昼休みではどうでしょう?」

「あっはい……で……場所は? その……教室だと色々あると思うんで……」

 もうすでに此方を見ながらコソコソと話し始めているクラスメイト達を想真はチラリと見る。


「庭園……庭園の大きな楠木の前はどうです?」

「なるほど、あそこなら人もあんまりいなさそうですね。じゃーそれで……」


 周りの目もあって手短に話を終えた想真は、三善に会釈してその場を後にした。

自分の席へ戻りながら前を見ると野郎が一人増えていた。当然、戻れば何か冷やかされるだろうと思っていたのだが、意外にも、今井は優しい表情で右手をヒョイと軽く上げ、神山の方もポンと想真の肩に触れるだけ。


(何だよ……こいつら……気、遣いやがって)

 想真も柔和な表情を彼等に向けたのだが……


「お前――どんだけキョドってんの!」

 杉本が的確にツッコミ入れる。


「……全然……キョドってないしー……」

 想真は弱々しく返した。

「はーぁ! 今、三善と話してた時、完全にキョドってただろう、おまえ!」

「だから! キョドってないって言ってるだろう! 本人がキョドって無いって言っているんだからキョドって無いんだよ!」

「なにそれ! 完全に小学生の反論じゃねーか」


「まあまあ二人とも……その位にしときなよ」

 徐々にヒートアップしてきた二人を今井が窘める。


「それより想真君、大変だったネ。貧乏クジ引かされちゃって――」

「貧乏クジ?」

「えっ! 聞いてないの? 昨日、球技大会の実行委員決める時、順君が『実行委員なんて、いない奴にやらせておけば良いんだよ』って言ってたこと――」


「…………」

 想真はじろりと杉本を見る。


「まー待て、伊達君……とりあえず、ジャンケンもしてねーのに、グーを出すのは止めようか……」

「言いたい事は……それだけか」

 想真は右手をグーにしながら杉本に一歩近づく。


「イヤ、だからチョット待てって……確かに、お前が居ない処で実行委員をお前にしたのは悪かったよ……けど、それには理由があるんだって」

「なんだよ!」

「お前……アレじゃん……そのー女子と殆どしゃべらないじゃない。だから、俺はそれを心配してだなぁ……球技大会の実行委員でもやれば、女子と話す機会も増えるんじゃねーかーと思ったわけだよ」

「で……」

 さらに一歩近づく想真。

「でっ? あーそうそう、実際、さっきも委員長と話す事になっただろう。それに、お前、滅茶苦茶良かったじゃん! 女子の実行委員、あの鳴海だよ! もしかしたら、これを切っ掛けにワンチャン……ぐふっ」


 キレイなボディーブローが杉本の腹に決まる。


「あー悪い、悪い、軽くやったつもりが、みぞおちに入ったわ」

 屈託ない笑顔で想真が苦しむ杉本に言った。


「これは杉本が悪い」「だネ」神山と今井も呆れ顔である。


 苦悶の表情で杉本が腹を押さえていると、前の戸がガラガラと開き、教室に担任の刈谷が入って来た。

 神山と今井はスタスタと席に戻り、想真もサッサと席に着く。

 教室で立っているのは杉本だけ……それを見つけた刈谷は――


「杉本…………今日は、お前が早退か?」

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