第8話 彼が女子に話し掛けない、その理由 その2
暗黒時代――
今現在、自分自身が置かれている状況を、俺はこのように例えている。
別に『不遇の時』『失意の日々』など、呼び方は何でも構わないのだが自分自身が年老いて人生を振り返った時、多分……中学、高校の青春時代をそんな風に表現するだろうと思い、俺はこの様に呼んでいる。
では今、俺は不幸であるのか……
そう問われれば『多分、幸せです』と俺は答える。
中学の時には部活も勉強も自分なりに頑張りそれなりに充実した毎日を送っていたし、高校に入学してからも冗談を言い合える良い友人がすぐに出来た。
そう考えれば実に幸せである……多分、一般的にみれば、俺は幸せな方なのだろう……
なら、なぜ、そんな幸せな俺の今が暗黒のか。
それは青春時代にとって、もっとも重要な部分が救い様のない程、真っ黒だからだ。
重要な部分……もちろん異性についてである。
ある時から女子との関係性が徐々に、おかしくなり始めた……
あれは確か……
俺が考える暗黒時代の始まりは中学二年の春、人生で初めてのデートの日に遡る。読書という共通の趣味で同じクラスの女子と仲良くなった俺は、彼女と映画を見に行く事になる。
初めてのデートという事もあり、少々緊張しながら映画を見始めた俺だったが、映画が中盤に差し掛かった時、急に身体に異変が生じる。
突然、つーと鼻水が流れ、いくら鼻をすすっても止まらない。
嫌な予感がして急いでシアターの外に出てみると、白いシャツと右手が真っ赤に染まっていた。
鼻血である……
初デートの最中に鼻血。それだけでも最悪の事態であるのだが、それ以上に問題だったのは出したタイミングであった。主人公とヒロインの濃厚なラブシーン……よりにもよって一番出してはイケないタイミングで俺は鼻血を出したのだ。
「どんだけ……俺、運悪いんだよ」と嘆いてみたが、鼻血で真っ赤に染まった白いシャツが元に戻るはずもなく、人生初のデートは最悪の形で終了となった。
その後は気まずさもあり彼女との会話、メールのやり取りは徐々に減って行く。
そして、夏を迎える頃には彼女との交流は完全に途絶えてしまう。
俺にとって中学二年の夏休みは、後悔と陰鬱に充ちた休みとなった。
夏休みが終わり、二学期が始まっても、何だか気持ちが晴れずにいた俺。
そんな時、あまり交流がなかった別のクラスの女子と、思いがけず買い物デートに行くことになった。
とは言え、初デートの失敗もあり、あまり乗り気になれなかった俺だったのだが……どういう訳か今回は前回とは違い、すべてがとんとん拍子に進み、初デートの日から俺達は付き合う事になる。
翌日――
学校の廊下を歩いていると、前を歩いている彼女を見つけ、嬉しくなった俺は笑顔で彼女に声を掛ける。だが振り返った姿は、まったくの別人。俺からすれば、左右からの編みこみをポニーテールでまとめた独特のヘアスタイルだったため、彼女だと思い込んでしまったのだが……人生最悪の人違い。
さらに運の悪い事に、人違いの現場を本物の彼女に目撃されてしまう。
一部始終を見ていた彼女は俺の顔を一瞥すると、直ぐに踵を返し無言で立ち去ろうとする。当然、俺は後を追いかけたのだが、時すでに遅し……人生で初めて出来た彼女とは一日で別れることになってしまう。
彼女からすれば付き合い始めた翌日に、自分の彼女を見間違えるような最低の彼氏など、付き合う価値無し、と判断したのであろう。
更に大失態を犯した俺は、自分自身に対する怒りから廊下の壁を思いっきり殴った。直後、グシャという鈍い音がして、結果……俺は右手の甲を骨折してしまう。
今度の失恋は心と身体に大きなダメージを与えるものとなった。
そして思う……なぜ俺は異性との関係で、これ程までに運が悪いのか……と
『泣きっ面に蜂』『弱り目に祟り目』とは、よく言ったもので失恋の傷と身体の傷がまだ癒えない俺に、更に追い打ちをかけるような事態が、またしても起こり始める。
ある時、用がありクラスメイトの女子に声を掛けたのだが、彼女は、けんもほろろに立ち去ってしまう。
またある時、俺を含めた男女七人が今度結婚する担任教師の話題で盛り上がっていたのだが、途中、女子が一人抜け二人抜けし、気が付けば女子生徒は誰一人居なくなっていた。
おかしい……
このような事には鈍感なはずの俺が気付く程、女子達の俺を避ける態度はあからさまであった。
そして考えた――なぜ俺が女子達からこれ程までに避けられているのだろうと……。
結果、思い当たったのは初めて出来た彼女との別れ方。自分の彼女を見間違える様な最低なヤツという評判が女子達の間で広がり、それで避けられているのかと、そう考えていたのだが……。
・・・・・・事実は違った。
その年の年末、俺は同じクラスの女子達の会話をたまたま耳にする。
「ねぇー伊達君ってどぉー」
「どぉーって何?」
「実はさーこの前、日直で一緒だったんだけどー。伊達君と一緒に居ると何だか気まずいというか……嫌な気分になっちゃう……みたいな?」
「……それマジ分かる。私も体育委員で一緒だったんだけど、なぜだか分からないけど気分が滅入るって言うの?」
「でしょー実はさー他の子も同じ様な事言っているんだよネー」
「――やっぱり……」
彼女達の会話を耳にして、俺は愕然とする…………
その後、家に帰るまでの記憶が曖昧。それ程、彼女達の言葉は俺の心に大きなダメージを与えた。別に一人、二人の女子から、この様な事を言われたとしても人間関係、合う、合わないがあるため仕方ないと割り切れるのだが、話によれば他の女子からも同じ様な事を言われているという。さすがにこれには自分自身の存在自体が否定されている様で怖ささえ覚えた。さらに彼女達によれば避けている理由もはっきりしないという。
俺からすれば『一体……何を……どうすればいいんだよ』という思いであった。
とは言え、不本意ながらも彼女達に不快な思いをさせているのも事実であったので、ひとまず自分なりに改善する努力はしてみた……
シャンプーやボディーソープは母や妹が使っている物に替え。また学校に行く前には必ずシャワーを浴び、汗を掻けば汗拭きシートで拭き取った。さらに口臭も気にして学校でも度々歯を磨いた。その他、生活部面、あらゆるところに気を使う。髪型を変え、ハンカチ、ティッシュは必ず携帯し、弁当の食べ方にまで気をつかった……
だが、俺の努力とは裏腹に女子達との関係は全く改善されない。
そして中学三年に進級する頃には、俺はすべてを諦めてしまう。
もう、女子に話し掛けることもなく、また近づきもしなくなった。
中学を卒業し、高校に入学すれば少しは改善するかと淡い期待を抱いていた時期もあったが、それは儚く水泡に帰する…………
俺……どうして、こんなにも女子から避けられているのだろう…………
「――そんなに気を落とすな、伊達」
突然、自分の名前を呼ばれ我に返る――声のした方を見ると、教壇に立つ薮田が優しい表情で此方を見ていた。
「たった一回のテストじゃないか。次、頑張ればいいんだよ」
いや……一体、何を……どう頑張ればいいですか……
本当はそう言いたかったのだが……勘違いとは言え、薮田が俺を気遣ってくれている事だけは十分、分かったので……俺は話を合わせる様に返した。
「はい……次、頑張ります……」
また頬杖を付きながら、窓の外を眺める……
もう、そこには、女子生徒達の姿はなかった…………
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