4.魔気と、第七感


 魔法使いを目指すのは辞めたほうが良い。

 と、最初に言っておこうと思う。


 何故なら、人族の多くは最初の難関で9割が挫折するからである。


 私は今までに、誰かに魔法を教えていたこともあった。

 それも一人二人ではない。何人何人も見てきた。

 しかし、魔術を行使できるまでに成った者はたった3人しかいない。

  


 成果を焦る者。

 自分を信じることができない者。

 一つの事に無心で邁進できない者。


 これらは多く挫折する。

 

 魔法とは、心の力。精神の強さ。

 そもそも、精神を扱う技術である。

 

 メンタルが弱く、根性も根気も無い者には決して扱えない。

  


 まず私は言う。

 『大気に満ちる魔素マナを感覚として掴めるようになりなさい』と。

 

 これには、五感でも、六感でもない、第七感が必要になる。

 第七感とは、すなわち、霊感や霊覚と呼ぶ新しい感覚の事で。

 人族に備わる神経を介する感覚器とは、根本から違うものだ。

 

 これを一から構築するのは、新たな神経を自ら産み出すに等しい困難さを有するだろう。

 なにせ、物質的で現実的な肉体とは異なり、幻想的で非現実的な、まったく別次元のアプローチになるからだ。

 

 そして、これを習得することが魔法使いへの最初の第一歩となる。

 

 何千年にもわたり、魔素マナに適応してきた身体の潜在能力を呼び覚まさねばならない。

 これには、一度悪霊等の巣窟で数か月~数年程度暮らしてみれば、自ずと感覚が鋭くなるだろう。また、瞑想メディテーションも効率は良くないが悪い手段ではないと思う。


 

 こうして、魔素マナを感じられるようになったら、次は、魔気オドだ。

 魔素マナが、大気に満ちている霊的な元素ならば。

 魔気オドは、自分自身に満ちている精神的なエネルギーだ。

 

 魔法使いの二歩目は、この魔気オドを制御できるようにすること。

 さらに言えば、体外へ導き出せるようにすることだ。

 第七感が育っていれば、自身の精神エネルギーを感覚的につかむことが出来るようになっている。

 今度はその魔気オドを、自分の精神の手でつかみ取って動かせるようにする必要がある。

 これには、瞑想メディテーションが一番有効な修練方法だろう。

 精神を統一し、余念を捨て、心を研ぎ澄まし、自分と向き合う。

 魔気オドの制御を獲得するには、悟りを開くほどの心鍛を行わなければならない。そのためには俗世に身を置くのは辞めたほうが良いだろう。

 

 

 魔素マナを感じられるようになり。

 魔気オドを導き出せるようになれば。


 ようやく、魔法の1単位である魔力子マギトロンを生成するための準備が整う。


 このたった二つの工程が、人族にとっていかに難関か。

 これを読んで理解できただろうか?

 才能が凡俗のそれであるならば、50年程度は軽く覚悟しておいたほうが良いと思う。それが無理だと感じるならば、魔法使いを目指すのは辞めるべきだ。

 おそらく、人族にとっては永い月日なのだろうから。

  


 

  

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