迷惑

 通勤で使っている電車の車両に数日前からいわゆる迷惑おじさんが現われるようになった。

 

 そのおじさんは、車両に乗り込むと決まって「おい、聞こえてんだろオイ、バカにしてんじゃねーぞ」などと大声で叫び続けていた。

 

 しかし、周りの乗客は誰も彼も無反応で、まるでそのおじさんがいないかのようにふるまっており、そのために私も仕方なしにそれをやり過ごすという事が、ここ数日続いていた。


 

 そんなことが日常となりつつあったある日、迷惑おじさんは車両の席に座っている一人一人の前に立ち止まっては、「聞こえてるんだろ、バカが!」などと言った言葉を叫び続けていた。

 

 そうして自分の番が回ってきたとき、丁度、電車の車掌らしき人が車両に入ってきた。


(よかった、これで自分は助かった)そう思って、車掌さんに向かって「この人をどうかしてください」と言って助けを求めた。

 

すると、車掌さんは怪訝そうな顔をして、「何をおっしゃっているのですか?」と言ってきた。

「ですから、このおじさんですって! 毎日叫んでいて迷惑しているんです」

「はぁ、そうですか。しかしですねぇ、見たところこの車両には、あなた以外誰も乗っていないじゃないですか」


 私が辺りを見回すと、辺りにはおじさんを含め誰も乗ってはいなかった。

(えっ、どうして)そう思って、車掌さんの方を見ると、そこには誰もいなくなっていた。

 

 しばらくの沈黙の中、私は冷や汗をかきながら、事態を飲み込めずにいました。そうしていると電車が停車しました。それに合わせて私は慌てて車両を飛び出した。


 するとそこは見慣れない駅で、スマートホンで駅名を検索してみたところ、そこは乗っていた電車の終電に当たる駅だという事が分かった。


(そんな馬鹿な!)と思って駅のプラットホームに立ち尽くしていると、線路の向こう側から「おい、聞こえてたんだろ、おい」という聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 声のする方を見てみると、そこにはあの迷惑おじさんがいた。私はそれに驚いて、咄嗟に駅の外に逃げ出し、辺りを見ると、すっかり日が暮れていた。

 


 そこからどうやって帰宅したのか正確には覚えていませんが、その日はひどく疲れていていたことだけがはっきり覚えています。

 

 それからも私は以前と同じ通勤電車に乗っています。翌日から迷惑おじさんが出没しなくなったのが主な理由で、何よりあの日体験したことを認めたくないという気持ちがあったのが、もう一つの理由です。



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る