第10話 初異世界人と接触

 今、俺の目に映っているのは、一生懸命おかゆと味噌汁と水を掻っ込む異世界人達の姿。その数三人。


「あらあら、まぁまぁ。まだいっぱいありますからねぇ」


「フルーツも食べてね!」


 ニコニコ笑顔の母さんと凛が異世界人達の近くで給仕している一方で、俺達男性陣は只今自主的に正座にて反省中。


 あ、源はあちら側だが。


 ……まあ、坂木家がシリアスになるわけ無いんだよ。だってあの後の顛末ってこうだったんだぜ?



     *****



 未だに扉を叩き続ける異世界人らしき存在。


「頼む……妻が……子……が……」


 しばらくすると弱って行く声。最初からそんなに元気そうな声じゃなかったんだけどさ。


 そして扉の向こうでドサっと音がして静かになったんだけど……おそらく倒れたんだよな?


 「父さん……?爺ちゃん……?」


 どうしよう、とさっきまで頼りがいのあった父さんと爺ちゃんを困った視線で見上げるも、その二人も顔を見合わせて困惑中。


 こちらが異世界人に見つかった時の対処法は考えていたんだけど、拠点に異世界人が訪ねてくるとは考えてなかった俺達。


 この時、父さんも爺ちゃんも家族を危険に遭わせたくないし、かと言ってこの状況で見捨てるのも後味悪いし……って葛藤してたんだって。


 そんな時に場の雰囲気を変えたのは……


「あらぁ?まだ外に行ってなかったの?」


 どうやら源を遊ばせる(穴掘りをさせる)為に畑に出てきた母さん。俺達の困った様子に、何か察した母さんが父さんから経緯を聞く事しばらく———


「洸、私達全員に結界付与をお願い。勿論、物理と魔法と疫病防御結界よ。それから、お義父さんと茂さんは外に出て現状確認して下さいますか?凛は私と一緒に来てくれる?食べるもの用意しなくちゃ」


 テキパキと俺達に指示を出す母さん。


「え?母さん、助けるの?」


 そんな母さんにいざとなったらおよび腰の俺。俺の気持ちも汲み取った母さんはちょっと苦笑して言い切ったんだ。


「洸、凛?坂木家の家訓は『情けは人の為ならず』よ?それが異世界だろうと変わらないわ。それに、私にそう教えてくれたのはお義父さんと繁さんですもの」


 ね?と父さんと爺ちゃんににっこり笑いかける母さん。


 ……この件でわかるだろうけど、我が家で何気に最強なのは母さんだ。


 しかも、意見を言う時は責めずに父さんと爺ちゃんを立てる事も忘れない。俺、こう言う時の母さんをちょっと尊敬しているんだよなぁ。


 とは言え……


 「繁さん、今日お肉は鶏肉がいいわぁ。あ!ちょっと待って下さい、お義父さん。行く前にお水持って行ってくださいな。もし、脱水症状ならこれ良いですよ?」


 丁度手に持っていた金属杓子とバケツを、爺ちゃんに渡す母さん。


 何気に父さんには夕飯のおねだりしているし、爺ちゃんには金属杓子で倒れている人に気つけの水をやるように言う辺り、結構マイペースだし大雑把なんだよなぁ。


 ところで、なんで母さんそんなの持ってたのさ?は?打ち水しようとした?畑じゃなくて源の為に?……ああ、そう。確かに、源どろんこ遊びも好きだもんなぁ……


 若干遠い目をした俺達だけど、俺がみんなに結界付与してからは父さん達の動きも早かった。


 まずは扉を開けて一人を横に寄せて、状況を確認しに行った爺ちゃん達。俺は呼ばれるまで待機。


 「洸。来ていいぞ」


 しばらくして父さんに呼ばれて出てみると……壁ドームの外側に小さめの壁ドームを追加設置していた父さんと、女性に肩を貸して歩いてきた爺ちゃんの姿が。


 改めて見る異世界人に戸惑う俺の近くには、横になっている男性とその男性を心配している3歳くらいの男の子の姿があったんだけどさ。


 「っ!!」


 叫び声を出さなかった俺を褒めてほしい……!だって目の前にいるの獣人だぜ?初異世界人が獣人!


 ……やっぱり本当に居たんだ!と感動していたけど、それよりも気になる事があるんだよなぁ。


「父さん、皆さんに回復と洗浄付与していいかな?」


「弱っている身体に回復はどうだろうなぁ……ある程度になってからが良いと思うが……」


「繁の言う通りだ。おそらく自然治癒力はあるだろう。だからまずやるべきはその治癒力を働かす食事を与える事だな」


 爺ちゃんは流石年の功。弱っている身体に最初から強い力はきついんだって。薬も食後が多いのが当たり前だもんな。


「じゃ、洗浄は?」


「それはやってあげた方がいいだろう」


 父さんが即座に許可を出すのもわかる。こう言っちゃ悪いが、みんな臭いんだよ……!


 今だ意識のない男性獣人から先にやろうと思ってさ。その男性獣人の服をぎゅっと掴んでいる子供獣人に出来るだけ優しく声をかけたんだ。


 「大丈夫だ。綺麗にするだけだから……な?」


 それでも警戒をやめない子供に、まずは実際に見せようと思った俺。ちょっと強引に一度で効力を失う全身洗浄を付与すると……


 「とおちゃ……?!」


 汚れが取れて身体が綺麗になった獣人さん。おし、異臭は取れた。あとはとりあえず服もだな。


 服には常に自動洗浄を付与すると、一瞬でぼろぼろだけれどそのほかの部分は綺麗になったんだ。


 その様子に大きな目を更に大きくして驚いていた男の子。


「どうかな?君にもかけていいかい?綺麗になるよ?」


 まだ警戒しているみたいだから、出来るだけ優しく笑って言ってみたらさぁ、コクン……って頷くんだぜ?


 うーわー!こりゃ、かわいいわ。


 許可を貰ったし、男の子自身や服にも洗浄付与をかけると髪はサラッサラの尻尾ふさっふさっになったわけよ。獣耳までピーン!って感じで。


 しかもさぁ。弱々しい力で俺の服を引っ張って、どこかに連れて行こうとするんだぜ?


「どした?」


 って聞いても、黙って俺の服を引っ張ってるんだもんなぁ。まぁ、言いたい事は分かったけど。


 男の子の頭に手を置いて、目線を合わせる俺。


「君のお母さんにもやって欲しいのか?」


 すると、耳をへたらせてコクン……と頷く男の子。うん、いい子や。


「よし、一緒にお母さんのところ行くか」


 そう言って男の子を抱き上げると、余りの軽さに驚いた俺。ちょ、軽すぎね?


 なんて思いつつ、爺ちゃんが話を聞いてあげている女性のところへ行くとジタバタし始めた男の子。


 お母さんに行きたいのか?


 そう思って降ろしてあげた男の子は、トテトテ歩いてぎゅっと女性獣人さんに抱きついたんだ。……やっぱ甘えたかったんだな。


 「まあ、綺麗にしてもらったのねぇ」


 「かあちゃんも!」


 「あらあら、良いのかしら?」


 俺がそんな二人の様子を見てほっこりしていると、どうやら爺ちゃんの様子がおかしい。


 「爺ちゃん?」


 「……ああ、まずはケイトさんに浄化をかけてやってくれ」


 「うん、そのつもりだけど……?」


 爺ちゃんの事も気になりつつ、お母さん獣人に洗浄付与を身体と服にかけたんだ。


 ……ここまでは良い話だろ?じゃあ、なんで俺らが正座しているのか?っていうと、丁度母さんが話し始めたから冒頭に戻ろうか。


 

「まあ!落とし穴に助けられた?」


「はい。獣人狩りで捕まっていた私達が逃げられたのは、奴隷商がよく通る森の行路上に大きな穴が空いていたからなんです」


「なんてこと!獣人狩りなんて!しかも奴隷商……!やっぱりあったのね……!あら?そうなると、あの近くに他にも捕まった人が居るかもしれなかったのかしら?」


「いいえ、私達はご覧の通り赤犬の獣人です。赤犬は珍種ですから高く売れる為、別に移動されていたそうですわ」


「まあ……ごめんなさいね?私達このように世間離れしている家族ですから、ケイトさん達が珍種ということも知らなくて……」


「いえ。知っている方が珍しいと思いますから、むしろ安心しましたわ。……赤犬種族は、幸運を招く種族と言われています。事実、御者や商人や護衛は魔物に襲われましたが、私達は逃げ出せましたし、森の中の煉瓦調の道を見つけてここまで来れたのですから……」


「それは……私達に話してもよかったのかしら?」


「ええ。だって、あの子が主を見つけたみたいですし……」


「うふふ、そうねぇ。可愛い寝顔でしょう?洸?」


 ……いや、俺は足が痺れて動けないんだけど……


 にこやかに話す母さんとケイトさんの目線の先には、正座した俺の膝の上で丸くなる男の子獣人。


 食べ終わってからポテポテ歩いて来たかと思ったら、俺の膝の上で丸まって寝初めたんだもんなぁ。


 あ、落ちそう……!よっ、と……まだこれのほうがいいだろ。


 落ちそうになった男の子を、膝から前抱っこの体勢に変えると、ようやく足を伸ばせる俺。


 スースー……と良く眠っているだけあって、声を出したら起きそうだから聞きたい事も言えないじゃん。


 目線で母さんに助けてコールを送るが、母さんはにっこり。


「落とし穴は洸の発案らしいわね?お義父さんも洸の遊びに付き合っただけかも知れないけど、私に報告がないわよぉ?それに、繁さん?また夜中に抜け出していたの?」


 ぷうっと拗ねた顔の母さんだったけど、あれは結構怒っている顔なんだよね。


 俺といえば、うーわー……バレたか、と観念したけどさ。


 そう。実は、あちこちに爺ちゃんに穴を掘ってもらい、俺が【吸引】付与をした木の板をその穴の中に置き、何が掛かるか実験していたのが今回の発端。


 まさか奴隷商が掛かるとは思わないじゃん……


 それに、父さんはその場所を忘れないように道を作ってくれていただけだっただけで飛び火がかかってしまったようで、流石にごめん、と思った。


 だって、夜中に抜け出して作っていた理由は別にあると思うんだよなぁ……言わないけど。


 「言わずに済まなかった。それで、遥さんや。足が痺れてきたんだが……?」


 「遥……その、ごめん」


 「ごめん、母さん」


 あー……我が男性陣はこうなった母に弱いからなぁ。そして俺も。


 「ふふっ、じゃあケイトさん一家をしばらくうちで預かるのは反対無しでいいかしら?」


 俺達に笑顔でぶっ込んでくる母さんの言葉に、驚いたのは当人であるケイトさん。

 

 「えっ!そんな!ハルカ様、いいのですか!?」


 「勿論よぉ。嬉しいわぁ、こんなところじゃママ友いないもの。話し相手が欲しかったのよぉ」


 なんと女性同士気が合ったようで、二人で両手を掴みあってキャイキャイはしゃぎ出した。


 これにはこちらの男性陣は苦笑、更にあちらの赤犬獣人の旦那さんは気づいてから頭を下げっぱなしでさ。これはもう決まったも同然だったんだよ。


 俺の腕にはぐっすり寝ている男の子がいるしなぁ。


「見て見てー!籐のベッド!これにその子寝かせてあげよ?」


 凛……居ないと思ったらそれ作ってたのか。ジャンボクッションにタオルまで用意とは……!流石、我が妹!


 すると、ため息一つ吐いて話し出した父さん。


「……事の発端は俺達側だ。ケイトさん一家をしばらく迎え入れよう。親父もいいか?」


「ああ、賑やかになるな」


 って事は……!


「やったぞ!凛!初めてのお隣さんだ!」


「だね!その子私にも懐いてくれるかなぁ」


「大丈夫だろ、凛だし」


 初めての異世界人。それも、獣人ときたからには更にはしゃぐ俺達に、涙を流すケイトさんやジャンさん(旦那さんの名前だな)。


 結局、この日の夕食も歓迎パーティーになって豪勢な食事になった坂木家。


 うっし!明日からはお隣さん家作り開始だな!




—————————


補足情報 ジャン一家は獣耳と尻尾がある人間に近い獣人です。


 ジャン  父  27歳  赤犬種

 ケイト  妻  20歳  赤犬黒犬ハーフ

 トーニャ 息子 3歳  赤犬種

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