第41話 聖女様と……!?

 数百体を超える骸骨の群れが、ザッザッザッ、という規則正しい足音を響かせる。

 スケルトン歩兵軍団が、俺様、勇者マサムネと人間パーティーの許へと迫って来ていた。


 そんな最中、俺は、後方から〈聖女様〉を呼び出した。


 防御膜バリアーを解いて、聖女リネットが飛び出してくる。

 彼女は即座に走り寄ってきたが、しきりに俺様の背後に目をる。

 怯えた彼女の瞳には、小さいながらも無数の骸骨が映り込んでいた。


「いままで救けてくださって、ありがとうございます。

 でも、まだ敵が……」


「いや、その敵を倒すために、アンタの聖魔法が必要なんだ。

 あの骸骨どもを率いているリーダーを、聖魔法でぶち抜いてくれ。

 ほら、見えるか?

 あそこーー奥でふんぞり返っている、長衣ローブを着込んだスケルトンだ」


 俺は身をひるがえし、隊列を復元しつつあるガイコツどもを指差す。

 が、聖女様は悲しげに瞳を落とし、唇を咬んだ。


「無理です。

 聖魔法は使えるんですが、さすがにあんなに遠くでは……。

 近くでないと、聖紋は刻めませんので、効果が期待できません」


 聖魔法というものの性質なのか、それとも彼女の能力限界のせいなのか。

 それはよくわからないが、どうやら聖女様の聖魔法効果は近距離だけのものらしい。


 俺は眉間みけんに皺を寄せる。

 納得できなかった。


 魔法なのに広範囲に展開できないって、おかしくないか?

 これじゃ、魔法では、剣や槍に対抗できなくなってしまう。

 いや、魔法全てってことではないのか。

「聖」魔法だから仕方ないのか?

「聖紋」を刻むとかどうとか言っていたな。

 でもなあ……。


 整然と槍先を向けてくる敵軍を眺め渡して、俺は呆れ声をあげる。


「おいおい、そんなこと言ったって、アレほどの数だぞ!?」


 敵の数は、五百を数える。

 そして、ローブを羽織った親玉は、最後尾に陣取っている。

 至近距離に近づくには、並み居るガイコツどもを何百体も掻き分けねばならない。

 アンデッドの軍勢を押し分けてあんなに遠くまで突っ切るのは、たとえ俺以外の〈勇者〉であっても無理だろう。


 諦め口調になった俺に対し、聖女リネットは意を決して断言した。


「いえ、お構いなく。私なら、死ぬ覚悟が出来ております!」


 決然とした瞳に、うっすらと涙が光っていた。


 俺は気圧けおされて身を退しりぞかす。


(美しすぎるよ、聖女様……。

 この涙にやられて、一緒に死んであげるって気になる野郎がいてもおかしくねえな。

 でも、俺には……)


 無理無理無理ーー!!


 俺様は、こんな訳の分からん異世界で「死ぬ覚悟」なんかねえし。

 そもそも聖女様、健気けなげなのは結構だが、役に立たないのはいかんな……。


 そうだ。

 良いこと思いついた!


 俺は聖女様の手を取り、小石を渡した。


「これは……?」


「この〈秘石〉に聖魔法を使え。

 近いモノになら効果はあるんだろ。

 コイツに聖紋を刻むんだ。

 そうしたら、あとは上手くやってやる」


 じつはこの「秘石」は特別なモノでもなんでもない。

 ついさっき、そこらで拾った、ただの石コロなんだが、そいつは黙っていよう。


 石コロを握る聖女リネットの手を、俺はぎゅっと握り締めた。

 聖女様は蒼い瞳を潤ませ、ポッと頬を赤らめたように見えた。


「どうした?」


 彼女は軽く首を横に振り、


「いえ、わかりました。聖魔法を使います」


 と答えて、小石を握る手に力を込めた。


「ただ、今の私は魔力量が枯渇しています。

 じゅうぶんな力を宿せないかもしれません」


「構わん。他に手がないんだ」


「はい!」


 聖女リネットはさっそく詠唱を始める。

 恐ろしいほどの早口だ。


 やはり聖魔法ってのは、通常の魔法とは何か種類が違うようだった。


 やがて、聖女様が手の平に乗せた小石に青い聖紋が浮かび上がり、石全体が白く光り輝き始める。


 そのきらめきを、美しいと思った。


(なるほど、さすがは〈聖〉魔法だ。

 なんだか、見てるだけで神々しい気がしてくる……)


 ふと気付くと、後方にいるお仲間連中は、みな両手を組み合わせて瞑目していた。

 中にはひざまずいて、天を仰ぎ見てる者もいる。

 これが彼らの祈りの姿勢なんだろう。

 祈りを集めると聖魔法の力が増すっていうのが、こっちの世界の常識なんだろうか。

 まるで元○玉だな……。


 そんなことを思い巡らせていたが、その最中でも、敵は接近しつつあった。

 今は絶賛、戦闘中なんだから、仕方ない。

 

 聖女様を中心に、みなが祈りを込めて、石に聖魔法を刻みつけている。

 その間に、俺は両手に魔力を溜めて〈雷撃〉の準備を始めた。

 稲妻のような輝きが、俺の両手に集中する。


 あとは魔法を発射するだけーー!


 という段階で、聖紋を刻まれた小石と一緒に、俺は聖女様の手を再び取った。

 聖女リネットは心なしか上気した感じで、こちらを見つめている。


(おいおい、なんだよ。

 まるでプロポーズを受けた直後の女みたいな顔して。

 今は戦闘中なんだから、マジメにやれよ!)


 と怒鳴りたい気分だったが、それは言わなかった。

 敵に攻め込まれようとする時に仲間割れするほど、俺様は馬鹿じゃない。

 内心の声は出さず、俺は黙って彼女の瞳を見つめかえした。

 彼女も、一心に俺を見詰め続けている。

 しばらく見つめ合ってから、ほぼ同時に、手中にある小石を見遣った。

 石の表面には、聖紋が青白い光を放っている。

 本物の〈秘石〉のようであった。


(よし、とにかくやってみよう!)


 俺は試しに唱えてみた。


混合カクテル!」


 するとーー。

 思った通りだった。

 小石が発する青白い光と、俺の手の金色の光が合わさっていく。

 そして、石に刻まれた聖紋が紅く光り、次第に輝きを増していった。


「おお、やったぜ!

 他人が使った聖魔法だというのに、俺様の〈雷撃〉魔法と合わさっていくのがわかるぞ。

 なんて便利なんだ、俺の個性能力ユニーク・スキルは!」


 敵は目前にまで迫っていた。

 何百体ものガイコツどもが、剣や槍を手に襲い掛かってくる。

 先鋒が持つ槍先は、確実に俺と聖女様の身体を狙っていた。


 だがしかし、俺はーーいや、〈勇者〉と〈聖女〉は動じない。


「さあ、いくぞ。聖女様!」


「はい!」


 二人で手を合わせた状態で、手に乗る石に意識を集中する。


(よし、見てろ。

 小石を使った電磁砲を放ってやる!)


 俺は思いっ切り魔力を小石に込めた。

 そして、石がたれる向きを、ローブをまとったスケルトンに狙いを定めた。


「うりゃあああ!」


 俺は力一杯、叫んだ。


 ーーと同時に、紅く輝く電撃が一閃!


 まっすぐ眼前の敵軍団を貫いた。

 聖魔法を宿した石を、弾丸のように〈雷撃〉したのである。

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