第30話 もう、行き倒れ寸前まで、追いつめられてる。登山だったら、遭難レベルだよ。

 今回の派遣に先立って、異世界の依頼主と交渉した際ーー。

 仕事の契約が結べたかどうか、判然としないままに、通信が途切れてしまった。


(なんだ? 契約はどうなった!?)


 僕、星野新一は慌てて身を乗り出し、契約用モニターをのぞいた。

 すると、いつの間にか「契約成立」という文字が、モニターに浮かびあがっていた。


 続いて、向こうの世界の怪しげな数字が表示され、こちらには翌日に〈物体〉が生成された。

 この生成されたーーというか、異世界から転送されてきたも同然の〈物体〉こそが、我々が手にする報酬である。


 たいがいは金塊だ。

 白金プラチナのときもある。

 とにかく、こちらの世界で価値のあるモノが、生成されるというか、送られてくる。

 この「物体」を、異世界派遣ウチの業界専門の買取屋(親父の代からつきあいがある)に持って行って現金に換(か)える。


 ーーこれが派遣業務によって、我々が得る利益となる。


 まずは会社名義の収入にして、そのうちの半分を彼ら派遣員のバイト料として支払う。

 派遣が修了した翌日に、だ。


 僕たち兄妹は、給料として月額で幾らか貰っている。

 支払うのは儲けの半分なんだから、派遣員の人数が多ければ多いほど、会社の実入りは良くなる勘定だ。(だからといって、色々と維持費や経費がかさむから、僕たち兄妹の給料はそう高いってわけではないが)

 とはいえ、二十代の若造が稼ぐ金として考えたら、普通の会社に就職するよりは実入りが良いから、この会社を兄妹で引き継いだといえる。


 ーーまあ、僕らの仕事と利益確保の方法は、ザッとこんな感じなんだけど……。


 などと、僕がつらつらと思い巡らせていると、いきなり妹に大声で呼びかけられた。


「お兄ちゃん!」


 妹が僕を「お兄ちゃん」と呼ぶときは、高確率で、不測の事態が発生したときだ。


 彼女の隣で、僕もカップを置き、身を乗り出す。

 目の前に据えられた、モニターに目をらした。

 本来なら、異世界で活躍するマサムネ君が映し出されているはず。


 ところが、画面が表示していたのは、白と黒の斜線ーー。

 つまりは、灰色の砂嵐ばかり。


 しばらく、そうした異常な状態が続いた後、いきなりザーーッ、という音が途切れた。

 そして、映像が再開されたと思ったら、案の定、〈不測の事態〉ってやつになっていた。


 向こうの〈時間〉が、すっ飛んでいたのだ。


 さっきまでーーマサムネ君が通信を切ったときは、聖女様一行に合流したばかりだった。


 ところが、今、映像を見ると、聖女様の取り巻きは、そのときよりもさらに半分ほどにまで減っていた。

 しかも、各人の服装や鎧が、かなりボロボロに傷ついていた。


 マサムネ君の顎には、うっすらと髭が生えている。

 ただでさえ暗い森を進んできたのだから、よくはわからないが、おそらく一、二ヶ月は経過しているんじゃなかろうか。

 いや、でも、問題なのは、時間の経過ーーそれ自体ではない。


 マサムネ君と聖女様ご一行が現在、おちいっている境遇そのものだ。

 もはや、獣じみた魔物を討伐しながらの冒険旅ーーといった雰囲気ではなかった。


 彼らパーティーの周囲には、大振りな岩が点在する、広大な荒れ地が広がっていた。

 そして、前方、はる彼方かなたには、漆黒の山があった。

 その山には、いかにも絵に描いたような〈魔王城〉が、そびえているではないか!


 空には黒雲が渦巻いて、雷鳴が轟き、黒い鳥が飛び回っている。

 その只中で、魔王城が灰色に鈍く輝き、凶々まがまがしい雰囲気を醸し出している。

 一面に黒い霧が立ち込め、マサムネ君の姿も良く見えないほどだ。

 だがしかし、彼の周囲には、きっと魔物とか魔族とかいった魔王の手勢が、潜んでいるに違いない。


 いきなり冒険も押し迫った、クライマックスーー。

 ラスボス遭遇まで、あと一歩!

 ーーといった様相を呈していたのだ。


 それなのに、マサムネ一行の数は少ないうえに、一向に覇気が感じられない。


 先頭を歩くマサムネ君はともかく、その他の連中一同が、みな疲弊していて、ヨレヨレになっていた。

 聖女様は今にも行き倒れになりそうなほどに蒼ざめた様子で、白騎士の身体にもたれかかっており、騎士の方も生気のない顔をしている。


 こんな状態で、魔王と戦えるのか。

 不安しかない。

 モニターを見ながら、僕、星野新一は、ひかりに話しかけた。


「これ、かなり危険な状況なんじゃないのかな?

 もう、行き倒れ寸前まで、追いつめられてる。

 登山だったら、遭難レベルだよ」


「うん。私もそう思う。

 マサムネ君はともかく、パーティの人たち、もう、体力の限界にきているんじゃ……」


 このまま魔王の軍勢に蹂躙じゅうりんされて、一行は全滅するのか。

 そんな悲しい結末は見たくない。

 それほど崖っぷちの状況に、人間パーティーがさらされていた。


 それなのに、マサムネ君が通信を切っているので、コチラから交信する術もない。

 これまでの経緯を聞くどころか、励ましてやることもできないのだ。

 さすがに焦ってきた。


「どうするーーどうすればいい!?」


「知らないわよ。どうにかなるってマサムネ君を派遣するよう決めたの、お兄ちゃんでしょ!?」


 地球の日本、首都東京で、僕たち、星野兄妹は、不安に駆られた表情をしながら、互いに見つめ合うしかなかった。

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