第23話 決意

「……よし、覚悟を決めろ! 光!」

 

 時田は戸の前で自分の頬を叩く。

 

「……ふぅ……よし」

 

 戸に手をかけ、開けようとする。

 

「何してるんですか?」

「わひゃっ!」

 

 後ろから声をかけられ、時田は驚きを隠せなかった。

 思わず変な声が出てしまったと口を押さえる。

 そして、振り返り、声の主を見据える。

 

「た、竹千代様……」

「……変な声出てましたね」

 

 そう言われ、時田は少し恥ずかしく感じ、顔を赤くする。

 少し早口で話し始める。

 

「そ、そんな事良いですから! ちょうど良かった! 話したい事があったんです!」

 

 時田は竹千代の手を引っ張り、入ろうとしていた竹千代の部屋へと入る。

 そして、周りに人がいないかを確認して、戸を閉めた。

 

「……どうしたんですか?」

「……いやぁ……その……」

 

 やはり時田は躊躇いを隠せなかった。

 しかし、深呼吸し、覚悟を決め、話し始める。

 

「先程、信秀様に呼ばれ、ある事をやれと言われました」

「……ある事?」

 

 時田は頷き、続ける。

 

「……三河国の領主、松平広忠を暗殺せよ、と。侍女の私の才能を見込んで金を渡すゆえ、自由に差配して、広忠殿を暗殺せよと言われました」

「……そう……でしたか……」

 

 あからさまに、竹千代は悲しそうな顔をする。

 時田は竹千代が怒るのでは、と恐れていたが、そんなことは無かった。

 そして、時田は続ける。

 

「……拒否権は、無いとのことです。この任務は遂行するしかありません」

「……」

「でも、私は嫌です」

「……え?」

 

 その思いもしない言葉に竹千代は顔を上げる。

 

「私は、人を殺したくありません。誰かを守るためだとしても、命までは奪いたく無いんです。今回も、今川の侵攻に対処する為、つまり、尾張国の人々を救う為だと捉えます。だから、私は広忠殿を殺さず、広忠殿の暗殺の任を成し遂げて見せます」

「……一体、とうやって……?」

 

 竹千代の疑問に、時田は答える。

 

「詳しくは……後ほどお話します。任せて下さい。……竹千代様、正直にお応えください」

 

 時田は竹千代の目を真っ直ぐに見ながら続ける。

 

「お父上のお顔を、見たいですか?」

「……でも……そんな事……」

 

 竹千代は顔をそらす。

 しかし、時田は竹千代の両頬に手を当て、こちらに無理矢理顔を向けさせる。

 

「お父上の顔を見たいの? お父上に会いたいの? 正直に答えて。あなたはまだ子どもなんだから、強がらなくてもいいの」

「……会いたい……です」

 

 竹千代はうっすらと涙を浮かべながら答える。

 

「よし、そうと決まれば三河へ一緒に行きましょう。でも、三河へそのまま居残ることになったら、織田家を裏切る事になっちゃうから、ちゃんと帰りますよ。良いですね?」

 

 竹千代は頷く。

 

「よし、じゃあ早速……」

 

 時田は竹千代の手を引き、戸を開ける。

 しかし、そのまま外に出ることは出来なかった。

 

「……え」

「面白そうな話をしておるな」

 

 開けた先には、織田信長と帰蝶が立っていた。

 

「……なんの事……でしょう……か?」

「時田、全て聞こえていましたよ」

「……」

 

 帰蝶のその一言で、時田は現実を受け入れる。

 

「……打ち首……ですか?」

「は! そんな事はせぬ! 時田よ、お主のその企て、一枚噛ませてもらおう」

 

 信長から放たれた一言は、意外な一言であった。

 

「……え?」

「ど、どういうことですか? 信長様」

 

 これにはさすがの竹千代も動揺を隠せない。

 時田の後ろから顔を出し、信長の様子を伺う。

 

「織田信秀の息子、織田信長が時田のその企てを支援してやろうと言うのだ。ありがたく思えよ、時田」

 

 事体は、誰も予想してない方向へ進みつつあった。

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