第12話 マムシの毒

「頼純様。此度の戦、どうか矛を収めてはくれませぬか」

「利政……よくも我が前に姿を現せたな」

 

 後日、斎藤利政は和平のため、戦の根源である土岐頼純と会っていた。

 土岐家の要請で始まったとも言えるこの戦は、土岐家の人間をどちらか一人さえ押さえればもう戦は起こらない。

 朝倉は土岐頼純、織田は土岐頼芸。

 先の戦でかなりの痛手を負った両軍どちらかを戦に参加させなければ、もう片方も戦を起こせない。

 そう考えた利政は頼純を先に対処することにした。

 

「そっちは……明智家の人間だな」

「は。明智十兵衛にございます」

「……土岐家の庶流でもある明智家を従えているという事を知らしめるために連れてきたのか……降伏すれば、命は取らんとでも言うつもりか?」

「降伏ですと?」

 

 すると、利政は笑う。

 

「何を仰せになられますか。美濃国の主は土岐家のお方で無ければ務まりますまい。土岐頼芸様では国は任せられぬと思った故、某が変わって国を治めたまでの事。頼純様は勉学に努め、良き主君となられるだろうともっぱらの評判だとか……」

 

 利政は過去、土岐家の家督争いで土岐頼芸に味方し、土岐頼純の父である土岐頼武と争っていた。

 そんな敵であった利政が頭を下げる。

 

「此度の戦、久々に危うい戦でした……流石にございまする」

「……調子の良い奴だな。儂の差配でもないし、お主の圧勝だろうが」

「つきましては、美濃国の主の座を、お返ししたく存じまする」

「……何?」

 

 利政の申し出に、頼純は反応する。

 それを利政は見逃さない。

 

「朝倉、織田とも通ずるあなた様であれば、美濃国から戦をなくせましょう。この話を受けてくださるのならば、潔く身を引きまする」

「……」

「この明智十兵衛なる者は、大変聡明で良き支えとなるでしょう。土岐家の庶流ということもあり、信の置ける家臣と言えまする」

「……ふざけるな」

 

 頼純は呟き、手に持っていた茶碗を投げつける。

 それは利政の額に勢い良くぶつかり、利政は額から血を流す。

 

「ふざけるな! 今更主の座を返すだと!? お主の言う事を信用など出来るか!」

「……儂の娘を……帰蝶を嫁がせたのは、間違いであったか……」

 

 利政はそう呟くと、頼純の投げつけた茶碗を拾う。

 そして、それを光秀に渡し、目配せをする。

 利政の意図を汲み取った光秀は頷く。

 

「……頼純様、どうか落ち着いて下され。茶でも飲んで、さぁ。この利政、嘘など申しませぬ」

 

 光秀が茶を持ってくる。

 そして、それを頼純の前に置く。

 

「……飲むわけが無いだろう。毒を盛られていてもおかしくはない」

「そのようなこと、するはずがありませぬ」

 

 利政は頭を下げると頼純の前に置かれた茶を一口飲む。

 毒が入っていない事を自ら証明したのだ。

 

「……少し、疑い過ぎか?」

 

 頼純は少し警戒を解き、茶を口にする。

 

「そう言えば、近頃病が流行っているようでしてな……」

「……ん?」

 

 頼純は茶を飲み干すと、喉を押さえ始める。

 

「何でも、普段は何ともないのに、茶を飲むと急激に症状が悪化し、最悪死ぬ病だとか……」

「ぐ……ぐふっ!」

 

 頼純は咳き込み始め、血まで吐く。

 そして、ふらふらと立ち上がる。

 

「き……貴様……かはっ……よく……も……」

「頼純様も、どうかお体にお気を付けて……さて、儂はこれにて。十兵衛、行くぞ」

「……は」

 

 利政は立ち上がりその場をあとにしようとする。

 光秀もそれに続く。

 

「ま……待て……と……とし……まさ……」

 

 刀に手をかけようとしたが、頼純は倒れる。

 少し痙攣もしている。

 

「あぁそうそう。毒見役が口にしたからと言って、安心してはなりませぬぞ。食器や口につける物に毒が塗られていたら、毒見の意味がなどありませぬからな……おや? もう聞こえておらぬようですな」

 

 頼純は喉を押さえながら泡を吹き、倒れていた。

 既に息は無く、死んでいた。

 

「十兵衛。良くやってくれたな。信頼していたぞ」

「……殿の大望のため、出来ることならば何でも致しまする」

 

 利政の美濃国盗りは順調に進んでいたのだった。

 そして、光秀の将来の片鱗も見えつつあった。

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