第10話 時田の苦難

 加納口の戦いは斎藤軍の圧勝に終わった。

 しかし時田は戦の最中、戦場に降り立っていた。


「……こっちは駄目か……」

 

 時田は火縄銃を抱えて密かに稲葉山城を出ていた。

 斎藤利政の話を聞き、光秀の事が心配になったのだ。

 

「……この戦の事は何も思い出せない……私がこの時代に来た事が正しい歴史なのか分からない以上、危険な目に合わせるわけには行かない……私が十兵衛様を守った事が正しい歴史なのかもしれない……だったら、本能寺の変まであの人を守り抜かなくちゃ……でも……」

 

 至る所に敵がおり、時田の行く手を阻んでいる。

 武装していないので敵だと思われることはないが、戦国時代、略奪は当たり前。

 敵の雑兵と遭遇したら何をされるかわかったものではない。

 

「慎重に行動しないと……あの人に見つかったら怒られるし、陰ながら、ね」

「ん? お主、兵では無いな。このような所で何をしている」

 

 T字路で右側を警戒し、顔を少し出したら左側、つまり背後から声をかけられる。

 慎重に、と言った途端に見つかってしまった。

 

「っ!」

 

 時田は咄嗟に反応し、その男にノールックで肘打ちをかます。

 しかし、時田は自滅する。

 

「ったぁ!?」

 

 逆に時田が肘を痛める結果となってしまったのだ。

 時田の学んてきた武術は鎧を身にまとった相手に対しての物ではなく、咄嗟の事でここが戦場であることを忘れていた。

 

「ん? お主……」

「ん? まさか……」

 

 時田はその声に聞き覚えがある事に気が付く。

 この時代で聞き覚えがある声は、限られる。

 

「ではっ!」

「おい、こら待たぬか」

 

 時田は逃げようとしたが、思い切り頭を掴まれる。

 そして、無理矢理男の方に向かされる。

 

「やはりか……時田殿、何故ここにおる」

「い、いやぁ……十兵衛様が心配で……」

 

 その男は明智光秀であった。

 時田は一番見つかりたくない人に見つかった。

 陰ながら守ろうとしていたのに、普通に見つかったのだ。

 

「城にいろと言った筈だが?」

「……利政様に十兵衛様が外にいると聞き、しかも僅か五百の兵で奇襲をかけると言うので心配で……」

 

 すると、光秀は納得する。

 

「成る程な。その様子だと、詳しい策は聞いてはおらんようだな」

「は、はい。どのような策なのですか?」

「それは……」

「おい十兵衛! 何をしておる!?」

 

 すると、光秀の背後からまた別の男が声をかける。

 

「高政様。申し訳ありませぬ。我が家中の者が指示に従わずに城から出てきたようで……いま戻るように説得している所です」

「そうか。早くしろよ。すぐに始めるぞ」

 

 光秀の背後にいたのはかなり大柄な男であった。

 斎藤高政。

 斎藤道三こと、斎藤利政の息子であり、その身長は六尺五寸とも言われる。

 わかりやすく言えば、197センチである。

 

「我等は支度が済んだ。お前も早く青布を巻いておけよ」

「は。少々お待ちを」

「青布……ですか?」

 

 光秀は頷き、青布を腕に巻いていく。

 

「ああ。我々は敵が町に火を放ち、煙や炎で視界が悪くなったところを見計らって敵軍に潜入した。これから小さな青布を腕に巻き、敵の中で暴れまわる。さすれば、我等は味方がわかり、同士討ちは無い。そんな状況で、裏切り者が出たと騒ぎを起こせば……」

「……敵は大混乱に陥る?」

 

 光秀は頷く。

 

「あぁ。だから某のことは大丈夫だ。、城に戻って……」

「ち……もう良い……」

 

 すると、高政が光秀達のやり取りを見て我慢の限界が来た。

 

「かかれ!」 

 

 その声を合図に、織田朝倉連合軍に紛れた斎藤勢が暴れ始める。

 裏切り者だという叫び声で混乱は広がり、瞬く間に混戦となった。

 

「くっ! もう始めたのか! 時田殿はここにいてくれ! くれぐれもそれを使おうと思うなよ! 敵と認識されるぞ!」

 

 そう言うと光秀はその場を後にし、戦場へと戻って行った。

 

「十兵衛様! 行かない訳には行かないよね……」

 

 時田は光秀の後を追おうとする。

 が、光秀の言う通りにあの混戦に突っ込めば、只では済まない。

 その事に気づいた時田は火縄銃に弾を込め、いつでも撃てるよう、準備を整えた。

 そして、見渡しの良い場所を探し、建物の屋上に登る。

 

「十兵衛様は……いた!」

 

 時田は火縄銃を構える。

 光秀は今の所は危険な様子はない。

 

「何もなければ良いんたけど……」

 

 すると、稲葉山城の方から法螺貝が聞こえてくる。

 

「かかれ!」

「成る程……ここで敵を攻めるのか……流石は美濃の蝮ね」

 

 利政の声が響き、稲葉山城から斎藤軍が出陣する。

 

「おお、殿が来たか!」

「馬鹿者! 余所見をするな十兵衛!」

 

 味方が現れた事に気を取られた光秀が高政に注意される。

 光秀のその一瞬の隙を逃さず、敵が背後から斬りかかろうとする。

 

「っ! 間に合え!」

 

 火蓋を切り、狙いを定める。

 左手は利き手では無いが、引き金を引く事くらいは造作もない。

 しっかりと落ち着き、引き金を引く。

 

「がっ……」

「よし! 当たった! あれなら致命傷でもない!」

 

 轟音が響き、光秀の背後の敵が倒れる。

 見事命中し、時田は思わずガッツポーズする。

 殺しはしたくないと思っていた時田にとって、命を奪わず、誰かの命を救うことが出来たのは、嬉しい事であった。

 

「っ!? 時田殿!? あれ程言ったのに……だが助かったぞ」

 

 そして、光秀はあることに気が付く。

 時田に気付いた敵兵が弓を放とうとしていた。

 

「時田殿! 今すぐそこから降りろ!」

「え?」

 

 すると、一本の矢が時田へ放たれる。

 その矢は、時田の頭へ目がけて放たれた。

 時田はその矢を認識したが、遅かった。

 

「逃げろ!」

 

 屋根の上の時田の影は、頭に矢を受けて落ちていく。

 

「と、時田殿!」

 

 戦は斎藤軍の勝ちに終わった。

 しかし、時田の苦難は続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る