第4話 目的

 話を聞いたところによると、ここは美濃国、明智荘、明智城。

 時は1547年であった。

 

「実は最近、尾張の織田の動きがきな臭くなって来ていてな。兵を集める動きがあるとの事だ。それに、美濃国守護、土岐家の土岐頼純様も関わっているという噂もあるのだ。先の賊狩りも、戦に備えてのことだ」

「……成る程」

 

 時田は今現在の近況について光秀から聞いていた。

 

「お主の名を聞き、もし土岐家の人間ならば、尾張との戦に関わりがあるのやも……と思ってな。まぁ記憶が無いのでは仕方があるまい」

「……色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

 時田は頭を下げる。

 その様子を見た光秀は慌てて時田を止める。

 

「待ってくれ。謝られるような事はしてはいない。こういう時は、ありがとうと言うのだ」

「……ありがとうございます」

 

 少しの沈黙の後、光秀が軽く咳払いをして続ける。

 

「さて、時田殿。今後どうするのか、決めてあるのかな?」

「……一応、明智様がよろしければお願いしたい事があります」

 

 光秀は手の平を時田の前に出し、首を横に振る。

 

「ここで明智様と言うと少しややこしくなる。叔父上もいるしな。某のことは十兵衛で良い」

「……分かりました。では十兵衛様。願いを聞いてくださいますでしょうか」


 光秀は頷く。


「うむ。なんだ? 某に出来ることならば何でもするぞ」

「……ここで働かせてはくれませんか。明智家にお仕えしたく思います」

 

 その時田の問いに光秀は即答する。

 

「良いぞ」

「……え? 本当に良いのですか?」

 

 光秀は笑顔で頷く。

 

「無論だ。お主のその手。そうしてしまったのは某の油断が招いた事。記憶もないと言うし、暫く面倒を見るつもりでいたからな」

「……しかし、この手は十兵衛様のせいでは無いかと」

 

 光秀が、いやそれは自分のせいだ、と言い出す前に時田は続ける。

 

「あの者等が何故十兵衛様と戦っていたのかは知りませぬが、それもこれも全てはこの日の本が荒れているせい。優れた統治が行き届いていればあのような事も、戦自体も無くなるはず。悪いのは、この日の本にございます」

「……確かにその通りだ」

 

 時田の言い分を聞き、光秀は答える。

 

「あの者等は時々現れる賊でな。我が領内のみならず、各地で暴れまわっておる。土岐様や斎藤様も隣国との争いに明け暮れ、賊への対策が出来ておらぬ。せめて、誰かが戦を終わらせてくれれば良いのだが……」

「……私は、十兵衛様こそが天下泰平を築けるお方だと。日の本にとって無くてはならぬお方だと一目見た時から感じておりました。貴方ならば、それが成せましょう」

 

 しばらく考え、光秀は頷く。

 

「……そこまで言ってもらえる程の人間では無いが……まぁ、頑張ってみよう」

 

 時田は光秀の顔を見つつ考える。

 

(この人に今の内から使命感を与えて置かなければ……)

 

 時田は光秀を殺す。

 それは恐らく回避しようのない事実であり、自分がタイムスリップした事が歴史の真実なのかもしれない。

 そう考えた時田は光秀に歴史通り謀反を起こさせ、あるべき未来に導こうとしていた。

 無論、時田がタイムスリップし、変わった歴史の結果が、あの明智光秀の最期なのかもしれない。

 しかしそれがわからない以上、この行動が最善だと考えていたのだった。

 

(もしこの先の歴史を変えれば、あの平和な未来は訪れないかもしれない。私も生まれず、明智光秀は死なない。本来生まれるはずの私が生まれず、消えるかどうかとか全く持って不明だけど……不確定なことはしないほうが良い……それに……)

 

 時田は拳を握りしめる。

 

(本能寺の変の真実を見極めて……私が光秀を殺した正当性を見つけたい……私は……人を殺したんだ……その事実は変えられない……だったら、後付けでも良い。理由を見極めたい)

 

 時田はまっすぐ光秀を見つめる。

 その様子に光秀は疑問を覚える。

 

「どうした?」

「……いえ、何でもありません」

 

 光秀は時田を心配そうに見つめる。

 それとは裏腹に、時田のこの時代での目標が定まった。

 明智光秀の最期を見届ける事。

 それが時田のこの時代での目標である。

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