1-6 通り魔のねらい
科学探偵の地下基地。
啓名と彩花は、モニターディスプレイを一心に見つめる。
通り魔事件の犯行現場を示すマークを表示した、大阪市内のマップだ。
マークは大阪市内のほぼ全域に散らばり、場所の面でなにかの傾向を示す特徴はないように見える。
「・・・けれど、被害者はみな容疑者と顔見知りだろうと思われる、と」
啓名が、並んでいっしょにディスプレイを見ている彩花に話した。
「そう。
さっきも聴いたとおり、現場で同時刻に収録された音声データは、明らかにそう思わせる会話がなされていることを示してるわな。
そして、被害者はみな女性。
なにか共通した目的があるにちがいないんよ、きっと。
でも、そもそも加害者はどうやって被害者を知ったのか・・・」
「被害者たちは、どこで加害者と出会ったのか。
そこがカギですね」
「うん。
どうやったらそれがわかるか、だわな・・・」
彩花は髪の中に自分の指を突っ込み、頭をかくようなしぐさをした。
彩花の使っているシャンプーだろう、ラベンダーやオレンジなどの混じったちょっと高貴な味わいの香りが、ほんのりと啓名の鼻先を刺激してくる。
彩花の行儀のよいとはいえないふるまいにもかかわらず、それによって漂ってくる香りが、彩花が高級シャンプーを使っており裕福な環境にいることをうかがわせる。
啓名は少し顔をそむけて、ふぅ、と軽いため息をついた。
「あ、啓名くん、少し疲れた?」
彩花が啓名に声をかける。
啓名は横を向いたまま、
「・・・いや、ちょっと深呼吸しただけです」
と言い訳した。
「あー、ここ地下室やから、ちゃんと換気は万全なんやけど、なんか息つまるような気するわな。
わかる」
彩花は特に気になってもいない様子でそう言った。
啓名は少しほっとして、人差し指を鼻の下に当てながらかすかに微笑んだ。
「これ。
被害者全員の氏名・年齢・職業・特徴などのファイル」
彩花がタブレット端末を啓名に渡した。
啓名は、タブレットにダウンロードされた被害者のファイルをひとつひとつ、見ていった。
「20代、30代、40代・・・。
職業も学生、会社員、フリーター、パート・・・。
おたがいに関係を持っている者もいない・・・。
なんら関係性が見出せませんね」
彩花もため息をついた。
「そうやろ?
そやから困ってるんよね」
啓名がふと気がついたように、
「あ・・・」
と声を出す。
「ん?」
彩花が啓名の顔を見た。
啓名が尋ねた。
「全員の、1カ月前くらいからの行動を追ったデータ、ありませんかね。
何日の何時、どこに寄ったか、とか」
「そうか!
それを突き合せれば、なにか共通点が見つかるかもしれん、ってことやな!」
「ええ」
「浅馬田さんにさっそくお願いしてみるわ」
彩花はさっそく浅馬田警部直通の専用回線にコールする。
すぐ浅馬田警部が出た。
「はい、わたしだ。
彩花くんか」
「はい。
通り魔の件、被害者全員の殺害当日の1カ月前からの足取りを追った情報はありませんか?
何日何時にどこに寄ったとか・・・」
「彩花くん、それは刑事たちがいま、聞き込み中だ。
しかし、全員について30日分、すべての足取りを追うのは簡単なことではないぞ。
1人について、そこにいっしょにいた人、目撃者を探して確認していくだけでも、何日もかかるかもしれない・・・」
そこに啓名が割って入った。
「あ、浅馬田警部さんですね?
今回から彩花さんの助手を務めます、大橋啓名と申します」
「お、おお、大橋くんか!
彩花くんから聞いているよ。
高校、大学の同級生だそうだね。
推理力も高いと聞いたよ。
どうぞよろしく。
期待しているよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。
・・・もし足取りを追うのが時間がかかるようでしたら、もし被害者のスマートフォンが残っていたら、それを全部お借りすることはできますか?
スマホの中に、SNSやメッセージのやり取りが残っていると思うので、それから足取りをつかむこともできるかもしれません」
「そうだな。
被害者のスマホは6人分、すべて押収できてこちらにある。
これからすぐ、そちらに届けさせよう。
30分ほどで届けられるはずだ」
「ありがとうございます」
浅馬田との通話を切ると、啓名がため息をついて言った。
「・・・とは言ったものの、スマホのやり取り、全部たどっていくのも果てしない作業になりますね・・・。
どうするか・・・」
彩花がにんまり笑って、啓名にウィンクしてみせた。
「こういうときのためにな、便利な装置があるんよ」
「え?」
***
約1時間後。
「なるほど。
こんな便利なシステムがあるとはね」
「やろー?」
啓名は、届いたばかりのスマートフォン6台を順々にUSBケーブルで接続しているところだ。
彩花は、すべてのスマホが接続し終わって、電源も入っていることを確認すると、PC上の解析ソフトウェアを起動した。
ソフトの画面上に6台のスマホのアイコンが表示された。
6台すべてが認識された。
「啓名くん、このソフトは『コンテンツアナライザー』言うてな、スマホやタブレットの中身、つまり中のコンテンツやデータをすべて解析して必要なデータだけを取り出すことのできるすぐれもんや。
・・・これもアボカドのプログラマーさんが作ったソフト」
「iPhoneとAndroid、混じってますけど、どちらもイケるんですか?」
「どっちでも
「でも、パスワードとかかかってますでしょ。
どうやってロックを解除するんですか」
「それもな、すぐにパスを見つけ出してロック解除できる。
サイバーテロで使われる手口を応用したもんや」
そう言って、彩花はパス解除の解析開始の実行ボタンをマウスでクリックした。
「・・・ってことは、悪用したらマズいですね」
「そう。
まあうちらはもちろん、そんなことせえへんけどな」
そう言ってから彩花は急に思い出したように、
「あ、これ作ったプログラマーさんも、近々ここに来るで。
最近サイバーテロ関係の犯罪捜査依頼も増えてきたんで、だれか専門家おらんかと思って父親に聞いたら、社員にいい人がおるって。
ここの仕事とかけ持ちさせようと思うから、その人を使ってくれって。
それが、このソフトを作った人。
本来はセキュリティーの専門家やけど、プログラムもバリバリ組めるしオールマイティな人やて。
とても優秀やし、秘密も絶対守るやつやから信用してまちがいない、って父は言ってたわ。
・・・どんな人かなー、楽しみやな」
「どんな人ですかね。
気むずかしい人じゃなきゃいいんですが・・・」
「けっこう若い人らしいよ。
23歳、あたしらとさして変わらん」
「ふうむ。
ほぼ同世代ですか・・・」
啓名があごに手を当てて考えるようなしぐさをしていると、
ピイン!
とPCから音が鳴って、
「All devices unlocked」
と赤い表示が点滅した。
「早いですね」
「そやろ!
めっちゃ優秀やねん、これ!」
彩花がうれしそうに言う。
啓名は感心して思った。
本当に、彩花さんのご両親がやってる会社のおかげで、ほとんどなんでも可能だな。
生身だけの探偵より、何十倍、何百倍もすばやく高度な捜査ができる・・・。
これはすごい強みだ・・・。
でも、それらの強みをすべて実現させてるのは、彩花さん。
あなたあってこそですよ・・・。
「それじゃ、次に中身の解析やけど・・・。
やみくもにすべてのデータに解析かけてたら何時間もかかるから、ある程度あたりをつけたほうが効率的やと思うんやけど、啓名くん、なんかあたりつけられる?」
啓名はしばらく考えていたが、ふと、
「えと、メッセージ、SMSとSNS内にしぼって、キーワードを『待ち合わせ』で解析かけてくれますか」
「お、おう。
『待ち合わせ』かあ・・・」
「たぶん、加害者はメッセージかSNSを使って被害者と接点を作り、どこかで会う約束をしたのじゃないか、と。
だから、落ち合う日時と場所を決めるやりとりがその中でされている可能性が高い、と想像できます」
「・・・確かにな。
やってみよ!」
彩花は、キーボードで解析対象データをメッセージ、SMS、SNS内に設定し、検索ワードに「待ち合わせ」と入力して、Enterキーをポン!と押した。
解析を待っている間、啓名が司令室内を行ったり来たりしながら言った。
「・・・それにしても、加害者はどうして被害者のスマホを盗って行かなかったんだろうな・・・」
彩花がディスプレイから目を離して、啓名のほうを向いた。
「そうそう、それ!
あたしもそれ、不思議やと思ってたんよ!
なんでこんな証拠になるもん、置いてったのかって」
「理由があるとすれば・・・。
それは中に証拠になるようなものが残されていないから・・・」
「へ?」
彩花が素っ頓狂な声を出した。
啓名が淡々と説明する。
「証拠になり得るものがスマホ内に残されていない、と知っていれば、被害者のスマホを始末する必要がない。
・・・だとしたら、この解析もムダな作業になるかもしれない、ってことですけどね」
「んー・・・」
と彩花は腕組みをして、口をとがらすと黙った。
プゥワン!
と、PCがさっきとは異なるビープ音を出した。
「解析、完了や。
・・・さて結果はどうやろ・・・」
彩花がそう言って解析結果の表示を見る。
啓名も横からのぞき込んだ。
「『待ち合わせ』は、あるな。
被害者順に、持田さん3件、秋山さん4件、津島さん5件、森田さん2件、谷さん3件、水野さん6件。
SNS内が多いな。
メッセージにもちょっとあるけど・・・」
と言って、彩花は該当したテキスト部分を読んでいたが、啓名のほうを向いて言った。
「これな、その『待ち合わせ』が出てくるSNS内のメッセージ本文を、被害者それぞれのを見てるんやけどな、相手のユーザー名は全部ちがうんよ。
けど、待ち合わせ場所に指定してるところは全部同じ。
・・・心斎橋、アメ村のクラブ。
クラブBITES。
ユーザー名を相手ごとに変えて、同一人物とバレないようにしたってことか。
・・・でも、こちらの分析にかかればそうはいかんわ!」
「どのユーザーも、ユーザー名やメアド、アイコンが異なりますけど、アイコンの感じとかなんか似てますね。
同一人物の可能性、ありげかな。
そしてどれも待ち合わせ場所は、クラブBITES、か・・・。
ここに行けば、なにか手がかりがつかめるかも」
彩花が、不安そうな顔で啓名に訊いた。
「・・・啓名くんさ、きみ、クラブって、行ったことある?」
啓名はさらりと答えた。
「ありませんけど、なにか?」
彩花は、ますます不安そうな顔になって、啓名の腕をつかんだ。
「・・・あたし、クラブってようわからんから、どんなもの着ていったらええのんか、わからん・・・」
啓名はあきれた顔をして、彩花に言った。
「なに言ってるんですか。
捜査ですよ、捜査。
遊びに行くんじゃないんで」
そう言ってから啓名は、くすっ、と笑った。
彩花はばつの悪そうな顔になって、
「・・・あ、あはは、そやな・・。
それはそうやった・・・。
でも、目立たないような恰好は必要やな・・・」
「そうですね。
・・・それと、もしその店に加害者が常連で来ているのであれば、ぼくらも身を守れるような装備が必要になりますね」
彩花は、啓名をじっと見た。
そして急に気がついたように叫んだ。
「・・・そっちのほうが重要やん!」
そのとき、司令室の向こう側のドアが開いて、低いがよく通る声が響いてきた。
前嶋だ。
「お嬢様、啓名様。
加害者の可能性のある人間と直接接触するのは危険過ぎます。
そこは警察にまかせるべきでは・・・」
「ダメや、前嶋さん!
警察にまかせたら、どうせ出山さんとかが現場に行くんやろ!
出山さんみたいなごつい雰囲気の刑事さんじゃ、すぐバレてまうわ!
あたしらみたいな、ふつうにクラブにいてそうな年齢と雰囲気の人間でなきゃ、犯人に接近できんのよ」
「ですが・・・」
「そこをなんとか、お願い、前嶋さん」
彩花が真顔で言った。
前嶋は静かな口調を保ったまま二人を諭した。
「お嬢様、啓名様。
相手は通り魔事件の犯人です。
すでに6人を殺害しています。
それにわたしたちのチームも、今回から啓名様が加わっています。
わたしも玲雄様、静様からお嬢様を、そして啓名様をお預かりしている立場として、お二人を命の危険がある場所に行かせるわけにはまいりません」
啓名が冷静な表情でこう返した。
「前嶋さん、今回の犯人はなかなか巧妙です。
すでに6人を殺しているのに、警察になんら証拠らしい証拠を見つけられていません。
だけど、彩花さんとぼくは、いまここの設備を使って犯人が被害者との待ち合わせに使ったであろうと推測できる場所まで特定できました。
警察より、いまのところぼくたちのほうが捜査力は上だしスピードも速いということです。
おそらく、いまのところぼくたちが犯人が考えているより先を行ける可能性も高いです。
だから、いまがチャンスだと思うんです。
このチャンスを逃すと、犯人逮捕がさらに遅れる可能性が高い。
それに、ぼくと彩花さんの二人なら一人よりも身を守りやすい。
なんとか、警察の力を借りながらでも、ぼくたちに行かせてもらえませんか!」
「そう!
啓名くんの言うとおり!
前嶋さん、お願い・・・!」
彩花も手を合わせながら叫んだ。
前嶋は少しうつむいて、しばらく考え込んでいた。
やがて、顔を上げるとこう言った。
「わかりました。
ただし、まず、警察にも現場で待機してもらうようにします。
それと、わたしも現場までお供します。
外で待機しますので、なにかあったら無線ですぐお呼びください。
・・・それから、お二人が身を守れるように持って行っていただきたいものがあります」
彩花と啓名は、喜びを抑えた顔で見つめ合った。
おたがいうなずきながら。
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