第19話 義弟が婚活の邪魔をする
窓外を見た。空は薄曇りで粉雪が舞い、冬の始まりを感じさせる。
ピフラは幼き日を懐古した。
14歳の誕生日であり、ここが乙女ゲームの世界であると記憶を取り戻した日。あの日もちょうどこのような空だった。
ゲームの中で、ピフラ・エリューズは義弟に殺される悪役令嬢だ。
そして運命のあの日、シナリオ通り父親のエリューズ公爵がある少年を連れてきた。
その少年こそが義弟のガルム。シナリオ上、ヒロインに恋をした事でヤンデレ化し、ピフラを殺す張本人である。
ガルムのヤンデレ化を阻止すべく、ピフラは彼を手塩にかけて育ててきた。
「赤目」が原因で
そんな思いを汲むように、ガルムは日毎に義姉思いの優しい子になっていった。
そして10年の時を経た──今。
ガルムは心を病まず立派に成長し、先日23歳の誕生日を迎えた。ピフラの実父である前公爵は領地で早々と隠居を始め、
シナリオ通りなら、そろそろガルムとヒロインが出会い運命的な恋に落ちる時期のはず……なのに。
「姉のどこがお好きですか?」
「え!? ええっと好きなところは……」
「あ、口籠りましたね。その程度の好意の者に姉を任せることは出来ません」
「ちょっガルム、わたしは全然気にし……」
「次の方どうぞ」
「ねえ聞いてる!?」
自身の腕に縋りついてくるピフラを袖にし、ガルムは紳士達と押し問答していく。
ピフラとガルムの前に列を成す紳士達。彼らは皆、ピフラ目的の求婚者だ。彼女が24歳のオールドミスとなった今でも、夫の座を虎視眈々と狙う者達である。
「わたしがピフラさまに好感を持ったのは、彼女の折目正しい所が──」
「誰が姉の名を呼ぶことを許しました? 無礼な人ですね。次の方」
「僕は見た目ではなく中身に惚れましたっ!!」
「あなたが姉の何をお知りで? あと姉は世界一美しいです。はい次」
求婚者達が口頭で無惨に捌かれていく。
回を重ねるごとに熾烈になるこの行事、主催のガルムは今日も今日とてピフラの婚活を妨害していた。
「お待ちくださいモヴ卿ー! ワクヤーキ閣下ーっ!」
去り行く彼らを追いかけようとピフラは身を乗り出す。
しかし、ガルムがエスコート"風"に彼女の腕をがっしり掴んで離さず、その場を離れる事はできなかった。
そしてピフラの腰に手を回し力任せに抱き寄せ、彼女の耳珠に唇をつけ吐息混じりに囁く。
「いいですか? モブ卿は色街通いの好き者です。数ヶ月後には贔屓にしている娼婦を愛人として身請けする予定です。それに見てください、ワキヤク閣下のあの後頭部を。彼はハゲ予備軍です。後ろ髪で誤魔化していますが5年以内にはつるつるですよ。〇〇伯爵は──ですし、〇〇侯爵なんて──で、──は……」
恒例のネガティヴキャンペーンである。
一体どこから仕入れた情報なのか、ガルムは求婚者達の欠点を細大漏らさず説明してはピフラの婚活をくじく。
そして、最後は決まってこう言うのだ。
「だから全員ダメですよ」
美しく甘やかな微笑みを湛えて。
◇◇◇
「どういうつもり? あんな風にされたら一生結婚できないじゃない」
帰宅早々、夫婦喧嘩ならぬ姉弟喧嘩が始まった。
ピフラが食ってかかると、ガルムもまた眉間に皺を寄せて応戦する。
「姉上は一生ここにいれば良いんです。何が不満なんですか」
「だって、わたしも家族を持ちたいわ。ガルムもいつか結婚するでしょう? そしたらきっと、わたしを煩わしく感じて──」
チクッ。胸の奥を針で刺されたような痛みがした。
(え、今のなに……居場所がなくなる不安……よね?)
「俺が姉上を煩わしく? あはは! そんなこと絶対にあり得ません。天地がひっくり返っても、絶対です」
(でも嫁姑問題は夫婦関係の不和のもとだし、何よりガルムの夫婦生活なんて……なんだかすごく見たくない)
「……っいい加減に姉離れして。お互いもう大人でしょう?」
「そう、大人です」
そう言って、ガルムは花のかんばせで微笑み、ピフラの髪を掬ってキスを落とす。指先から最後の髪筋が溢れるまで何度も重ねた。
ピフラの心臓がドキッと跳ね、全身が急激に沸点に達した。白磁の肌が赤く染まっていく。
頻繁に行われるこの"近距離スキンシップ"は、幼少の時分から行われているものだ。聞き分けが良いガルムが直さなかった唯一の習慣である。
きっと人生の殆どを誹られ、愛を渇望してきたがゆえの距離感なのだろうが、この年になり次第に違和感を覚え始めた。
(なんかこう……おかしな話だけど……胸キュンに近いような……いやいやいやっダメでしょ!!!!)
義弟にときめくだなんて不純すぎる。
ガルムもガルムだ。結婚後も姉と離れないだなんてどうかしている。ヤンデレ化を回避したは良いものの、これではまるで「シスコン」ではないか。
──というか、シスコンそのものでは?
ヤンデレとは往々にして、執着心がべらぼうに強いもの。ガルムは元々ヤンデレ設定キャラのため、何かに執着する素養は十分過ぎるほど持っているはず。
すなわち、ガルムがシスコンになる可能性は十二分にあるという事だ。
(まずいよね!? このままガルムに縛られていたら、行き遅れどころか実家の脛を齧り続ける小姑になっちゃうよね!?)
そう思い至ったピフラはある事を思いついた。
──ガルムに結婚相手を見繕う事にしよう。
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