第15話 ヒロインと義弟の対面

 ガニ股で立つヒロインは、そのまま腰を下ろし、ピフラのみぞおちに騎乗した

 その重量で内臓が痛むが、大蛇の喰い付きに比べたら屁でもない。

 ゲームのヒロインと同じ顔に思わず見入る。ゲーム通り、暗髪と翠眼をした美女だ。

 けれど身体中が硫黄の臭いをさせており、なるほど、この者が人ならざる者だと示している。

 ヒロインは──いや、魔王は言った。


「んん? あんたも転生者なのに、200年前の畜生女とは随分毛色が違うのね。すんごく弱い」

「ひ……っ!!」


 魔王の紫色の長い舌が、ピフラの傷口をぴちゃぴちゃと舐め回す。

 蛇の牙は未だ柔肌に刺さったまま。

 しかし咬傷が炎症を起こしたのか、皮肉にも痛みは引いていた。

 魔王は血を摂取する毎に肌艶が増し、さらに婀娜になってゆく。

 ゲームのガルムが彼女を盲愛したのも頷ける。心を病んでいる時に、これだけの美人に欲しい言葉を貰えば執着もするだろう。

 ……ていうか病んでいなくても惚れそう。

 そうなれば、復活した魔王と恋愛するのだろうか。結婚するのだろうか。

 義弟を手塩にかけてきた身としては、人を喰らう魔王なんてやめておけ! と言いたいところだが、恋は盲目だし、反対されるほど燃え上がるものだ。

 ああでも、もしそうなった時は、自分はこの世にいないのか。


「さあーて、そろそろ肉も喰おっかな。ウォラク、フォークとナイフ持ってきてえー」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」

「ねえ、あんたが見た世界であたしはどんなだったの?」


(どんなって言われても……)


「……美人で、誰からも愛されて、イケメンホイホイでした」

「いけめん?」

「かっこいい男の人って事です」

「ええー!? マジ!? やっぱりあたしモテるんだ?」


 ウォラクの帰りを待つ間、食料のピフラは不本意ながら会話相手をさせられる。

 魔王の鉤爪がピフラの喉を摩り、会話に不満があればすぐに喉を掻き切るであろう。

 そんな緩やかな地獄を味わっていると、扉の向こうから、何か砂袋でも引きずるような音が聞こえてくる。

 そしてその音は部屋の前で止まり、突如、バンッ!! と扉が開け放たれた。

 そこに現れたのはウォラクではなく──他でもない、ガルムだった。

 彼は両の手足が流血で衣服が真っ赤に染まっている。そして肩を上下させながら、息も絶え絶えにピフラに怒鳴った。


「ハアッ……ハアッ……!! だからっ、1人で出歩くなって……っ言ったんですよ!!」

「ガルム!!!!」


 テーブル上で縛られているが故に、視線でしか彼を確認できないが、正真正銘ガルムである。

 そして同じ視界に血みどろのウォラクが見えて、あれが音の正体だったと理解した。

 ガルムは鬼の形相で一歩前に踏み出した。しかし、その場で踏みとどまって染まったのだ。ピフラはガルムの視線の先を追う。


(あ……そっか……)

 

 ガルムの熱い視線は、ただ一点に、魔王に注がれていた。

 そうだ。ゲームの中で、ガルムは一目でヒロインに恋をした。

 そして今、ヒロインの姿をした魔王に出会ったのだ。

 つまり、彼が動かなくなったのは、この魔王に惚れたということ。それが運命だから──。


「姉上を喰ったのか……」

「え? あーううん! これから喰う──」


 ──ズッ……ブシャアアアッ!!!!


「ヒギイイイッ!! 畜生メ!! 人ガ答えテル時に斬る……糞ガアッ!!」


 それはもう、一瞬のことで。

 ガルムが一歩踏み出した時、魔王の右腕はすでに飛んでいた。

 何でどう攻撃したのかも分からない。すると今度は憤怒を湛えた目を光らせ、ピフラに噛み付く大蛇を鷲掴みにした。

 瞬間、ガルムの手に青い火花が散って、風圧が生まれる程の激しい稲妻が巻き起こる。そして生じた青の稲妻が、大蛇の体を引き裂き葬った。

 自由になった手足を力無く動かすと、やはり痺れが残って動けない。

 しかし体が不自由になったのは魔王も同じなようだった。


「糞ガ……今血を啜ッ、てヤる……」


 けれど、そう言っている間にも魔王の体は砂になり、サラサラと形を失くしてゆく。

 転生者の血肉で蘇生し、強大な力を得る……それが魔王とウォラクの願いだったようだが、ガルムに邪魔をされ砂塵と化し、現れた時と同じ石扉いしどに吸い込まれ消えていった。終わったのだ──。

 温かなガルムの腕に抱かれながら、ピフラは安堵した。そして全身が弛緩し、咬み傷に激痛が走る。

 深く溜め息をついてガルムは言った。


「…………俺に、何か言う事ありません?」

(ありすぎてどれを言えばいいか分からない。でも総合的に言えるのは……)

「ごめんなさい」

「何が?」

「ぜ、ぜんっ……全部っ……ズビッ」

「はあ……『姉失格』ですね」

(うん、本当にその通り。返す言葉もない……)


 ガルムの胸に顔を埋め、肩が小刻みに揺れるピフラはもう顔面グズグズで。

 ピフラはこの10年で最も情けない姿を晒した。

 けれど、それを見たガルムが満足げだったことは、誰も知らない。



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