第8話 お茶会に義弟が来たのですが

 ガルムが公爵家に来て1年が経った。


 現在ピフラは15歳、ガルムは14歳に。

 思春期真っ只中の2人だが、なかなかどうして、良好な関係を築いている。

 その秘訣は、兎にも角にも「手塩にかけて育てよう(死ぬ気で)」という心がけ。これに尽きる。


 幼いガルムは赤い目にコンプレックスを抱き、自己否定する人生だった。

 それは、傍目から見ても生きにくそうで、心を病んでも仕方がない、そんな状態だったのだ。

 故に、ピフラは事あるごとに「赤色好き!」と言い聞かせてきたのである。

 その甲斐あって、今ではガルムが自ら、赤色の物をプレゼントしてくるようになった。


 最初にくれた物は、冬に一緒に編んだ赤い手袋とマフラーだ。

 慣れないながらも一生懸命作ってくれた大切な品なので、実用ではなく観賞用として額縁に入れている。

 春になると赤い花をどこからかどっさり摘んできた。その時は花がしおれるのを残念がったので、暇つぶしで教えた刺繍を習得し、花柄のハンカチをくれた。

 夏は栽培したトマトを振る舞ってくれたし。

 秋は言わずもがな紅葉の葉を拾い、今度は押し花にしてくれて。

 そういうわけで、現在ピフラの部屋は燃えるように真っ赤の極み。

 交感神経が優位になり、寝つきが悪いのはここだけの話である。



「え? 姉上が婚約者候補とお茶会?」

「気乗りはしないけど、わたしももう15歳だしね」


 ピフラはイヤリングをけながら適当に答えた。

 予定ではあと30分ほどで相手の令息が訪問する。故にピフラはずっとソワソワしていた。

 装いの確認のために姿見すがたみを見やると、イヤリングを着けた自分、とすぐ背後うしろでピフラの肩に頭を乗せるガルムがいた。


「きゃあっ! もう何なの?」

「そんなに着飾る必要がありますか?」


 眉間を寄せるガルムの顔は、それでも端正だ。日に日に美しさに磨きがかかっており、さすがは攻略対象、といったところだろう。身長も嘘のようにグンと伸び、ピフラより頭1つ分高くなったのである。


 そんなガルムは奥歯を食い縛り、ピフラのプラチナブロンドを指で梳く。


「……俺の前じゃこんなに飾らないくせに」

「え? 何か言った?」

「別に。ただ姉上を滅茶苦茶にしたいだけです」


 そう言うと、ガルムはピフラの髪束をグンッ、と後ろへ引っ張る。その弾みでピフラはよろけ、ガルムの腕の中に収まった。

 

いたっ! もうっどうしたのよ、そんなに怖い顔しちゃって。何かあった?」

「…………俺がいるんですけど」

「何よ聞こえない」


 ガルムの消え入る呟きを、ピフラは聞き取ることが出来なかった。

 すると何が気に入らなかったのか、顔をしかめて退室する。ついに反抗期の突入か? などと呑気に考えたが、ガルムがはらむ熱情に、この時のピフラはまだ知るよしもなかった。



 苦手、かもしれない。

 いやでも、会ってまだ30秒だし。


 ピフラはそんな事を思いながら、温室のローズガーデンに婚約者候補を案内してゆく。

 お相手はアスタラ侯爵家長男、ヨーナス・アスタラ侯爵令息だ。掻き上げた亜麻色の髪、高い高い鼻、薄緑色の瞳。

 毎日、爆美形ばくびけいのガルムや公爵を見ているがゆえに、他の男性が見劣りするのは致し方ない。

 それは誰よりも理解しているつもりだ。

 それに「男は顔ではない派」に賛同している身として、ピフラに容貌は決して障害でなかった。

 問題なのは対面早々、見た目を採点されたことである。


「ああ、惜しいですね。公爵さまくらい濃い紫色の瞳なら完璧だったのに」


(──え?)


「バストはもう少し控え目な方が理知的に見えますよ。まあ育ってしまったものは仕方がないですが」


(──え? (2回目))


 そうこうしているうちにローズガーデンに着いてしまった。

 もうテーブルに案内せず、Uターンさせてしまいたい。

 互いの家門の体裁ていさいのため、このいけ好かねえ男と、少なくとも1時間は過ごさなければならないはず。


 ──死ぬ。そして見える、自分の名が刻まれた墓石が。


 締め付けられる胃に耐え、ピフラはバラのアーチをくぐった。

 するとそこで待っていたのは、豪華で手の込んだティーセット、とだった。

 設えたティーテーブルと2脚の椅子の他、ご丁寧に自分用の椅子を用意して、ピフラ達を待ち構えていたようだ。

 ピフラは血相を変え、優雅にお茶をするガルムに掴みかかる。


「ガルム! あなた何でここに来たの!?」

なにで、と言われましても。当然徒歩で来ましたよ。思いっきり敷地内なので」

「ーっそうじゃなくて!」

「ピフラ嬢、これは一体どういう……この無礼な男は誰ですか」

「お前こそ誰ですか」


(ひいいいいっ! 気は確かなの!?)


「こ、この子は義弟のガルムです。少々人見知りで、社交下手な子でして……!」


 詰め寄ろうとするヨーナスの前に、ピフラは立ちはだかった。

 そういえば、ガルムの社交はこれが初めてである。いずれ迎える外界との交流だったが、まさか他所の人間にこれだけ好戦的だとは。

 このお茶会が終わったら社交のなんたるかを説かねばなるまい。将来、彼が恥をかかないよう手塩にかけるのだ。

 そして、ピフラと婚約者候補と義弟による、珍妙なお茶会は始まった。


「やはり趣味のたぐいはアウトドアに限りますね。ピフラ嬢は?」

「わたしは……」

「インドア派です。紅茶を飲みながら刺繍をしたり恋愛小説を読みます」


(何でガルムが答えるのよ! ──合っているけど)


「ははっそうですか。自然と触れ合ってこそ文明の力にありがたみを感じるというのに」

「姉上とは合わないみたいですね」


 ガルムが目を細め、真っ白な歯をこぼす。

 温かな温室で熱いお茶を飲んでいる、にも関わらず、ピフラの背中に冷たい汗が流れた。ヨーナスの片口角がピクッと動き、次の話題へと移る。


「では、甘い物と塩気が強い物ではどちらがお好きですか?」

「ええっと、どちらかと言いますと……」

「断然甘党です。モーニングティーは必ずジャムを計4杯入れます」


(だから、何でガルムが答えるのよ! ──合っているけど!)


「ははっなるほど。糖分に頼るほど脳が疲労しやすいんですね。キャパが狭いのでしょうか」

「チッ。姉上とは合わないみたいですね」


 ──ん? 舌打ちが聞こえたような。

 いや、聞き間違いかもしれない。きっとこの状況に脳が疲れているのだろう。紅茶にジャムを2杯足す。

 義弟と婚約者候補、2人の会話のドッヂボールは続いた。


「一緒に住むならこれは譲れないですよね。ずばり、犬派ですか? 猫派ですか?」

「い、犬派です!!」


 今度はガルムに口を挟ませず、ピフラが即答した。

 

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