第8話 お茶会に義弟が来たのですが
ガルムが公爵家に来て1年が経った。
現在ピフラは15歳、ガルムは14歳に。
思春期真っ只中の2人だが、なかなかどうして、良好な関係を築いている。
その秘訣は、兎にも角にも「手塩にかけて育てよう(死ぬ気で)」という心がけ。これに尽きる。
幼いガルムは赤い目にコンプレックスを抱き、自己否定する人生だった。
それは、傍目から見ても生きにくそうで、心を病んでも仕方がない、そんな状態だったのだ。
故に、ピフラは事あるごとに「赤色好き!」と言い聞かせてきたのである。
その甲斐あって、今ではガルムが自ら、赤色の物をプレゼントしてくるようになった。
最初にくれた物は、冬に一緒に編んだ赤い手袋とマフラーだ。
慣れないながらも一生懸命作ってくれた大切な品なので、実用ではなく観賞用として額縁に入れている。
春になると赤い花をどこからかどっさり摘んできた。その時は花が
夏は栽培したトマトを振る舞ってくれたし。
秋は言わずもがな紅葉の葉を拾い、今度は押し花にしてくれて。
そういうわけで、現在ピフラの部屋は燃えるように真っ赤の極み。
交感神経が優位になり、寝つきが悪いのはここだけの話である。
◇
「え? 姉上が婚約者候補とお茶会?」
「気乗りはしないけど、わたしももう15歳だしね」
ピフラはイヤリングを
予定ではあと30分ほどで相手の令息が訪問する。故にピフラはずっとソワソワしていた。
装いの確認のために
「きゃあっ! もう何なの?」
「そんなに着飾る必要がありますか?」
眉間を寄せるガルムの顔は、それでも端正だ。日に日に美しさに磨きがかかっており、さすがは攻略対象、といったところだろう。身長も嘘のようにグンと伸び、ピフラより頭1つ分高くなったのである。
そんなガルムは奥歯を食い縛り、ピフラのプラチナブロンドを指で梳く。
「……俺の前じゃこんなに飾らないくせに」
「え? 何か言った?」
「別に。ただ姉上を滅茶苦茶にしたいだけです」
そう言うと、ガルムはピフラの髪束をグンッ、と後ろへ引っ張る。その弾みでピフラはよろけ、ガルムの腕の中に収まった。
「
「…………俺がいるんですけど」
「何よ聞こえない」
ガルムの消え入る呟きを、ピフラは聞き取ることが出来なかった。
すると何が気に入らなかったのか、顔を
◇
苦手、かもしれない。
いやでも、会ってまだ30秒だし。
ピフラはそんな事を思いながら、温室のローズガーデンに婚約者候補を案内してゆく。
お相手はアスタラ侯爵家長男、ヨーナス・アスタラ侯爵令息だ。掻き上げた亜麻色の髪、高い高い鼻、薄緑色の瞳。
毎日、
それは誰よりも理解しているつもりだ。
それに「男は顔ではない派」に賛同している身として、ピフラに容貌は決して障害でなかった。
問題なのは対面早々、逆に見た目を採点されたことである。
「ああ、惜しいですね。公爵さまくらい濃い紫色の瞳なら完璧だったのに」
(──え?)
「バストはもう少し控え目な方が理知的に見えますよ。まあ育ってしまったものは仕方がないですが」
(──え? (2回目))
そうこうしているうちにローズガーデンに着いてしまった。
もうテーブルに案内せず、Uターンさせてしまいたい。
互いの家門の
──死ぬ。そして見える、自分の名が刻まれた墓石が。
締め付けられる胃に耐え、ピフラはバラのアーチを
するとそこで待っていたのは、豪華で手の込んだティーセット、とガルムだった。
設えたティーテーブルと2脚の椅子の他、ご丁寧に自分用の椅子を用意して、ピフラ達を待ち構えていたようだ。
ピフラは血相を変え、優雅にお茶をするガルムに掴みかかる。
「ガルム! あなた何でここに来たの!?」
「
「ーっそうじゃなくて!」
「ピフラ嬢、これは一体どういう……この無礼な男は誰ですか」
「お前こそ誰ですか」
(ひいいいいっ! 気は確かなの!?)
「こ、この子は義弟のガルムです。少々人見知りで、社交下手な子でして……!」
詰め寄ろうとするヨーナスの前に、ピフラは立ちはだかった。
そういえば、ガルムの社交はこれが初めてである。いずれ迎える外界との交流だったが、まさか他所の人間にこれだけ好戦的だとは。
このお茶会が終わったら社交のなんたるかを説かねばなるまい。将来、彼が恥をかかないよう手塩にかけるのだ。
そして、ピフラと婚約者候補と義弟による、珍妙なお茶会は始まった。
「やはり趣味の
「わたしは……」
「インドア派です。紅茶を飲みながら刺繍をしたり恋愛小説を読みます」
(何でガルムが答えるのよ! ──合っているけど)
「ははっそうですか。自然と触れ合ってこそ文明の力にありがたみを感じるというのに」
「姉上とは合わないみたいですね」
ガルムが目を細め、真っ白な歯を
温かな温室で熱いお茶を飲んでいる、にも関わらず、ピフラの背中に冷たい汗が流れた。ヨーナスの片口角がピクッと動き、次の話題へと移る。
「では、甘い物と塩気が強い物ではどちらがお好きですか?」
「ええっと、どちらかと言いますと……」
「断然甘党です。モーニングティーは必ずジャムを計4杯入れます」
(だから、何でガルムが答えるのよ! ──合っているけど!)
「ははっなるほど。糖分に頼るほど脳が疲労しやすいんですね。キャパが狭いのでしょうか」
「チッ。姉上とは合わないみたいですね」
──ん? 舌打ちが聞こえたような。
いや、聞き間違いかもしれない。きっとこの状況に脳が疲れているのだろう。紅茶にジャムを2杯足す。
義弟と婚約者候補、2人の会話のドッヂボールは続いた。
「一緒に住むならこれは譲れないですよね。ずばり、犬派ですか? 猫派ですか?」
「い、犬派です!!」
今度はガルムに口を挟ませず、ピフラが即答した。
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