手塩にかけた義弟がシスコン大魔法士に育った件〜婚活を邪魔されて嫁げないのですが〜
三月よる
第1話 手塩にかけてみせましょう
生まれてはじめて、熱が出た。
体は鉛のように重く、頭は殴られるように痛い。
きっと日中のガーデンパーティーの疲れだろう。別にやりたくもない自分の誕生日会を、企画から実行までやらされたのだ。
病の1つや2つに罹ったところで、なんら不思議はない。
ピフラはすっかり溶けた
窓ガラスは部屋の
その
その美貌を視線でなぞると、散り散りの違和感がより集まり、頭痛は激しさを増してゆく。
──そして次の瞬間。脳が弾け飛ぶような衝撃を感じ、膨大な記憶がピフラの頭に甦った。
「わたし、ピフラ・エリューズよね!? ここって、まさか『LOVE/HEART《ラブハート》』の世界!?」
前世の自分がプレイした『LOVE/HEART《ラブハート》』、通称『ラブハ』。
ラブハは異世界転移したヒロインが、ヘルハイム王国でイケメンを攻略してゆく王道の乙女ゲームだ。
業界屈指の美麗作画と、豪華な声優陣が織りなす甘美なイケボ。
それらは大きな乙女達を熱狂させ、TV特集を組まれるなど当時話題のゲームだった。
特筆すべきは、攻略キャラの「回想」である。
攻略が進むとキャラの深掘りとして回想シーンが流れ、より攻略対象に沼れる、非常にけしからん仕様なのだ。
中でも「ヤンデレ魔法士」、ガルム・エリューズの回想はボリューム満点だった。
元孤児でありながら、魔法士かつ公爵家当主となったガルムは、ヒロインに出会って愛を
そのヤンデレ所業は多岐に渡る。例えば探知魔法で常にヒロインの動向を監視したり、男と接触しようものなら自宅に軟禁したこともあった。
そんなガルムの回想は「心を病んだ理由」にフォーカスされ、彼の生い立ちが語られる。
「ピフラ・エリューズ」は、その回想に出てくる、ガルムの
そして同時に、ガルムを
──バサッ! 紫色のドレスをたくし上げ、ピフラは部屋を飛び出た。
「ピフラ様!? いけません! お熱がまた上がりますよ!」
廊下ですれ違うメイド達が口々に叫ぶ。
しかし、ピフラは耳を貸さずとにかく走った。
ダダダダダッ──冬物のドレスが
けれど焦燥感に駆られるピフラに、そんな事を気にする余裕などない。
ゲームを知るピフラの心臓が、早鐘のように打った。
(──どうか、どうか
◇
屋敷のメイン階段に着くと、階下に使用人が集まっていた。
玄関の豪奢な扉が、軋轢音を立てて閉められる。
ちょうど屋敷の主人が帰宅したところのようだ。
使用人達の輪の中心で、紺色の
ピフラの父親であり、エリューズ公爵家の当主である。
ゲーム内で語られることはないが、公爵はピフラを溺愛してやまない親バカだ。
それはピフラが望む物は、権力と財力を駆使し、何だって手に入れてしまうほどで。
目に入れても痛くない、と言う言葉があるが、公爵に限っては痛くない所か快感を得るのだろうと噂されている。
すると、公爵がピフラを見つけて
「おお、ピフラ! こっちにおいで!」
「お父さま……」
(嫌な予感がする)
ピフラは呼吸を整えながら、階段を降りてゆく。一歩、二歩……。そしてエントランスを踏み締め、歩を進めると、ピフラの心臓が大きく跳ねた。
──公爵の
公爵は愛娘を前に
そして、
少年は絵に描いたように美しい。身長はピフラよりやや高く、髪は光を飲み込む漆黒だ。伸びた前髪の隙間からは、可愛らしくも端正な、中性的な面立ちが覗いている。
そして、希少な赤い瞳がこちらを熟視していた。
(まさか、この子が……)
「ピフラ、14歳の誕生日おめでとう。お前にプレゼントを持ってきたんだ」
「まあっ嬉しいですわ。それであの、プレゼントはどちらに……?」
「ははっ! 驚くぞー。ほらお前、2歳の時 に
「にっ……2歳!?」
(覚えてませんけど! そもそも2歳って、弟妹が欲しい云々言うような
「というわけで! 隣国から1番綺麗な者を連れてきたんだ。名はガルム、お前の1個下だよ。あいにく義理の弟だが許してくれ」
「──っ!」
ピフラの嫌な予感は的中した。
そう、この少年こそが、ガルム・エリューズ。『ラブハ』のヤンデレ魔法士であり、ピフラを──つまり、自分を殺す義弟である。
(わたし、この子に殺されるんだ)
ピフラは肝を潰した。全身に緊張が走り、微笑みを作る表情筋が
ここまで見事にガルムの回想通り。
義姉の誕生日プレゼントとして、公爵家の養子になるシーンだ。
けれど
何がどうして、不可抗力で義弟が出来てしまった。しかも、ただの義弟ではない。いずれ凶暴なヤンデレと化し、自分を殺しにかかってくる時限爆弾付きの義弟である。
(このままゲーム通りにいって、ガルムに殺されてしまうの? どうにか生き残る方法は──────あるかも!)
ピフラを殺すのは、あくまで「ヤンデレ状態」のガルムだ。
逆に捉えると、彼がヤンデレ化しなければ生存率が上がるという事。
だったら、ガルムのヤンデレ化を防止すればいい。
そのためには、まず彼のヤンデレ化について振り返ろう。彼がヤンデレ化した原因は何だったろうか?
それは、ガルムがヒロインに恋したからである……と思いがちだが、恋愛はあくまでトリガーだ。
恋愛でヤンデレ化する最大のポイントは、「事前にどれだけ心を病んでいたか」である。
では、ガルムが病んでいた理由は?
それは、義姉のピフラが、長きに渡ってガルムを虐げてきたからだ。
ガルムは言うなれば、じっくり丹念に病んできたのである。
しかし、そんな状態でする恋愛は、往々にしてろくでもねえ。
受け取り方を間違えて、
時と場合によっては、死んで欲しくなったりもする。
健全な心の持ち主は「そんな物騒な!」と思うだろうが、割とベーシックな病み思考だ。今後の人生の自戒と、参考のために覚えておくと良いだろう。
さて、話は戻るが、おそらくガルムも、このプロセスでヤンデレ化してしまったと考えられる。
要するに、ガルムが事前に心を病んでおらず健全ならば、ヒロインと出会ってもヤンデレ化しないはず。
そうすれば、自分は生存できる。
ピフラの中で結論が出た。
──成人してヒロインに出会うまで、ガルムを手塩にかけて育てよう!
人知れず、ピフラは小さな拳を握り締める。
すると公爵に背を押されたガルムが、躓く形で前に出た。
咄嗟に振り向いたガルムに対し、公爵は顎を使ってピフラを指す。すると、ガルムはぎこちない動きで、胸に手を当て礼をした。
「…………誠心誠意お仕えします」
ガルムはぶっきらぼうに一言紡ぐと、目礼がてらピフラから目を逸らした。
眉間には難しそうに皺が寄り、言ったそばから「誠心誠意」が欠けている。
礼儀もへったくれもない挨拶だ。
すると、礼儀を重んじる元軍人の公爵が、不快感を露わにガルムを睨め付けた。
その空気感とピフラの背筋が一挙に凍る。「まあまあお父さま!」ピフラは渾身の笑顔でフォローを入れた。
確かにガルムの態度は褒められたものではないが、そもそも公爵が人間をプレゼント扱いする方が悪い。
ピフラは翻りガルムに正対した。
そして安堵の吐息を漏らす。
(はあ……よかった。顔を顰めてはいるけど、嫌ではなさそう?)
誕生日の主役とプレゼント、という摩訶不思議な関係性から始める
これからどう転ぶかはピフラ次第、手塩具合いで変わるはず。
ピフラは決意を固め、骨ばったガルムの手を取った。ビクリ、と彼の体が跳ねる。
「まずはお茶でもしましょうか!」
ピフラの優しい微笑みが、赤い瞳に映る。
結ばれる互いの手が、仄かに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます