手塩にかけた義弟がシスコン大魔法士に育った件〜婚活を邪魔されて嫁げないのですが〜

三月よる

第1話 手塩にかけてみせましょう

 生まれてはじめて、熱が出た。

 体は鉛のように重く、頭は殴られるように痛い。

 きっと日中のガーデンパーティーの疲れだろう。別にやりたくもない自分の誕生日会を、企画から実行までやらされたのだ。

 病の1つや2つに罹ったところで、なんら不思議はない。

 ピフラはすっかり溶けた氷嚢ひょうのうを置き、薬湯を口にして暗い窓を見た。

 窓ガラスは部屋の灯火とうかで光が反射し、鏡のように室内を映している。

 その鏡裡きょうりの自分と目を合わせると、なぜだろう、誰よりも見慣れた顔に妙な違和感を覚えた。白磁の肌に、薄紫色の大きな瞳、そして緩いウェーブがかったプラチナブロンドヘア。

 その美貌を視線でなぞると、散り散りの違和感がより集まり、頭痛は激しさを増してゆく。

 ──そして次の瞬間。脳が弾け飛ぶような衝撃を感じ、膨大な記憶がピフラの頭に甦った。


「わたし、ピフラ・エリューズよね!? ここって、まさか『LOVE/HEART《ラブハート》』の世界!?」


 がプレイした『LOVE/HEART《ラブハート》』、通称『ラブハ』。

 ラブハは異世界転移したヒロインが、ヘルハイム王国でイケメンを攻略してゆく王道の乙女ゲームだ。

 業界屈指の美麗作画と、豪華な声優陣が織りなす甘美なイケボ。

 それらは大きな乙女達を熱狂させ、TV特集を組まれるなど当時話題のゲームだった。

 特筆すべきは、攻略キャラの「回想」である。

 攻略が進むとキャラの深掘りとして回想シーンが流れ、より攻略対象に、非常にけしからん仕様なのだ。


 中でも「ヤンデレ魔法士」、ガルム・エリューズの回想はボリューム満点だった。

 元孤児でありながら、魔法士かつ公爵家当主となったガルムは、ヒロインに出会って愛をこじらせるヤンデレだ。

 そのヤンデレ所業は多岐に渡る。例えば探知魔法で常にヒロインの動向を監視したり、男と接触しようものなら自宅に軟禁したこともあった。


 そんなガルムの回想は「心を病んだ理由」にフォーカスされ、彼の生い立ちが語られる。

 「ピフラ・エリューズ」は、その回想に出てくる、ガルムの義姉あねだ。

 そして同時に、ガルムを長年虐しいたげ、ヤンデレ化した彼に殺されるキャラである。

 ──バサッ! 紫色のドレスをたくし上げ、ピフラは部屋を飛び出た。


「ピフラ様!? いけません! お熱がまた上がりますよ!」


 廊下ですれ違うメイド達が口々に叫ぶ。

 しかし、ピフラは耳を貸さずとにかく走った。

 ダダダダダッ──冬物のドレスがもつれ、新調したばかりの靴で何度もつまずく。

 けれど焦燥感に駆られるピフラに、そんな事を気にする余裕などない。

 ゲームを知るピフラの心臓が、早鐘のように打った。

 

(──どうか、どうか杞憂きゆうでありますように!)



 屋敷のメイン階段に着くと、階下に使用人が集まっていた。

 玄関の豪奢な扉が、軋轢音を立てて閉められる。

 ちょうど屋敷の主人が帰宅したところのようだ。

 使用人達の輪の中心で、紺色の外套がいとうまとい、銀髪と紫色の瞳をたたえる男は、ヴェティ・エリューズ。

 ピフラの父親であり、エリューズ公爵家の当主である。

 ゲーム内で語られることはないが、公爵はピフラを溺愛してやまない親バカだ。

 それはピフラが望む物は、権力と財力を駆使し、何だって手に入れてしまうほどで。

 目に入れても痛くない、と言う言葉があるが、公爵に限っては痛くない所か快感を得るのだろうと噂されている。

 すると、公爵がピフラを見つけて声高こわだかに言った。


「おお、ピフラ! こっちにおいで!」

「お父さま……」

(嫌な予感がする)


 ピフラは呼吸を整えながら、階段を降りてゆく。一歩、二歩……。そしてエントランスを踏み締め、歩を進めると、ピフラの心臓が大きく跳ねた。


 ──公爵の背後うしろに、見知らぬ少年がいる。


 公爵は愛娘を前に破顔一笑はがんいっしょうした。

 そして、背後うしろの少年をピフラの正面に押し出して咳払いをする。

 少年は絵に描いたように美しい。身長はピフラよりやや高く、髪は光を飲み込む漆黒だ。伸びた前髪の隙間からは、可愛らしくも端正な、中性的な面立ちが覗いている。

 そして、希少な赤い瞳がこちらを熟視していた。


(まさか、この子が……)


「ピフラ、14歳の誕生日おめでとう。お前にプレゼントを持ってきたんだ」

「まあっ嬉しいですわ。それであの、プレゼントはどちらに……?」

「ははっ! 驚くぞー。ほらお前、2歳の時 に弟妹きょうだいをおねだりしていただろう?」

「にっ……2歳!?」

(覚えてませんけど! そもそも2歳って、弟妹が欲しい云々言うような年齢としじゃないでしょう!?)

「というわけで! 隣国から1番綺麗な者を連れてきたんだ。名はガルム、お前の1個下だよ。あいにくだが許してくれ」

「──っ!」


 ピフラの嫌な予感は的中した。

 そう、この少年こそが、ガルム・エリューズ。『ラブハ』のヤンデレ魔法士であり、ピフラを──つまり、自分を殺す義弟である。

 

(わたし、この子に殺されるんだ)


 ピフラは肝を潰した。全身に緊張が走り、微笑みを作る表情筋が顫動せんどうする。

 ここまで見事にガルムの回想通り。

 義姉の誕生日プレゼントとして、公爵家の養子になるシーンだ。

 けれど今のピフラわたしは、弟を欲しがったことはなかったのに。

 何がどうして、不可抗力で義弟が出来てしまった。しかも、ただの義弟ではない。いずれ凶暴なヤンデレと化し、自分を殺しにかかってくるの義弟である。


(このままゲーム通りにいって、ガルムに殺されてしまうの? どうにか生き残る方法は──────あるかも!)


 ピフラを殺すのは、あくまで「ヤンデレ状態」のガルムだ。

 逆に捉えると、彼がヤンデレ化しなければ生存率が上がるという事。

 だったら、

 そのためには、まず彼のヤンデレ化について振り返ろう。彼がヤンデレ化した原因は何だったろうか?

 それは、ガルムがヒロインに恋したからである……と思いがちだが、恋愛はあくまでトリガーだ。

 恋愛でヤンデレ化する最大のポイントは、「事前にどれだけ心を病んでいたか」である。

 では、ガルムが病んでいた理由は? 

 それは、義姉のピフラが、長きに渡ってガルムを虐げてきたからだ。

 ガルムは言うなれば、のである。

 しかし、そんな状態でする恋愛は、往々にしてろくでもねえ。

 受け取り方を間違えて、こじれて、自分が自分を面倒で、苦しくて、思い通りにいかなくて、死にたくなる。

 時と場合によっては、死んで欲しくなったりもする。

 健全な心の持ち主は「そんな物騒な!」と思うだろうが、割とベーシックな病み思考だ。今後の人生の自戒と、参考のために覚えておくと良いだろう。

 さて、話は戻るが、おそらくガルムも、このプロセスでヤンデレ化してしまったと考えられる。

 要するに、ガルムが事前に心を病んでおらず健全ならば、ヒロインと出会ってもヤンデレ化しないはず。

 そうすれば、自分は生存できる。

 ピフラの中で結論が出た。 


 ──成人してヒロインに出会うまで、ガルムを手塩にかけて育てよう!

 

 人知れず、ピフラは小さな拳を握り締める。

 すると公爵に背を押されたガルムが、躓く形で前に出た。

 咄嗟に振り向いたガルムに対し、公爵は顎を使ってピフラを指す。すると、ガルムはぎこちない動きで、胸に手を当て礼をした。

 

「…………誠心誠意お仕えします」


 ガルムはぶっきらぼうに一言紡ぐと、目礼がてらピフラから目を逸らした。

 眉間には難しそうに皺が寄り、言ったそばから「誠心誠意」が欠けている。

 礼儀もへったくれもない挨拶だ。

 すると、礼儀を重んじる元軍人の公爵が、不快感を露わにガルムを睨め付けた。

 その空気感とピフラの背筋が一挙に凍る。「まあまあお父さま!」ピフラは渾身の笑顔でフォローを入れた。

 確かにガルムの態度は褒められたものではないが、そもそも公爵が人間をプレゼント扱いする方が悪い。

 ピフラは翻りガルムに正対した。

 そして安堵の吐息を漏らす。


(はあ……よかった。顔を顰めてはいるけど、嫌ではなさそう?)


 誕生日の主役とプレゼント、という摩訶不思議な関係性から始める姉弟きょうだい関係。

 これからどう転ぶかはピフラ次第、で変わるはず。

 ピフラは決意を固め、骨ばったガルムの手を取った。ビクリ、と彼の体が跳ねる。


「まずはお茶でもしましょうか!」


 ピフラの優しい微笑みが、赤い瞳に映る。

 結ばれる互いの手が、仄かにぬくんだ瞬間だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る