夢の通り道

藤井由加

自転車は2台

川の底に落ちている僕のスマートフォンを、橋の上から、目を伸ばして拾っている。


「ん、おまえ何してんの」


僕は目を閉じて、引っ込めて、それから顔を彼の方に向けて答えた。


「スマホ拾ってたの。」


カラカラと自転車を手押しして近づいてきたのは、話したことのない男の子。


「ふーん」


彼は橋の手すりに自転車を立て掛けて、僕のすぐ側で川を覗き込んだ。


「その川ん中にあるのか、おまえのスマホ」

「うん。」

「この高さから落としたなら、恐らく壊れてるぞ」

「うん。」

「・・・拾うの手伝おうか?」

「うん。」

「じゃあ、ちょっと待ってろ」

「うん。」


彼は鍵をかけた自転車をこの場に置いて、堤防から河川敷への階段を駆け下りていく。ズボンを膝まで捲って、バシャバシャと僕のスマホを拾ってくれている。


僕はスマホを取り出して、目を開いて、それから目を伸ばして一緒に僕のスマホを拾おうとした。


「おい!おまえスマホ持ってるじゃねえか!」


彼は急に大声で僕を怒鳴ったので、僕はびっくりしてスマホを落としてしまった。


強い風が吹いて、僕が落としたスマホは男の子の頭に当たった。バッシャーンって大きな水しぶきが立った。


彼の自転車の前かごはほとんど空っぽ。僕がそこから取り出せたのはスマホだけ。


僕は目を開いて、目を伸ばして、男の子を拾おうとした。でも、もうその子はどこにも見つからなかった。


「また帰っちゃったのかな。」


僕は目を閉じて、引っ込めて、諦めて歩いて家に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る