どうしても伝えたくて

「さとるー」

「どうしたんだくがっち?」

「この日なんだけど、ちょっと用事入れてもいいかな?」

 くがっちが悟に予定の相談をしていた。

 腹筋BREAKERに向けてネタ作りとネタ合わせを進めていく必要があるので、 極力用事は入れたくないというのがお互いの本心だろう。

 だが、それでもくがっちは入れておきたい予定があるという事だ。

「俺はいいぜ、その間ネタ考えておくから」

「ありがとうさとる!」

「用事が終わったら腹筋BREAKERに向けて準備していこうぜ」

 悟はくがっちに気を遣わせないように送り出してくれていた。

 相方に恵まれてよかった。

 くがっちはそれをつくづく実感していた。

「ちなみにくがっち、誰かと会う予定なんだ?」

「マルコス友蔵さんって知ってる?」

「悪い、ちょっと聞いたことないかも……」


 悟の質問にくがっちがよどみのない答えをしているので、悟は一安心だ。

 もちろんくがっちを信じていないわけではないが、何らかの心の隙に付け込んでくる奴がいるものだ。

 悟はくがっちの純粋さに付け込む奴がいそうな気がしたので、その点を心配していた。

 ちょっと気になった悟は検索をし始めた。

「この人かあ~」

「さとる知ってるの?」

「小さい頃にイベントで見たことある。って言っても、その頃はまだコンビだったけどな」

 悟が昔を懐かしみながら話をし始めた。

「じゃあいいの?」

「おう、行ってらっしゃい」

「今度さとるもマルコスさんと会ってよ」

「そうだな。マルコスさんにもよろしく伝えといて欲しいぜ」

 こうしてくがっちは悟から了承を得て、マルコス友蔵に会うことを決めたのだった。



 約束していたカフェの前で、くがっちはマルコス友蔵を待っていた。

「どこなんだろ? マルコスさんは?」

 くがっちが周辺をキョロキョロしながら、マルコス友蔵の姿を探していた。

 そんな時だった。

「やあ、くがっち。久しぶりだねえ」

「マルコスさん、お久しぶりです!」

 マルコス友蔵に会えてうれしかったのか、くがっちは万遍の笑みだ。

 トレードマークである白いシルクハットの下はスキンヘッドだった。

 これでサングラスをかけているので、知らない人からすると結構いかつい印象を受ける。

「さあさあ、続きは入ってからにしよう」

 マルコス友蔵に先導され、くがっちもカフェに入っていった。

 カフェは静かな雰囲気で、話をするにはちょうどいい。

「くがっち、話があるってどうした? 怪しいビジネスか?」

「へえっ、何ですかそれ?」

「悪い悪い、冗談だよ」

 マルコス友蔵がパンチの効いたボケをかましてみるも、くがっちにはよく分からなかったようだ。

 そんなくがっちを見て、マルコス友蔵は悪いことを言ったと思い謝罪した。

「実は、相方と漫才の大会に出るって決めたんです!」

「そうだったのかあ、どこの賞レースなんだい?」

「腹筋BREAKERに出ます!」


 くがっちが改めてマルコス友蔵に報告をした。

 そしてそれは、くがっちの決意表明でもある。

「おおっ、いいね! あの賞レースはおいらがコンビだったころにはまだなかったなあ」

「確か、今回が11回目です」

 マルコス友蔵の言葉を聞いて、くがっちはマルコス友蔵の芸歴の長さと、ピンで活動し続けているという事実を噛みしめた。

 いくら当人どうして決めたとはいえ、辛い決断だったのだろう。

 今のくがっちには悟なしの芸人生活はもとより、一人の人間としての生活だって成り立ってはいなかっただろう。

 それどころか死んでいたかもしれない。

「まだまだコンビとしても人間としても若いくがっちだ。もっともっと上を目指せるから是非とも一生懸命にやって欲しいね」

「ありがとうございます!」

「確か、今回のお題が発表されたけど、くがっちはネタって作ってるの?」

「はい、うちは二人それぞれで作ってますんで。それで持ち寄って細かいところを仕上げるような作り方をしています」

 マルコス友蔵の質問に、くがっちが丁寧に答える。

 くがっちの話を聞いたマルコス友蔵が思わず目を見開いていた。

 それはサングラス越しでもよく分かるほどだった。


「最近はそういうコンビもいるというのは聞くけど、くがっちもそうだったんだね」

「そうなんですよ」

「恥ずかしいことに、おいらはネタを作ったことが無くてさ。コンビ時代は完全に相方任せだったよ。そしてそのくせ文句は人並みに言っててさ……。ピンになってようやく気付いたね。ネタ作りの難しさというものを……」

 マルコス友蔵が苦しそうに昔話を始めた。

 どうやら当時の相方とはネタのことで揉めていたようだ。

「くがっちの話を聞いてたら、何だかおいらが言ってたことって杞憂だったんだなって。初めて会った時にした話、覚えているかい?」

「はい、今でも大事にしています」

 マルコス友蔵がしみじみとした表情でくがっちに語りかけた。

 くがっちは真っ直ぐな意見と表情をマルコス友蔵に向けている。

 マルコス友蔵にとっては、そんなくがっちが素敵でもあり、羨ましくもあり、そして真正面から受け止めるのが苦しくもあった。

「そうか、くがっちは素敵な相方に恵まれたんだね。これは素敵なコンビになりそうだ。腹筋BREAKER、くがっちが大活躍するのを楽しみにしてるよ」

「ありがとうございます! マルコスさん、良かったらまた大喜利に参加してもいいですか?」

「もちろんさ、こっちはいつでもウェルカムだから」

 くがっちの元気いっぱいの質問に、マルコス友蔵が優しさに溢れる笑顔で返してくれた。

「おいらもくがっちの応援に行くからね、漫才楽しみにしてるよ」

「ありがとうございます! とても嬉しいです!」

 こうしてマルコス友蔵に無事報告を終えたくがっちは、腹筋BREAKERに向けてのネタ作りのために再び動き出す。

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