第51話 遙かな未来への落とし物
祭りから二日後、笑美と二人でバスに揺られ、隣接する市のショッピングモールに来た。二人ということで、笑美はとても上機嫌だ。いつも常に誰かいたからな。遙香とか遙香とか。
「どこか行きたいところとかあるのか?」
「んー、特にないかな。二人でブラブラするのもいいかなって」
そう言うと、高そうな店のガラス越しに服を見る。笑美も俺と同じでお洒落に興味がないと思っていたが、それなりに見て楽しんでおり、こういう所でちゃんと女子なんだと認識する。
「この店の服は大人って感じだな」
「ね、お金もないし、身の丈に合った物を選ばないと」
笑美は楽しそうだが、俺はまだ考えている。結局祭りのあとはみんなでご飯をして解散となり、何の話も出来ていない。
「ずっと考え事してるよね。答え出ない?」
「それもあるけど、落ち着かないんだよ」
「苦手だもんね、こういうとこ」
賑やかで明るくて酔いそうだ。テナントじゃなくて、個人経営の本屋か模型屋が恋しい。
あてもなく歩いていると、通路上にいくつかあるアンテナショップの一つで笑美が足を止める。シルバーアクセサリーというやつだ。
「ほしいのか?」
笑美は装飾のないシンプルな指輪を手に取り、少し考え込む。お値段はジャスト五千円。これには笑美が悩むのも頷ける。俺たち高校生がほいほいと出せる金額ではない。
俺はそれを手に取ると店員に渡し、可動域の広がってきた右手でぎこちなく財布を取り出し、左手でお札を数える。
「え、あ……いいよ」
「いいって。今日は誕生日だし、俺はなし崩し的にバイト代がもらえるようになって結構経つし。何より世話になりっぱなしだからな」
「えー……うん、じゃ、ありがたくもらうね」
恥ずかしそうに店員から受け取ると、早速右手の薬指にはめてご満悦だ。指輪を付けた右手で俺の左手を握り、右手が動くようになってきたとか、どこでご飯を食べようかとか話しながら横を歩く。
「あっれ!? 笑美と伴じゃん!」
真後ろから聞き覚えのある女子の声。振り向くと、そこにいたのは近藤真穂と江口桜だ。笑美は慌てて俺の手を離すと、二人に向き直る。
「笑美、気にしないで存分にくっついてていいから。いやいや、仲が良くてうらやましいねえ」
江口が一人で頷くと、ふわっとした茶髪が揺れる。笑美は真っ赤になり、どうにもばつが悪そうにうつむく。
「お前らも買い物か」
「暇を持て余しててね。いやー、来て良かった。良いものが見れた。感慨深い」
近藤も江口に続いて頷く。俺たちは見世物じゃないぞ。
「あ、そうそう。ちょうど良かった。伴に頼みがあるんだけど」
「メシなら奢らないぞ」
「そうじゃないよ。それもお願いしたいけど。あのさ、屋形君と遊びに行きたいんだよ。笑美からは頼みにくいだろうし、お願い、間に入って! 屋形君が女子苦手で心配なら一緒にどこか行こうよ」
俺の前で手を合わせ、上目遣いで顔色を伺う江口に、遅れて手を合わせる近藤。俺と笑美は顔を見合わせる。
「まあいいか。あいつもいつまでも女子が苦手とか言ってたら駄目だし。モテすぎるのも考えものだな」
「屋形君は競争率高そうだよねえ」
俺たちは揃ってため息をついた。
「男の人数増えてもいいか? 具体的には田宮だ」
「じゃあ、こっちも愛姫呼ぶよ」
こうして、三人娘と屋形。ついでに田宮と遊ぶという話の大枠が決まった。
「伴と田宮はあのロボットのバイト代があるだろうし、これは当日が楽しみだな。いやー、持つべきものは男友達だ」
「真穂、自分の分は自分で出してね」
「え? 笑美が言う? どうせ右手のそれ、買ってもらったんでしょ?」
めざとく見つけられると、笑美は右手を隠す。
「あ……うん、これは労働の対価というか……」
「普段アクセサリーとかに興味を示さない笑美がねえ。ほら見てよ、薬指だよ」
近藤と江口、二人の笑美いじりが始まった。笑美の右手を掴む江口に、俺も少し楽しくなる。こいつら案外楽しいな。
「はい、すみません。さっき買ってもらいました。誕プレです……今日誕生日です」
笑美は素直に白状した。
「そうかそうか、そういえば今日だったか。ごめん、邪魔した上に完全に忘れてた」
今度は近藤が謝る。憎めない奴だ。
「いいよ別に。お小遣いだけじゃ厳しいもんね」
「やっぱり、当日は伴と田宮のお金をあてにしてだな……」
まあ、使う用事があまりないので貯まってはいるけどな。最近、欲しい新作キットも再販もないんだよ。しかし、ここは黙っておこう。
「冗談はさておき、連絡待ってるよ。じゃ、またね!」
二人は手を振ってフードコートの方へ歩いて行く。それを見送ると、俺たちはショッピングモールの外に出た。すっかり日が高くなり、五月とは思えない暑さに歩く気力も失せる。
「あっついな。冷たい蕎麦が食べたい」
「賛成。うどんでもいいよ。ほんとに暑いよね」
じっとりと汗をかくが、それでも手は離さない。こういう関係になって初めて見る一面だ。笑美はこんなにベタベタくっつく奴だったんだな。歩きにくい。歩きにくいけど、こういうのも悪くないな。
俺たちは地元ローカルのうどんチェーンに入り、それぞれざる蕎麦とざるうどんを食べて帰った。バスの中でもずっと嬉しそうに右手を眺めていたので、今度は仕舞っておく箱を買ってやろう。指輪をして学校に行くわけにもいかないしな。
夕方、笑美が帰ると屋形に連絡を取る。色々と思うところがあり、面と向かって話したいので役場に呼び出した。休日でも駐車場は開放されている田舎クオリティだ。俺は歩いて向かう。早く自転車に乗れるほどに回復しないと、移動にも時間がかかるな……。
「お待たせ。疲れた……」
「今日は片山さんとデートだったんでしょ?」
「それでショッピングモールを歩き回ったりしたからな。その上これだよ。マジで疲れた」
足がパンパンだ。スマートウォッチでもあれば今日の歩数と運動量が出せるんだろうな。
「それで、話って何?」
自販機で水を買うとベンチに腰掛ける。夕日に照らされる駐機姿勢のAAを見上げて、一口飲む。
「まず一点。女子と遊びに行かないか? いや、お前が女子に囲まれまくるから苦手なのはわかる。遊ぶのはいつも笑美と一緒にいる三人。俺と笑美も行くし、それに田宮も呼ぶ予定だ」
「う……イヤだなあ。でもその人数でそのメンバーならなんとか……」
「よし、じゃあ予定はまたすり合わせよう」
「うん、学校帰りでも良さそうだけど」
「長谷川さんにめちゃくちゃ怒られるぞ。俺たちだって読んでない生徒手帳の校則のページを読み込んでるからな」
長谷川さんはもう少し融通がきかないものかと俺たちは笑い合う。
「ところで、屋形は未来に帰りたいと思ってるか?」
「うーん……そうだね。やっぱり帰りたいかな。こっちも居心地いいんだけど、向こうには家族もいるし、覚えたいこともたくさんあるし。正直、戻れるなら戻りたいけど、かなり悩むね」
「あら、私はこっちでも全然いいわよ」
「うわ、遙香なんでここに?」
突如現れた遙香は俺の自転車に乗っている。よく見ると結構な汗をかいているし、カゴにはタオルとスポーツドリンクが入っている。
「笑美が帰ったあとにあんたが出掛けたのが見えたし、最近読んだ漫画の影響で自転車で走りたかったから、走り回ってたのよ。スポーツ用のがほしくなるわね」
タオルを手に取ると汗を拭きながら言う。俺の愛車を酷使しないでほしいな……。
「で、どうせここだろうなって来たわけよ」
「遙香はこっちでもいいってずっと言ってるけど、実際に帰れるとしたらどうなんだ?」
「そりゃ帰れと言われたら帰るしかないわよね。こっちには未練も情もあるけど、戸籍はないし」
「青島さんは、もうすっかりこっちの人だよね」
「だって、居心地いいのよ。あんたも伴家に居候したらわかるわよ。大の部屋なんか天国よ」
「居候が勝手に居候を増やすようなこと言うなよ」
「あんたが悪いのよ。あんなに居心地良くして。エアコン、漫画、ゲーム完備よ!?」
でも両親の漫画部屋に比べたらまだまだだ。あの部屋のために俺が一人っ子だという冗談も冗談に聞こえない。
「大は私たちを未来に帰したいって言ってたわね。それは、やっぱりあるべき形を重視してる?」
「それはそうだろ。でもな、お前たちがいなくなるのも寂しいんだよな」
「あるべき場所にあるべき形って言うなら、僕と青島さんがこっちに来たのもそういうことかもね。実際、馴染んでるし」
なるほど、屋形の言うことも一理ある。
「でもな、現代技術でどうにもならない、こんな巨大なロボットがあるのはやっぱり不自然なんだよ。これのおかげで技術が発展するかというと、やっぱり再現できる部分が全然ないって話だし」
「グダグダ考えてるのもキャラじゃないわね。あんたが原因だとしたら、行き来できるようにするくらい考えなさいよ。一方的に帰らせるなんて言わないで」
「それは青島さんに賛成だね。僕も行き来できたら楽しいし」
そうか、その発想はなかった。そういう可能性もあるのか。
「ねえ、気分転換に、久しぶりに乗ってみない?」
遙香が親指で後ろのAAを指す。その顔はいたずらをする子どものようだ。
「怒られないかな。それに伴君はまだ右手が全然だし、乗れないんじゃない?」
「だったら寿和が先に乗って、赤の手に乗せてコクピットに運べばいいのよ。どうせ元々私たちのものなんだから、怒られるいわれもないわね」
仕方ないなという感じで屋形が赤のコクピットに収まると、腕を操作して俺を乗せ、運ぶ。横を見ると、もう遙香も青のコクピットにいるようだ。
コクピットに置いてある無線を装着すると、早速話しかけられる。
「どう? やっぱりあんたはここでしょ」
「そうだな。この狭くて薄暗い場所がいいな」
「伴君、それじゃネズミみたいだよ」
狭いコクピットに屋形と無理矢理乗っているが、なんとか操作して立ち上がらせると道に小さな光が動くのが見えた。自転車のようだ。その光が近づいてくると、乗っているのが笑美だとわかる。
「あら、一番見つかりたくない人に見つかったわね」
「やっぱりここにいた! 無理はしないでって言ってるでしょ!?」
下から叫ぶ笑美にAAでピースサインを出すと、スマホにメッセージが届く。形原さんだ。
「ちょっと待って。形原さんからメッセ来た」
目を離すとすぐこれだからと怒っている。ごめんって。
「ごめんね、私たちがそそのかしたの」
遙香もこう言ってるし、俺のことだけは許して欲しい。
『例の模型の件、試作が出来ているそうだ。もちろんプロの監修だが、君の意見も取り入れたいとのことなので、連絡が欲しい』
スマホに表示される事務的なメッセージに添付された画像は、今まさに俺たちが乗っているAAのスケールモデル。未塗装だがすごく良い。これはプラモデルではなくフィギュアか。これに色が付いたら。オプションで何を持たせるか、夢が広がる。
「ば、伴君!」
「大! これ……!」
スマホに表示される画像を眺めていたら、遙香と屋形が急に大声を出す。と、同時に全てのシステムがダウンする。ヤバい。AIだけならまだしも、システムダウンで全てが動かせないのは問題だ。幸い、AAのシステムとは関係ない無線を使っているので遙香に問いかける。彼女もまったく同じ状況のようだ。最近は何もなかったので完全に忘れていた。迂闊だった。俺は極力感情を抑えなければならなかったのに。
前回と同様、システムは自動で再起動するが、AIが起動しない。モニターも死んだままだ。俺はハッチを開き、目視とマニュアル操作で、遙香の乗る青がバランスを崩さないように動く。
青を支えると安全のためにこちらのハッチを閉じ、例の現象に備える。今度は何が来る? AAか、また部品か。
「笑美、離れろ!」
外部スピーカーで笑美に叫ぶ。そして──。
笑美を残して、俺たち三人と二機のAAは空間の歪みに飲み込まれた。
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