第41話 入院する。一回休み。
「いってえええええええ!!」
銃弾は左足をかすめ、走る激痛にバランスを崩した俺は地面に向かって落ちていく。こういうとき、本当に視界がスローになるんだな。とっさに左腕を伸ばすが、掴まることのできるものもないし、仮に掴まったとしても、落下する体を片腕のみで支えるのは無理だろう。寝そべったAAからで大した高さじゃなくて良かった。そんな思考が出来るほど、ゆっくりと動いているように感じる。
「おぉ前えええええッ!!」
右肩から地面と激突し、痛みにうめきながら立ち上がれずにいると、遙香の雄叫びが聞こえた。声のする方をみると、発砲した犯人に横から腹に蹴りを一撃。拳銃を落としてよろめいたところに正面から肩を掴んで腹にもう一撃。今度は膝だ。膝をモロにもらった犯人が嘔吐したように見えるが、暗くてよくわからない。しかしそんなものは構わず、頬に肘。髪の毛を掴んで引き倒すと、仰向けにさせマウントポジションに。
そこで拳銃をしまった駐在さんが慌てて遙香を止めに入り、犯人から引き剥がされた。長谷川さんと形原さんが俺に駆け寄る。
「大君、大丈夫!?」
「すみません、弾は足をかすめただけみたいですが……」
右腕が動かない。右腕で踏ん張れないので、形原さんに肩を借りてようやく立ち上がると、右腕はだらりとぶら下がるだけ。指は動くが。
「すまない……」
形原さんが申し訳なさそうに一言。
「謝らないでください。予想出来なかったことですし」
俺たちは誰も悪くない。あとは法の仕事だ。
「大! 良かった!」
駐在さんを振り切った遙香が俺に抱きつく。
「遙香……ゲロくさい……」
「遙香ちゃん、上着脱いでもらえる?」
泣きながら俺に抱きつく遙香からそっと距離を取る長谷川さんと、遙香に俺の体を預ける形原さん。怪我人にこの仕打ちはひどいと思う。
「良かった……良かった……」
うわごとのようにそう繰り返す遙香に何も声をかけられなかった。
隣の市から警察の応援が来るとほぼ同時に、俺は救急車で運ばれる。我が町には市民病院のような施設も大きな私立病院もないので隣の市まで救急車に揺られることになった。遙香も一緒に来るとごねていたが、コクピットに閉じ込めたメンバーの処置やAAを所定の位置に戻したりと後始末があるので、なんとかなだめて残ってもらう。しかし、今になってめちゃくちゃ痛くなってきたぞ。
そうだ、親に連絡しないと。あぁ、めんどくさい。
救急隊の人に頼んで、上着からスマホを出してもらう。うわ、画面バッキバキだ……。
「長谷川さん、すみません。親に連絡お願いしていいですか? ついでに、予備の古い端末も持ってきてもらいたいと」
「安静にしてなさい。病院に着いたら電話しておくわね」
付き添いの長谷川さんは、俺の頭をぽんと叩くと形原さんにメッセージを送っているようだった。
病院で足の怪我を診てもらったところ、本当に大したことはないので今後に問題は出ないとのこと。ついでに右足首捻挫。どこかでひねったっけ……。
軽傷だった足とは対照的に、右腕が動かないのは鎖骨の骨折だった。利き腕……利き腕かぁ……。
先生の話を聞くと、ポッキリいっているので、手術してボルトを入れるとかどうとか。お父さんお母さん、僕は改造人間になります。
入院は三日ほどで良いらしく、あとは通院とリハビリを含めて全治三ヶ月から四ヶ月と言ったところだったが、長谷川さんが説明中に口を挟んだ。
「彼は岡ノ島町に住んでいますので通院は大変ですし、少し入院を長く出来ませんか?」
「いえ、高校は近いから遙香たちと一緒に……」
「ほっとくとあなた、またAAに乗ろうとするでしょう?」
親や形原さんとの話を待たずに進められ、一週間の入院が決定した。一週間で済んで良かったと思うことにしよう……。
この短時間でどんな力が働いたのだろう。俺が入院する病室は、親戚が集まれる広さのある我が家のリビングよりも広く、木目調の壁紙の貼られた、落ち着いた雰囲気の高そうな個室だった。無線LANもあるし、比較的大きなテレビもヘッドホンもある。四人部屋とかはいやだけど、どうせそういうところに入ると覚悟していたので完全に予想外だ。
夜が明ける頃、ニュースで俺と遙香が派手に立ち回った報道を聞きながら白みがかる空を眺めてうとうとしていると、ドアをノックされる。長谷川さんだ。
「親御さんに連絡しといたわよ。着替えと予備のスマホ持ってきてくれるって」
「ありがたいです。もう暇で暇で」
「本当にごめんなさい。四人目に誰も気づけなくて」
長谷川さんがテレビに目を向けると、誰かがスマホで撮影した映像がニュースで繰り返し流されている。形原さんが説得するところから、俺が青に足払いをしたシーンまでだ。俺が撃たれて転落するところから遙香が暴れ回ったところは、どこの局もカットしている。単純にそこを撮影した人はいないだけか?
「いいんですよ。仕方のないことです。それに、遙香のめちゃくちゃ怖い一面も見れましたし」
「そうね、あの子を本気で怒らせたら駄目ね」
二人で小さく笑い合う。
「それじゃ、私はもう行くわ。今日は笑美ちゃんはバスで通学してもらわないと、私も体が持たないわね。後でご家族が来られるからちゃんと寝ておくのよ」
長谷川さんが出て行くと、静かな部屋にニュースキャスターの声だけが聞こえる。俺はテレビの電源を切ると、ようやく眠りについた。
数時間後、俺は話し声で目を覚ました。面会時間になったのか、窓の外もすっかり明るくなり、母さんが学校や職場に電話をしており、その横では親父が壊れたスマホからSIMカードとSDカードを抜き取り、古いスマホに移してくれている。
「あー、おはよ……」
「無事で良かった。長谷川さんから救急搬送されたって聞いたときはびっくりしたけど、倒れたAAからで高さもなかったし、頭からじゃなかったみたいだし」
「本当、そこは運が良かった。撃たれたのもかすっただけみたいだし。素人が拳銃で撃ったのがかすること自体、運が悪いのかな。ま、生きてるし」
「で、正式に入院の手続きをしてきたんだけど、何だこの部屋。この病院ってこんな部屋あったんだな。すごいなお前、まるでVIPだぞ」
親父は豪華な個室に驚いている。無理もない。
「一日あたりいくらくらいかかるのか、考えたくないよねぇ」
母さんも少し引いている。
「今回の入院というか、治療費まで全部局がお金を出してくれるそうだぞ。形原さんが地面に穴が空く勢いで頭を下げてな」
「そんなの、運が悪かっただけなのに。俺たちは誰も悪くない」
「即席で作ってそのままとはいえ、一応相手は国の機関だから、高校生を使って怪我させたというのがな。そりゃ体裁も悪いだろう」
なるほど、そういうものなのかな。でもこの部屋はやりすぎでは。
俺の今後の流れを親から聞くと、午後にじいちゃんとばあちゃんが顔を見に来ると最後に言い残し、仕事に向かった。一人息子が救急搬送されても休めない日本人。おかしいよ。
しばらく動作のもっさりとしたスマホにアプリをインストールしてみんなに連絡を取ったり、回診に来た先生と話したりしていると、昼食の時間だ。病院食というやつは精進料理かと言うほど質素で薄味だと聞いたことがある。時間が時間だったので朝食はすっ飛ばしたが、いざ勝負。
結論から言うと、噂に聞くほど悪くはなかった。なんだ、ちゃんと食えるじゃないか。特に漬物は良かった。うちのばあちゃんの漬けているぬか漬けのような味だ。素晴らしい。たくあんもキュウリも本当にうまかった。
昼食後に祖父母が来ると、ばあちゃんはリンゴをむいてくれる。内臓はどこも悪くないのだから、好きなものを好きなように食べて医者に怒られるいわれはないとのこと。それはそうかもしれないけど、いいのかそれ。
「大はちゃんと仕事したのか?」
じいちゃんが真面目な顔で口を開く。
「こんなことは初めてだし、というか一般的じゃなさ過ぎるからちゃんとしてたかはわからない。でも、考えられる限り被害を最小限に抑えられたとは思ってる」
役場の駐車場の舗装は傷めちゃっただろうけど。
「そうか、お前がうまく出来たと思うならそれでいい。よくやった」
「遙香ちゃんはやりすぎたと聞いたけど、不問だねぇ。聞けば、相手は暴力団みたいだし、警察から奪った銃を人に向けて撃ってるしねぇ」
よくわからないが、弱小暴力団が抗争中の組に一矢報いるために、AAに目を付けらしいということ。まともに操れたら、一矢報いるどころか壊滅も夢じゃなさそうだ。ものすごく血なまぐさい話になりそうだけど。
「それじゃ、元気でいることも確認できたし帰るかねぇ。大が帰ってきたら美味しいものでも作ろうか」
「ばあちゃんの漬物があればそれでいいよ。じゃ、気をつけて」
さて、昼寝しよう。絶対的に睡眠が足りてない。しかしそんな願いは叶わない。半端に寝たところでまたドアがノックされる。看護師さんが来たのだろうか。
どうぞと返事をすると、笑美と田宮、その他クラスの数人が来た。ああそうか。気づけば授業は終わってる時間か。頼むお前たち、寝かせてくれ。
「大、お前どんどん普通の高校生じゃなくなってるな」
田宮以下数人、例によってこの個室についてのツッコミだ。おかげで我が家がものすごい資産家だとか、とてつもない政治力があるのだとかという疑惑が出ている。
「でも、無事で良かったよ。朝おばさんから連絡もらったときはすごく心配したけど」
直後に長谷川さんから眠いので送迎なしという連絡ついでに、俺の詳細を聞いたらしい。
「左足に銃弾がかすめたのと、右鎖骨骨折、右足首捻挫。とりあえずこんなところ。明日手術でボルトが入るらしい。利き腕が使えないから、スマホが使いづらいのと、左手でフォーク使ってしかメシが食えないのが不便だな」
「それよりも大、かわいいナースさんはいたのか? こんな部屋だから、そりゃそういう人が担当なんだろ?」
「俺の苦労話をそれよりもってお前……まあいい。それが聞いてくれ。婦長と呼ばれるおばさんしか来ない。安心感は半端ないぞ」
「こら、笑美もいるのにそういうこと聞くんじゃないよ」
こんな時にも男子は馬鹿だねと女子たち。男子ってのはこういうもんだ。
「まあ、仕事は安心感あるだろうけど……。それで青島さんはどうしてるんだ?」
「警察かな……いやわからんけど」
「何したんだよ……」
「いや、俺が撃たれてAAから転落した後。ここから各報道機関がニュースにしてないところだから聞かなかったことにしてくれ」
遙香が犯人の一人を格闘ゲームかという動きで制圧というには激しすぎる立ち回りをしたという話をしたら全員引いていた。わかるよその気持ち。
笑美の手前、泣きながら抱きつかれた話は胸にしまっておく。
「じゃ、笑美。私たちはもう帰るから。ちゃんとお世話しなさいよ」
女子の一人がそういうと、男子たちも一斉にいなくなる。
笑美とふたりきり。特に会話もなく、静寂が数分続く。こんなことは当たり前なので特に気にせずスマホの設定の続きを進めていくが、ふと視線を上げると、じわじわと笑美の目に涙がたまっていくのがわかる。
「大……無事で良かった……撃たれ、て、落ちた……聞いて……」
言葉が続かないようだ。友達の前で必死に我慢していたが、堰を切ったように涙がこぼれる。左手で頭を撫でると、さらりと指の隙間を髪の毛が抜けていく。
「ごめんな。でも、ちゃんと生きてるから」
「駄目だよ……腕も、つ、使えないし……」
「不便だけどしばらく左手でなんとかするしかないな。鎖骨とは言え骨折だし、ちゃんと治るらしいから心配すんな」
「じゃあ、私が、手伝ったげる」
大分感情が落ち着いてきた笑美は、鼻をすすりながら、しばらく俺の右腕の代わりをすると宣言をした。
「いいって。自分でなんとかする」
「駄目。絶対ゲーム感覚で無理するし……」
ちょっとした言い合いは、ノックもせずにドアが開くことでピタリと止まる。
「大、来たわよ! あ、笑美もいるじゃない!」
遙香だ。いきなりうるさくなる。
「しっかし立派な部屋ねぇ」
もうそのくだりはいいよ。何回説明させられるんだ。
「遙香は無事なの?」
さっきまで泣いていた笑美は、目を腫らしたまま遙香を心配する。
「私は平気よ。ちょっとやりすぎたって怒られたけど」
「今までどうしてたんだ? 警察に連行されたとか?」
「爆睡してたわね! だから今は元気よ!」
親指を立てて、そんなキメ顔で言わなくても。
遅れてドアがノックされ、買い物袋を持った長谷川さんが部屋に入ってくる。
「元気そうで安心ね。笑美ちゃんも、私たちのせいで心配かけてごめんなさいね」
長谷川さんが頭を撫でてやると笑美は大丈夫と答えるが、まだ少し涙の跡が残っている。
「遙香ちゃんと買ってきたおやつ食べる? アイス冷凍庫に入れておくから」
長谷川さんは買い物袋からアイスを出すと、冷凍庫に入れる。そして次に、ガラスの容器に入った高そうなプリンが出てきた。これは食べたい。しかし開けるのが難しいな。
笑美が長谷川さんからプラスチックのスプーンとともにプリンを受け取ると、蓋を剥がして中身をすくう。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがと」
うまい。濃厚な味となめらかな舌触り。安くつるっと食べられる100円のプリンも好きだが、たまに食べられる高いプリンは別格だ。
「ふーん、見せつけてくれるわねぇ」
遙香が自分のプリンを食べながら、やや不機嫌そうに言う。
「だって大は利き腕が使えないんだよ?」
眉をひそめて笑美は言う。そう、片手だけじゃペットボトルの蓋を開けるのもままならない。ましてや、利き腕が使えないのだ。
「そうね、片手で開けて食べれるものを選ぶべきだったわね」
そう返す遙香の視線は、笑美に少しキツく向けられている。
「それは助かる。誰もいないときはどうしようもないし」
「でしょ? じゃ、今度はそういうの選んでくるわね!」
一転して機嫌が良くなる。表情のコロコロ変わる奴だ。
「笑美も自分の食えよ。せっかく買ってきてくれたんだから」
「私は後でいいよ」
言いながら、次をすくう。そこまで俺に気を遣わなくてもいいのに。
「じゃ、俺も残りは食後に取っておくかな」
口元に運ばれたプリンを食べると、笑美が残りに蓋をして冷蔵庫にしまう。
「こんなに美味しいから、あとに取っておきたい気持ちはわかるわね」
遙香と長谷川さんははもう食べ終えている。長谷川さんは食べ終えた容器を買い物袋にしまうと立ち上がる。
「さて、私たちは帰るわね。あとは何か必要なものはある?」
「暇つぶしはスマホがあればいいし、特にないです。ありがとうございます」
「そう。じゃあ何か困ったことがあれば言いなさい。ほら遙香ちゃん、食べたなら行くわよ。笑美ちゃんも乗ってく?」
「いえ、後で大の親が来るから、私はそっちの車に乗せてもらいます」
遙香と長谷川さんが帰ったあと、いつもより早い病院の夕食時間になり、笑美に手伝ってもらって、というか食べさせてもらっていると母さんが来た。
「あら、笑美ちゃんありがとうね」
母さんはなんだか嬉しそうだ。
「笑美ちゃんにはいつもお世話になってるから、またご飯でも行きましょ」
「じゃ、大が退院してからかな?」
本当に仲が良いな、この二人。
母さんが持ってきてくれた荷物の中に、リモート授業用のタブレットがある。無線LANにつなげたところで春休みまであと数日で、しかも明日は手術だけど。
「ま、授業眺めてるだけで暇つぶしもなるかな」
「状況が状況だし、先生には寝ていても仕方ないってそれとなく言っとくから、接続だけはしときなさい。印象操作は大事よ」
「田宮君たちがノートは取っておいてくれるらしいから。私はクラスが違うからごめんね」
笑美はどこまで俺のサポートをする気なんだ。
「ありがたいけど、自分のこともしろよ。俺もなるべくやれることは自分でやるから」
「それがだめって言ってるの」
怒られた。すみません。
食後は上だけ脱いで体を拭いてもらった。さすがにこれは上半身だけで勘弁してほしい。
「右肩、すごいアザになってる」
「鎖骨が折れたおかげでそこが助かったってことかな」
少し寒いから早くしてほしい。
「ほんと、大した高さからじゃなくて良かったね。低くても頭からだったらヤバかっただろうし。これからはヘルメットもいるかもね」
母さんの言うことはもっともだ。よく考えると、駐機姿勢でもそこそこの高さにコクピットがあるもんな。
「となると、無線もヘルメットの内側に仕込める奴を買ってもらうべきか」
暖かいタオルの感触を背中に感じながら思案する。
「もう乗ること考えてるの!?」
また怒られた。すみません。
母さんは、そんな俺と笑美のやりとりを眺めて微笑んでいた。
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