第28話 嵐
クリスマスイヴ。特に予定のない俺は今日も役場でAAのコクピットの中にいる。今日から冬休みであり、非常に迷惑な話ではあるが、昨日笑美が学校から持ち帰ってくれた課題をここでこなしている。なぜなら観光客もすっかり足が遠のいていて、コクピットの中で暇だからだ。
モニターや各スイッチの灯りだけでは薄暗く手元が見づらい。そこで持参したLEDランタンをぶら下げた。悪くない。デスク代わりはコンソールパネルだ。多少でこぼこしているが、下敷きがあれば問題はないレベルだ。
「暇ねぇ」
遙香からスマホにメッセージが届く。この機体、通信機能とかないの?
「観光客、減ったよな」
せっかく夢の巨大ロボットがあるのになんということか。ロボットアニメといえば、かつては日本のアニメのお家芸だったらしいじゃないか。いや、親父が誇張しているだけで実際のところは知らないけど。
「そういや遙香、結局あの落ちてきた右腕はどうなるんだ?」
「私はわからないわね。どこかの企業や研究機関が借りていくんじゃないかしら」
確かに都合良く腕だけだし、AAまるごと運ぶよりは良さそうだな。
そこで話題は途切れ、再び課題をこなす。この狭く静かな空間は課題をするのにすごく良い。多少物の置き場に困ったりするが、そのくらいはたいした問題にならない。冬休み後半は遊んで過ごせそうだ。
粛々と課題をこなしていると、またスマホが反応する。遙香からだ。
「今晩予定ある?」
「わかってて聞いてるのか?」
「ごめんごめん(笑)」
なんか遙香の反応にイラッとするが、確かに予定はない。そう、人とはな。
「悪いけど、クリスマスにAAの展示しか予定がないというわけではない」
「え、予定あるの? 笑美? まさか男ばっかりで集まるの?」
やはりなんだか腹が立つが落ち着け。落ち着いて返信するんだ。
「ネットでな、ちょっと古いロボットアニメの全24話生配信があるんだよ」
「つまり予定はないのね」
即座に暇人認定された。納得いかない。
コクピットハッチにリースが付けられただけの、簡素なクリスマス仕様のAAを見に来た観光客が一人、モニターに映る。よく来るお兄さんだ。この人が撮ったものかはわからないが、雑なクリスマス仕様の二機のAAの写真が少しネットで拡散され、一部のマニアに人気のようだ。局も役場もそこまでお金は出せないので、このくらいしかできないのだろう。
そして、そのお兄さんを最後に俺たちはAAを降りた。もうお客さんも来ないだろう。自転車置き場に行くと、ちょうど笑美が来た。
「ね、今晩予定ある?」
「お前もか……」
「え?」
「いや、何でもない。ロボットアニメの全話一挙配信が」
「じゃ、クリスマスしようよ」
遙香といい、笑美といい、人の話をちゃんと聞いた方が良いと思う。
「いいわね。私も賛成よ」
「じゃ、決まりだね」
俺に決定権はないらしい。どうせ俺の部屋に集まるのに。
三人で買い出しに行く。と言ってもクリスマスらしく大手チェーン店のフライドチキンなどという洒落た選択肢はこの田舎に存在しないので、スーパーの惣菜コーナーでフライドチキンを買う。そしてメインは鍋だ。
「クリスマスに鍋ってどうなの!?」
遙香は文句を言うが、この田舎にいては仕方ない。スーパーがあるだけマシなのだ。
俺は豚肉とネギと大根が入っていれば満足だ。特に豚肉は真剣に選んだ。それにしても、冬は寒いのにスーパーの生鮮品売り場は常に冷えていて、あまり近づきたくないな。
ちなみに遙香は、俺と笑美が食材を選んでいるうちに消えてしまい、お菓子を手に戻ってきた。子どもか。買い物カゴにお菓子を入れる遙香の姿を見て、笑美はクスクスと笑う。
買い物も終わり、俺と笑美の自転車のカゴに分けて荷物を入れ、三人で歩く。遙香も自転車があれば早く帰れるのに。今度局に進言してみるか。
街灯の少ない道をのんびり歩き、自宅が見える所まで来ると、誰かに後ろから呼ばれる。女の声だ。俺たち三人は振り返ると、ウェーブのかかった明るい髪が揺れているのが見える。というか迫ってくる。車から顔を出して運転するのは危ないからやめてほしい。
「ねえ、大の名前呼んでるけど知り合い?」
「俺に女の知り合いがいるとでも?」
「そっか。それもそうだよね。じゃあ、あの人誰かな」
ちょっと笑美さん、今納得する振りしてディスらなかった?
「私よ私、久しぶり!」
道路脇に停めた車から降りると顔を認識できる距離まで歩いて来たが、まったくわからない。困った。
「笑美も大きく……なってないね」
あ、こら、俺の後ろに隠れるな。
「変わんないねえ、あんたたち。あたしだよ。咲希だよ。あんなに遊んであげたのにつれないなぁ」
そうだ、思い出した。数少ない近所の同世代。二つ年上のお姉さんだ。俺たちが中学一年の時に引っ越していった。
「咲希ちゃんか。わからなかったよ」
「大はすっかり有名人じゃん。横にいるのは、噂の未来から来た子? いやー、テレビで見るより美人さんだ!」
テンション高めのお姉さんに、いつも奔放な遙香が押されている。「あ、ども」と返事するのがやっとだ。
「笑美、そろそろ大に隠れてないで出てきてよ」
俺をどかして笑美の前に出ると、まじまじと見つめる。
「うん、体はあまり大きくなってないけど、笑美も美人さんになった。いいねいいね!」
「あの、咲希ちゃん急にどうしたの?」
怯えた感じで笑美が質問すると、それが当たり前といった感じで答える。
「ロボットも見てみたかったし、親と一緒におばあちゃんのところに帰省したんだよ。そしたらさ、同年代みんな就職だ大学だって町を出てて。だったら大のところに行けばいいかって。正解だったね!」
いい顔で親指を立てられても困る。ヤバいな、遙香より自由だぞ、この人。
「で、女の子を二人も侍らせてる大はどっちと付き合ってるのかな? 笑美はずっと一緒だったもんね。それとも突然現れたそっちの子? 美人だから迷うよねぇ。いや待てよ、二人ともって選択もあるよね。あたしも混ざりたいなぁ」
「いや、俺たちは別にそんなんじゃ」
うん、そんなんじゃない。
「そっかそっか。決めあぐねてるのか。いや、いいんだよ。青春だ。でもね、どっちのものでもないなら話は早いね」
俺の自転車のスタンドを立て、腕を引っ張り──。
「荷物と自転車は頼んだ。大を借りるよ」
「はあ? 何言ってんですか!? 大体、こんな田舎でこんな時間に遊ぶところもありませんしぃ!?」
瞬時に沸騰する遙香。怖い。
「田舎だからねえ、やることないよね。でも、だからこそ、それしかやることがないってこともあるよね。あたしは親から車を借りている。田舎では早くに出来婚することが多いって話も頷けるよね、うん。というわけで、クリスマス目前に彼氏に振られた可哀想なあたしが大に慰めてもらうってわけよ。あたしはオタクでも気にしないから安心して!」
「あ、あの、咲希ちゃん。私たちこれからお鍋するからまた今度に」
咲希ちゃんの少し刺激の強い発言に顔を真っ赤にして割り込むのは笑美。遙香は常に動物のように威嚇している。
「お鍋か、いいねぇ。私は豆乳鍋がいいな。肌に良さそうだし。でも私の分までは考えてなさそうだし、また今度ならいいんだよね?」
揚げ足を取りつつ、笑美は相変わらず優しいと一人で頷く。
「いや、そんなつもりじゃ……」
「大、ほんと男らしくなったよねぇ。二人も女の子連れてるくらいだし。また今度デートしようね」
軽く手を振って初心者マーク付きの車は去って行った。疲れた。ほんの数分なのに体力がごっそり奪われた。
「笑美、あの人あんなだっけ?」
「こっちにいた頃はまだマシだったとは思うんだけど」
そうだ。あのテンションはなんだ。元々小さな頃こら遊んでもらっていたが、いや、遊ばれていたが、さらに奔放になっている。田舎から解放された結果なのか。化粧が派手とは言わないが、名乗られなかったらわからない程度には別人だった。そもそも、四年以上会っていなかったのだけど。女の人って怖いな。
しかしこれでよくわかった。俺と笑美が遙香という人間に冷静に対処のは、咲希ちゃんに鍛えられたおかげだと。
「大、塩持ってきなさい!」
四百年後でもそういう風習はあるのか。
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