第6話結婚前夜

 明日は結婚式。

 そのせいだろうか。

 父から「書斎に来い」と呼び出しを受けた。

 書斎に呼ばれるなんて……。

 俺は緊張しながら書斎のドアをノックした。


「入れ」

「失礼致します」


 書斎の扉を開けると父はソファに座って書類を眺めていた。


「そこに掛けなさい」

「はい」


 俺は扉を閉めて父が指し示すソファーに腰をかけた。父は書類から目を離して俺を見る。そして、口を開いた。


「明日はお前とランドルト侯爵令嬢の結婚式だ。式の前に尋ねておきたいことがある」

「はい。なんでしょうか?」

「彼の令嬢と上手くやっていけそうか?」


 父の言いたいことは分かるが、何故、それを今聞く?

 いったいどういった意図で聞いているんだろうか。分からない。


「ソフィア嬢とは上手くいっていなかっただろう?」

「あ、ご存知でしたか」

「当たり前だ。何時まで経ってもこちらに来ようともしない令嬢と上手くいっていると思うほど楽天的ではない」

「伯爵家は上手くいっていると考えていたようですが?」

「あの伯爵家と一緒にするな。あそこの家は、昔からそうだ。文句を言わないのは現状に満足している。問題ない、と考えている節がある。それが大きな勘違いだと気付くこともない。お前も感じたことがあるだろう?」

「……」


 厄介な家だと知っていたんだな。父上は。

 知っていて婚約者に据えたと。金鉱山の為とはいえ、そういう大事なことは最初から言って欲しかった。


「結果論になるが、ソフィア嬢との結婚が無効になって良かった。あの伯爵家と親戚付き合いなど私には無理だからな」


 酷い言い草だ。


「金鉱山の共同管理の時はどうしていたんですか?」

「それは先代がこなしていた。私はノータッチだ」

「……お爺様は先の伯爵と友人関係だと伺いましたが?」

「ああ、よく飲みに行く仲だったな。父上曰く『あの能天気さが良い』とのことだ」

「それはまた……」

「パーと飲んで騒ぐ相手としては最良だったんだろう。父上は酒好きだったからな。ストレス解消に飲んで騒ぐのが好きだったんだ」


 あぁ、酒を嗜む程度の父だ。

 騒いで飲むよりも静かに飲みたい人だ。

 どちらかというと酒より煙草。

 そういえば煙草の本数が最近減ったとメイド達がいっていたな。

 なるほど。

 ソフィア嬢との婚約解消。

 伯爵家と親戚になることは父にとってかなりのストレスだったのだろう。それが無くなったのだ。俺よりも喜んでいるのかもしれない。


「ご安心を。ソフィア嬢とは対極の女性です。夫婦として上手くやっていけそうですよ」

「ならいい」

「それよりも金鉱山の件、本当に宜しかったのですか?」

「あの伯爵家とこれ以上付き合うのは御免被る。金鉱山は後、数年で取り尽くされるだろうしな」

「はい。驚きました。まさか、あの鉱山が……と」

「ああ、当初は数代先のことだと思っていたが……現実とは不思議なものだ。父上が秘かに調査していた結果だからな。間違いない」

「伯爵家は、このことを知っているのですか?」

「いいや。知らなかった筈だ。共同管理なのだ。個人が勝手に調べたことを一々報告する決まりはない。知りたければ自分達で調べろ、ということだ」


 どうやら本当に伯爵家は何も知らないらしい。

 知れば驚くだろうな。

 それとも、なにか不都合があれば爺様が教えてくれると思っていたとか?

 仲の良い友人とはいえ、そこまで頼る方がどうかしている。商売敵といっても過言ではない相手なのに。


「父から言えることは“妻は大事にしろ”ということくらいだ」

「勿論です」


 大きく頷いておく。

 父と母も政略結婚だ。

 熱烈に愛し合っている訳ではない。

 だが、互いに尊重し合い、良好な関係を築いている。

 そこに、お互いの努力と歩み寄りがあったのは息子の俺でも理解はできる。俺とソフィア嬢にはなかったものだ。他国の貴族令嬢であった母からすれば結婚相手が父のように歩み寄れる相手だったのはことは幸運だろう。言葉だけじゃない、文化面においても大きく違うのだ。俺の知らない苦労が両親にはある。


 明日、結婚する。

 妻になるのは侯爵家の令嬢だ。


 彼女となら支え合える夫婦となれるだろう。



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