第4話婚約解消


 三年目の春。

 俺とソフィア嬢の婚約は解消された。


 これはどちらかに非があるとかそういう話ではない。

 性格の不一致とか、相性が合わないとか、そういう類のヤツでもない。

 政略結婚にそんなものは考慮されない。全くないとも言い切れないが、家の利益が重視される。


 じゃあ、なにが理由かというと……


 俺達には全く関係ないところで事件が起こったからだ。








「自由恋愛ねぇ……」

「はい。俄かには信じがたい内容ですが」

「だが、事実なんだろう?」

「はい。王都では恋愛結婚に憧れる子弟達の間で流行っているようです」

「流行りねぇ。それで本当に婚約を破棄する馬鹿がいるとは。世も末だ」


 メルレインが持ってきた報告書に目を走らせる。

 家同士が決めた婚約を破棄するだけでも頭が痛いというのに。

 よりによって“婚約破棄宣言”をするなんて。

 一人だけならともかく、複数人。


 パーティーでわざわざ婚約者を名指しして宣言するのかな?

「真実の愛を見つけた」って、どんなラブロマンスだ。

「運命の相手だ」って、どんな相手だ。


 馬鹿なのか?

 馬鹿なんだな?


 しかも、その相手が男爵家の庶子。

 やらかした男共は揃って上位貴族。

「男爵令嬢と結婚する」と言い出す始末。


 アホの子か?

 大馬鹿者か?


 浮気相手と結婚ってアホだろ。

 それも一人の女に複数の男が手を出した事実に、俺とメルレインは首を捻る。


「これって娼婦に入れあげた案件じゃないのか?」

「残念ながら違います」

「だよな」

「はい」

「この男爵令嬢って庶子だろ? 母親が高級娼婦とか?」

「いえ。男爵家の元メイドだそうです」

「メイド……まぁ、ありがちか」

「そうですね」


 よくある話だ。

 上位貴族には少ないが、男爵家や騎士爵の間では、よく聞く話だった。


「奥方にメイドとの関係がばれて、追い出された後に男爵の子供を妊娠していたことが発覚したそうです」

「それもまたよくある話だな」

「はい。子供はそのまま元メイドの母親が育てていましたが、一年ほど前に母親が亡くなり、男爵が引き取ったそうです」

「よくあるパターンだ」


 恐らく政略の道具にするために引き取ったのだろう。

 貴族に嫁がせるのではなく、商人に嫁がせるために。男爵家の庶子風情では貴族の奥方など無理だ。後妻としても難しいだろう。よっぽど美人なら、まだしも。


「その男爵令嬢に入れあげた結果がこれか……とんでもない話だな」

「大変お美しい令嬢だったそうです」

「なるほど」


 となると、貴族の後妻にするつもりで引き取った可能性もある。だから……か。マナーを知らない娘を貴族の社交場に連れていったのか。

 釣り上げた魚が予想以上に若く大物だった、ってことか。

 父親の男爵にとっては予想外だった筈だ。

 もっともそれを良しとした結果だったのかもしれない。

 上手くいけば上位貴族と縁ができるとでも思ったのか?


 欲があるのは悪いことじゃない。

 だが欲深すぎるのは考えものだ。


 少なくとも、上位貴族の婚約見直しが国規模で検討されることになるとは思ってもみなかっただろう。


「お気の毒に」


 事は宮廷貴族だけの問題ではなくなった。

 やらかしたのは宮廷貴族の子弟ばかり。

 領地持ちのこちらにも余波が来たのだから相当だ。



 こうして、俺とソフィア嬢の婚約は本人の意図しないところで解消されたのだった。




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