[総ルビ]元貧乏エルフの錬金術調薬店(web版)

１８ お風呂とクッキーだよ

●１８ お風呂（ふろ）とクッキー（cookie）だよ

　まだ夕方（ゆうがた）よりちょっと前（まえ）。

　畑（はたけ）仕事（しごと）とかもしたから、お風呂（ふろ）に入（はい）りたいな。

　すっごい楽（たの）しみ。初（はじ）めてのこの家（いえ）のお風呂（ふろ）。

「マリーちゃあん」

「なんですか、変（へん）な声（こえ）出（だ）して」

「あのね、あのね。お風呂（ふろ）入（はい）ろう～よ」

「あ、いいですね。私（わたし）もお風呂（ふろ）というものに入（はい）ってみたいです」

「じゃあ、お風呂（ふろ）の準備（じゅんび）お願（ねが）い」

「え、そのよく分（わ）からないんですけど」

「そうだよね。じゃあ二人（ふたり）でやろうか」

「はい」

　こうしてマリーちゃんと表（おもて）にある井戸（いど）から水（みず）を汲（く）んでくる。

　運（はこ）んで、運（はこ）んで、あー疲（つか）れたなっていうくらい運（はこ）んで、お風呂（ふろ）を水（みず）でいっぱいにした。

　お風呂（ふろ）や台所（だいどころ）は水（みず）汲（く）みや排水（はいすい）の関係（かんけい）で、一階（いっかい）の隅（すみ）にある。

　お風呂（ふろ）の浴槽（よくそう）の横（よこ）には、大（おお）きな缶（かん）みたいなお風呂（ふろ）炊（た）きがついているのだ。

「というわけで、ここに薪（まき）を入（い）れてね、火（ひ）をつければ」

「なるほど」

「その上（うえ）にある配管（はいかん）が温（あたた）まって、中（なか）のお水（みず）がお湯（ゆ）になるんだよ」

「ふむふむ」

「じゃああと、火（ひ）の番（ばん）と、湯（おゆ）加減（かげん）確認（かくにん）してできたら教（おし）えてね」

「はーい」

　こうして他（ほか）の雑務（ざつむ）を自分（じぶん）はこなす。

　あ、そうだ。もともとお茶（ちゃ）は出（だ）す予定（よてい）だったから、お茶（ちゃ）請（う）けも考（かんが）えていた。それはクッキー（cookie）だ。

　材料（ざいりょう）はもう準備（じゅんび）してもらってあった。卵（たまご）、小麦粉（こむぎこ）、砂糖（さとう）、バター（butter）などなど。

　砂糖（さとう）はまだまだ高（たか）い高級品（こうきゅうひん）だけど、いいんだ。

　それから季節（きせつ）外（はず）れだけど木（こ）の実（み）。特（とく）にナッツ（nuts）類（るい）。実（み）というか種（たね）だね。

　材料（ざいりょう）を混（ま）ぜて、クッキー（cookie）を量産（りょうさん）していく。

　そして台所（だいどころ）のオーブン（oven）、なんとこの家（いえ）にはオーブン（oven）が備（そな）え付（つ）けられている。

　だけどちょっと横着（おうちゃく）してですね。

　魔力（まりょく）で力（ちから）ずくでですね、錬金（れんきん）釜（がま）を使（つか）ってクッキー（cookie）を焼（や）いていく。

　特殊（とくしゅ）なので、かなり早（はや）く焼（や）ける。

　もう流（なが）れ作業（さぎょう）のように、さくさく焼（や）いていく。

　お風呂（ふろ）ができるより先（さき）にクッキー（cookie）焼（や）いちゃうもんね。

　こうして大量（たいりょう）のクッキー（cookie）ができあがりましたとさ。

「ミレーユさん、お風呂（ふろ）できました」

「はあぁい」

　マリーちゃんが呼（よ）びにきたし、ちょうど切（き）りがいいのでオッケー（Okey）。

「じゃあ先（さき）に入（はい）りますか、ミレーユさん」

「いえいえ、そんな。一緒（いっしょ）に入（はい）ろうよ、マリーちゃん」

「一緒（いっしょ）にですか？」

「そう、一緒（いっしょ）に」

「もう、しょうがないですね」

　顔（かお）を赤（あか）くして照（て）れるマリーちゃんを尻目（しりめ）に、手（て）を繋（つな）いで脱衣場（だついじょう）に向（む）かう。

　ささっと服（ふく）を脱（ぬ）いでいく。マリーちゃんも背中（せなか）合（あ）わせでぬぎぬぎする。

　そして風呂（ふろ）桶（おけ）でお湯（ゆ）をすくって肩（かた）から掛（か）ける。掛（か）け湯（ゆ）ですな。お風呂（ふろ）に浸（つ）かる。

「はあ、生（い）き返（かえ）る」

　マリーちゃんも見（み）ていて真似（まね）をしてお風呂（ふろ）に浸（つ）かる。

「あぁあ、気持（きも）ちいいです。これがお風呂（ふろ）、なんですね」

「ね、表（おもて）通（どお）りよりも、庭（にわ）とお風呂（ふろ）付（つ）きにして、よかったでしょ」

「はい」

　それにしても、実家（じっか）の書物（しょもつ）に書（か）いてあった「たわわに実（みの）る瑞々（【みずみず】）しい果実（かじつ）」というものが、目（め）の前（まえ）の現実（げんじつ）にあった。

　両親（りょうしん）は早（はや）くに死（し）んでしまったので、実物（じつぶつ）を見（み）るのは初（はじ）めてだ。

　これは確（たし）かに禁断（きんだん）の果実（かじつ）だろう。とっても美味（おい）しそう。

　ちょっと羨（うらや）ましい。私（わたし）のも早（はや）く大（おお）きくならないかな。

「きゅっきゅぅ」

　ポムはマリーちゃんの胸（むね）の上（うえ）でくつろいでいる。

　あぁ一番（いちばん）いい場所（ばしょ）を占領（せんりょう）中（ちゅう）だ。その顔（かお）は気持（きも）ちよさそうだ。

　そういえば昔（むかし）からお風呂（ふろ）が好（す）きで、実家（じっか）でも私（わたし）の胸（むね）の上（うえ）に乗（の）っかって入浴（にゅうよく）してたわ。

　お湯（ゆ）に浸（つ）かるという文化（ぶんか）は主（おも）に、貴族（きぞく）のものだけど、この気持（きも）ちよさの前（まえ）では、貴族（きぞく）だけのものにするのはもったいない。

　もっともっと、ここの元（もと）の持（も）ち主（ぬし）みたいに、お風呂（ふろ）党（とう）の人（ひと）が増（ふ）えるといいと思（おも）う。

　そうしたらお風呂（ふろ）グッズ（goods）とかもたくさん売（う）って儲（もう）けよう。

「る～ん♪る～るる～♪」

　お風呂（ふろ）で歌（うた）を歌（うた）う。

　マリーちゃんは知（し）らない歌（うた）みたいで、ニコニコして聞（き）いていた。

　ここのお風呂（ふろ）は二人（ふたり）でぎりぎり入（はい）れる大（おお）きさだけど、これでもけっこうお風呂（ふろ）としては大（おお）きいんだよね。

　よくこんなお風呂（ふろ）を貴族（きぞく）でもないのに設置（せっち）したものだ。

　実（じつ）はこれ、お風呂（ふろ）じゃなくて巨大（きょだい）湯沸（ゆわ）かし器（き）ではないか、という説（せつ）もないわけではないんだけど、気（き）にしてはいけないのだ。

　ここを作（つく）った、もしくは改造（かいぞう）した人（ひと）がどういう目的（もくてき）だったかは、もう今（いま）となっては謎（なぞ）だ。

「あ～気持（きも）ちよかったあ」

「すっきりですね。これならお湯（ゆ）タオル（towel）で体（からだ）を拭（ふ）くよりずっといいです」

「でしょ」

「はいっ」

　私（わたし）もニコニコ。マリーちゃんもニコニコで、帰（かえ）っていった。