EP.18呪いを継ぐ娘(後編)

 どうやらあの二人は、私が娘と距離を置いた理由を言い当ててしまったらしい。二人を追い出し、親子水入らずだが、私たちの間には沈黙が流れていた。

薄まったアイスティーを一飲みした後、サイーダは口を開いた。


「どうしてホムンクルスの仕事を続けていたの?逃れたいなら、他の仕事をすれば良かったじゃない。」


私は答えた。「私の父も祖父も、ホムンクルスに携わっていた。そのおかげで私は、裕福な幼少期を過ごすことができたんだ。自分はのうのうとホムンクルスから利益を得ていたのに、自分だけ逃げられると?」


「…………。」娘は服の裾をぎゅっと握った。


「私ね、手術したの。子宮の病気になっちゃって、赤ちゃんが産めなくなっちゃったの。」


「それは……気の毒に。」突然の告白。だがそれが何の関係があるのかわからなかった。


「パパに会いに来たのは、生きる理由を見つけるためなの。ホムンクルスに夢中なパパに会えば、何か掴めるかもしれないと思った。」

「けど違った……パパはホムンクルスが好きなわけじゃなかった。」

「私はどうしたらいいの?」


娘の背が震える。それはまるで、別れたかつての日のように小さく見えた。

どう答えたものか。少なくとも、子孫を残せないことへの罪悪感は、拭い去ってやりたかった。

私は言葉を選んで答えた。


「確かに、子供を作れば、生きる理由を探すことを先送りにできる。逆に言えば、子供が作れなくなったから、焦るというのも理解できる。」

「でもねサイーダ、よく聞いてくれ。」

「私が君を作ったのは、理由を見つけてもらうためでも、何か他のことをして欲しいからでもない。」

「ただ生まれてきて欲しかったから。それだけなんだよ。」


「……それだけ?」娘が顔を上げる。


「ああ。それだけだ。」

「生き物が子孫を残すことに、理由も目的もない。ただ残したかったから残すだけだ。」

「生きる理由や目的は、生まれてきた個体が後から見つけ、自分の生の中で達成することを目指すものだ。だから私はサイーダに何も求めていない。」

「私はサイーダが幸せなら、何も成さずに生涯を終えたっていいと思っているよ。私の願いは最初からたった一つだ。」


「自由に生きなさい。」


この答えは残酷だろうか。道に迷って困っている旅人の、ランタンを消すような所業ではないだろうか。

しかしこれが私の嘘偽りない本当の気持ちだった。ホムンクルスに呪われずに生きて欲しいと、それだけが私の望みだった。

サイーダは迷いを抱えた表情をしていたが、少し作り笑いをした。


「せっかくまた会えたんだから、ハグしてもいい?」


「ああ、もちろん。」


私たちは十数年ぶりの抱擁を交わした。しゃがんで抱きしめたあの日を思い出した。今は立ったまま抱きしめられることに、長い月日の流れを感じた。


その瞬間、私は確かに幸せだった。だからこそ、柱の影でミドが私たちの会話を聞いていたことには気づかなかった。



 サイーダは先ほどの会話で答えを得たのか、少し街を回った後に帰ると告げて、先生と別れた。

別れ際にもう一度ハグをしていた。親子の絆ってやつが蘇ったんだろう。

こっそりとホテルを抜け出し、サイーダの行き先に待ち構える。オレの目論見通り、サイーダと鉢合わせることができた。


「……ミドさん?抜け出して大丈夫なの?」


「サイーダさん、オレは、あなたに頼みがあって来たんだ。」

「すっごいでかくて、無茶な頼みだけど、聞くだけ聞いてくれねぇか。」


サイーダは戸惑いながらも承諾した。オレは口ごもる演技をして、サイーダの手を取り、目を合わせて告げた。



「全てのホムンクルスをなくしてほしい」



目を丸くするサイーダを尻目に、オレは続けた。


「オレは生まれてからホムンクルスとして生きて来た……気の毒だから話さなかったが、お前の父親から酷い扱いも受けて来たんだ。」

「ホムンクルスは皆、劣悪な環境で生まれてくる子供なんだ。そんな場所で命を作るなんて、間違ってると思わないか?」

口から出まかせがすらすらと出る。オレってこんなに口が上手かったんだなと錯覚すらするほどだ。


「オレはホムンクルスだから、いつまで生きられるかわからないし、話も取り合ってもらえないだろう……でも、あんたの話なら皆耳を貸すはずだ。」

「オレにはどうしてもできない。引き受けてくれないか。」


出来る限り、真摯な目でサイーダを見つめる。これももちろん演技なのだが。

サイーダは少し困惑した顔をしたが、覚悟を決めたようにオレの手を握り返した。


「わかった……私の出来る限り、ホムンクルスの生まれない世界にしてみせる。」


やった!!!と心の底から笑みが溢れた。作戦成功だ。

「ありがとう。オレは何も返せるものはないが……生きてる限り、応援してるから。」


そう告げてサイーダの目の前を去った。


〜〜〜やったやったやった!ざまあみろざまあみろざまあみろ!

オレの目的は、「サイーダに自由に生きて欲しい」という、先生の願いを潰すことだった。

実の娘を抱きしめる先生を見て、オレは憎しみが湧いた。オレはやっぱり先生のことを未だどこかで憎んでいた。

だから潰してやったんだ。「ホムンクルスをなくす」という目的に縛らせることによってな!

胸がスカッとする!やり返してやるのってとっても気持ちいい!


だが、それとは違う安堵感も、心の片隅で確かに感じていた。



 サイーダさんが帰路についた夕暮れ。僕は与えられた部屋で、一昨日から今日のことを振り返っていた。

九十九と出会った。九十九は寂しいところにいるけれど、話しててとっても楽しい子だった。

サイーダさんに出会った。サイーダさんは、離れていても、確かにアイさんに愛されていた。

僕は九十九のことが好きだし、もちろんニカさんも好き。アイさんもミドもみんな好き。そして僕の「好き」と同じように、アイさんはサイーダさんが好きなんだ。

こうしてみんな誰かのことが好きなんだなぁ。そう気づいた瞬間、とある過去がフラッシュバックした。


隠した写真立て。泣き叫ぶ男と女と子供。

それらを蹂躙する僕。その時は確かに何も感じなかったけど、あの三人にも、確かに「好き」があったんじゃないか?


そうだ。みんながみんな、誰かのことが僕と同じように好きなんだ。

あの家族だけじゃない。街ゆく人も通りすがる人も、監視の兵士さんたちも、みんなみんなみんな。



それを、僕は、壊した。



一連のことを理解した瞬間、肌が総毛立つ感覚がした。

怖い。今まで感じたどんなことより怖い。

僕は叫んだ。いっぱい泣いていっぱい叫んだ。それでも、起こしてしまった過去は何も変わらないことを理解して、また泣き叫んだ。


やがて、ミドやアイさんが心配そうにやってきた。なぜ泣いているのかと聞いてくるけど、やったこと全部を話すには、呼吸が乱れすぎて、とても話せる状態じゃなかった。

だんだん、息が苦しくなってくる。もはや叫んでいるのか息を吸っているのかの区別もつかなくなりそうだった。

そんな時、一つの聞き慣れた声がした。


「何が起きてるんだ?」


ニカさんが僕の部屋の前に立っていた。

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