⑬ 寝返りとロメンの悲劇
それから『フロラ木の契約団』区局のアジトへ脱出したヒナミは、数日後ユクジモ人の村での「ロメンの悲劇」と呼ばれる光景を目にすることになる。
「・・・なんてことだっ! ヒナミ殿、ファウナ系の部下を連れて『ファウナ革命戦線』を追ってくださいっ! 住民の救助はあなたたちには不適格だっ!」
このあたりの区局を管轄するユクジモの団員が指示を出す。
「了解したっ!」
眼鏡を借りているためある程度の戦力になるヒナミはそれに従い村へ走った。
「団ち・・ヒナミさん、『ファウナ』の仕業だとするならきっと、暗足部が来ているってことですよね。」
鼻と喉の炎症も落ち着いてきたかつての部下が呼び名に気をつけ話しかけてくる。
「だろうな。だがとりあえず我々はロメンの住民に不安を与えぬよう足取りを追わねばならない。
神徒スナロアの消息は『フロラ』に居てなお掴めてないからなんとも言えないが、まずはヤツらに一矢報いるとしよう。」
厚く樹皮を重ねた防具など一揃いの装備は整っていた。
ただ、村を焼くほどの火器なり人数なりを相手にすることは覚悟しておかなければならないだろう。
その刹那。
「ええ。僕だって・・・うがっ!」
黒塗りの短い矢がずとん、と団員を撃つ。
「ワイカっ!」
まだ村に着く前の途上、岩壁に沿って『ファウナ』が逃げるであろう村向こうの道へ走っているところだった。
岩壁ルートは自軍となった『フロラ』の応援も駆けつけられる大通りに近い。
『ファウナ』がこちらに舵を取るのは裏をかいたにしても無謀すぎだった。
「大丈夫ですっ! 団長、逃がさないでくださいっ!」
それを見止め矢の放たれた森の茂みに目を凝らすと、四人の黒い影が低姿勢のまま少しずつ近づいてくるのが伺えた。そして弓矢も揃えていることはワイカの傷が証明している。
それでもまだ、装備の情報が足りなかった。
「ワイカ走れるなっ? きみは援軍を呼ぶんだっ! 他の者はわたしに続けっ!」
深く手を射抜かれたワイカならば戦わせるより走らせる方が有用だ。
雪辱を晴らしたかったワイカもそれを自覚すると、駆け出すヒナミたちと別れて応援を呼びに来た道を戻った。
「ヒナミさん、様子がなんだか・・・」
それは葉の陰から飛んでくる一人の影を、まるで後続の白面三人が追いかけているようにも見える。
「構うな。どのみち戦闘になる。仲間割れしているのなら好都合だ。」
向こうも完全にヒナミらが自分たちへ仕掛けてくると悟ったのだろう、刃石や矢を投げては陣形を乱そうとしていた。
「くっ・・・ヤツらあんな身軽なのによくこんなに武器持ってるな、くそっ!」
他方、追われる「影」もそれを避けながら怯むことなくこちらへ距離を縮めてくる。
追っ手の白面たちをヒナミたちへ向けさせて注意を削ごうとしているようだ。
それを目当てに逃げ場の少ない岩壁沿いを選んだのなら頭の回転は悪くない者なのだろう。
ただ、そんな面をつけていない先頭の「影」は手傷を負っているらしく防具に護られていない編み金服が破けていた。
「相手は手負いと白面三人ばかりだっ! 分はこちらにある。いくぞっ!」
その指示を皮切りに部下二人は左右に分かれ、逃げる「影」に気を取られている白面へ向けてヒナミは散式矢を放つ。
「くらえ暗足部っ!」
羽がバラバラに付いている六本の矢尻には毒も仕込まれている。
俊敏に動く者を眩ませるための変則的な軌道が特長の三千矢だ。
「くそっ、邪魔だぞ『フロラ』っ!」
と、追っ手の白面暗足部が怒鳴ったところへ
しぱんっ!
すかさず細鞭が打たれる。
「よそ見してんじゃねーよ、ばーか。」
瞬間の不注意を見込んだ手負いの男がその足目がけて細鞭を絡ませたのだ。
「ぬわっ・・・ぁぐっ・・・」
思わぬ反撃に倒れた白面は防御体勢の取れぬまま、ヒナミがさらに打ち込んだ矢に声を閉ざす。
「一丁あがりだっ! あのアシナシにまるで及ばないぞっ! 一人に絞れば余裕だっ!」
そうして仲間の死に気を払わない白面へ回りこんだ部下は切り返し、ヒナミの指示に従ってもう一方へ走った仲間の援護に飛んだ。
「・・・けけ。おもしれーこと言うなそこのメガネ。」
するとそこへまるでヒナミに従ったよう、二人の部下に囲まれた白面へ手負いの男は拾った石つぶてを投げつける。
「うごっ・・・おのれっ!」
そうなるとこの鬱蒼とした森の中で白面は一度に三人も相手に注意を払わなければならなくなる。
「どっちを見ている暗足部っ!」
そのわずかな迷いがパニックを引き起こし、二人目の白面はあっけなく部下の刃の前に絶命の声を上げて倒れた。
「よしっ! そのまま白面の暗足部を逃がすなっ! この手負いはわたしが片付けるっ!」
最後の白面もさすがにこれ以上は追撃できないと感じ、倒れた仲間を置いて素早く茂みへと逃げ出していく。
「頼みましたヒナミさぁーんっ!」
それには手負いの「影」の助力あってこそ、だったのだが高揚感が自信と落ち着きを持たせたのだろう、部下の二人は最後の白面の後を追って森の奥へと走っていった。
「おい待ておまえさんらっ! そっちには行くなぁっ!・・・くそっ!」
うす暗い陰に顔をのぞかせた手負いのハチウ人はそう部下たちへ大声を張り上げる。
「おい、どこを見ているっ! 相手はわたしだぞ暗足部っ!
・・・ん?
その黒髪。あの時の・・・アシナシ、か。」
「ふんっ。」
ヒナミには答えず、さっと背を向けたアシナシは長い黒髪を振り乱すと男たちの消えた茂みへと走り出す。
「逃がすかっ!」
ヒナミとその精鋭にほんの一瞬で敗北を突きつけた男。
まさにその背に向けた矢は雪辱の証――――
「なん・・・くそっ!」
のはずだったが、アシナシはそれを避けてなお走った。
やはりまだ目の利かないヒナミは狙うのを諦めて弓を負い、暗足部を追う部下を追う手負いのアシナシを追いかけて飛び出す。
一方、空より早く暗くなってゆく森のずっと奥では盛る炎が黒煙を吐いていた。
「まったく・・・どうなっているんだ?」
ロメンの村に再来訪していると情報が入った神徒スナロアの安否も気掛かりなところだが、手負いとはいえアシナシを部下のもとへは向わせたくなかった。またなぜ「暗足部の要」のアシナシが追われているのかも気にはなる。しかしなんとしても足止めしなければ、そしてこの手で敗北を味わわせなければ腹の虫が収まらなかった。
そうしてざっざっざっざと追いかけて茂みを抜けると突如開けた場所に出る。
そこには二人の援軍を得た暗足部の白面が二人の部下、それからアシナシと睨み合っている均衡があった。
ただもう誰も失いたくないヒナミはさらに加速し部下の前へと飛び出していく。
「これで五分だぞっ、暗足部っ!」
それでも部下は無傷ではなかった。
下草に覆われただけのそこでは隠れる場所も少ない。白兵戦が余儀なくされそうだ。
「よー。ヒナミとか言ったよな、おまえさん。」
緊迫するその場にわざわざ舞い戻ってきたアシナシが話しかけてくる。
「この先には巫女の子どもがいる。手を貸す代わりにおれとその子を見逃せヒナミっ!」
三対三の拮抗するその場面において先の細鞭のような横槍がこちらに向けられるのは御免被りたい。
「ふ。赤沙のアシナシ。見逃してやる代わりに手を貸せっ! いいなっ!」
正直なところ、血の巡りが激しくなったせいかまた眼が霞みはじめていた。
戦力以前のこの状態では満足に戦えそうもなかったのだ。
「終わったら謝る、ヒナミ。・・・おれに続けっ!」
そう叫びじゃらん、と指投げ刃を下げた腰帯を外すと、教会で迫ってきた時のような音のない素早さでアシナシが単身、暗足部の前へ乗り込んでいく。
「けけけ、タダで済むと思うなよ白面シロートっ!」
鬼気迫るその表情と圧倒的なスピードが緊張の糸を切ると耳鳴りのする静寂は一気に血の色を知った。
「怯むなっ! ヤツは手負いだっ!」
そしてアシナシは気勢を上げる三人の暗足部の真ん中を陣取り、遠心力で帯先に刃が寄った腰帯を振り回して陣形を乱す。
「ふ・・・悔しいがさすがに巧いなアシナシ。一人もらったぞっ!」
アシナシのそれをかわすと踏んで構えていたヒナミの矢の先には案の定、白面の影が飛び退いて的に入る。
「な!・・・・あぅ・・・」
「やるじゃねーかヒナミっ!・・・さっさと頼むぞっ!」
なおも刃のついた帯を振り乱すアシナシに、しかし痛みと疲れは容赦ない。
それでも。
「借りは返すぜ暗足部っ!」
アシナシから離れ、踊るように逃げ惑う白面の死角へ走った部下はすかさず体勢を崩した白面の影に迫り爪を突き出す。
「ふぬっ!」
だがそれも寸でのところでかわされた。
「ちょこまかしやがって白面めっ・・・うぉらっ!」
そこでもう一人の部下はアシナシと挟み撃ちにするよう回り込む。
「くっ! 『フロラ』と組むとは堕ちたなアシナシっ!」
それでもやはり相手は鍛えられただけあってヒナミたちの追撃をうまく受けきった。
手応えはあれども致命傷となるほど深いダメージにならなかったのだ。
「くそ、観念しろー、白面っ!」
「黙れっ、邪魔だぞ『フロラ』の雑兵っ!」
しかしそんな腕や背、腿に傷を負うその白面たちが刃を向け続けたのは、なぜか渦の真ん中にいるアシナシだった。
「早く死ねアシナシぃぃぃいっ!」
彼らの狙いがなんなのかは解らない。
しかし今、共に戦ってくれる協力者をみすみす失うわけにはいかない。
「うんぐ・・・・はふぁっ・・・け、けけけけ、こんなモンかよ暗足同好会っ!
本物ナメんじゃねーぞっ!」
だから。
「細鞭に倣えっ!」
それが適切な指示かとは言い難かったが、腰帯が白面の長剣に巻き取られ板拳の餌食になっているアシナシが標的である、今こそが狙い時だった。
「うらぁーっ!」
しかしそれが伝わったのだろう、意表を衝いたアシナシの細鞭のように一撃必殺から攻めを転じてスネを部下たちの刃が狙う。
「あぐぁっ・・・いや・・・こ、ま、待て・・・」
そうして体の軸をたわませた白面は体勢を立て直す間もなく
「潔く散れ暗足部っ!」
息を止められた。
「まだ一人いるぞっ!」
達成の余韻に浸らせることなくヒナミが吠える。
「おのれっ・・・くそっ!」
見れば最後の白面が仲間を呼びに背を向けていた。
「逃がすものかっ!」
とはいえもう満足に目が利かなかったのだろう、放った矢も白面の腕を掠めただけだった。
「あとは任せてくださいヒナミさんっ!」
それでもそんなヒナミを気遣い、まだまだ余力のある二人の部下はまたぞろ暗足部を追いかけていった。
そして。
「はぁ、はぁ、はぁ。・・・アシナシ。護ってやれなかったのはすまないと思うが、助けるとまでは約束していない。我々も急ぐのでね。」
楽になろうとしてか、仰向けに倒れるアシナシは足をぐんと伸ばした。
鼻や口、切られた腕や腿からは血が流れている。
「へへ・・・いーさ。それっくらい分かってるよ。・・・それとおれぁ、アヒオってんだ。
・・・なぁヒナミ、もいっこの約束も守ってくれよ? あとは、おれでやる。」
強がりなのか確かな予定なのかはこの男の場合、よくわからなかった。
「ふふ。おもしろい男だな。わたしはヒナミ=キシ。「フロラのファウナ」として聖都での任務がこれから課せられる者だ。
仇敵だが、恩人でもあるアヒオ。きみが訪れる日を待っているよ。では。」
そう言うとアヒオの返事を待たずにヒナミは部下たちとまたしても逃げる暗足部を追っていった。
「ふふ。たしかに「要」だな。」
苦戦というほどの苦戦にもならなかった今の白面暗足部との交戦を思い出し、ヒナミは余裕にひとつ笑みをこぼす。
その後ヒナミたちによって逃げ出した暗足部は捕らえられたものの、ロメンの村は焼き払われた。長閑な村には戦う装備も守る手立ても充分な人手もなかったのだ。
そして「ロメンの悲劇」は『ファウナ』により吹聴された『スケイデュ』陰謀説と、『フロラ』による『ファウナ』謀略説に別れ、結論を得ないままにうやむやにされてしまった。
それでも前者が信憑性を得られた背景には目撃者の証言の少なさと当時の『フロラ』の信頼低下があったからだろう。ユクジモ人の多くに支持された枢老院に従わない『フロラ木の契約団』にとって、「神徒スナロア暗殺阻止の失敗」はそれだけで民衆の離反を招いたのだ。
ふうー、と長いため息を吐き出して冷めた豆茶に手を伸ばす。
「大きな力が動いている、か。」
まだ見張っていてくれるのか、四人の部下と一人の裏切り者は街のどこかに身を潜めたままだった。
そうして勘定をテーブルに置くとやおらヒナミは立ち上がり、度の弱い眼鏡を掛け直して帰路にはつかず街を後にした。
ターゲットは絞られたのだ。
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