第17話 決闘

「――っといった感じだが、どうだできるか?」


僕は思いつく限りの対策をルティに耳打ちで伝えた。


「わかりましたわ! ワタクシ完璧に対策を頭に入れましたわ!」


不安しかない……。



「あなた達二人同時でもいいけれど……」


カイアは小さくジャンプして、軽くアップすると剣の切先をこちらに向け両手を頭上に上げる。


120cmのバスタードソード。


彼女の放つ高貴さからか、一見隙だらけに見えるその構えからも迫力が感じられる。


「いいえ、ワタクシ一人で十分ですわ!」


ルティはそう断言すると、自身のショートソードと、バックラー(盾)を構える。


「フン、今時バックラーなんて小さな盾、役に立たないわよ」


ルティの持つ盾は大きさは30cmくらいの小さな盾だ。


彼女はその盾を持っている方の腕を相手の方へ伸ばす。


切先が上、柄が下になるように剣を持ち、胸から上で構える。


その見た目は結構ダサいが、僕はこの装備こそルティにピッタリだと考えている。



「二人とも準備ができたら好きなタイミングではじめよ」


いつの間にか僕の真横に居たドロセルが二人に向かってそう言い放った。


二人は互いに見つめ合い、どちらが先に切り込むかと探り合いを始めた。


「互いの弟子の力比べ、楽しもうではないか」


ドロセルはこちらに目を向けず、僕にしか聞こえないくらいの微かな声で言った。


「アンタ、知ってたのか!?」


僕とルティの関係は誰にも話していない。


知っているとしてもルティの護衛であるミルくらいなものだ。


「知っていたというか、さっきの様子を見たらわかるじゃろ」


いや、仲がいいとかは思われてもそこまでの考えに行きつかないぞ、普通。


あぁ、こいつは偶に出会う天才型か。


なんでも察しちまうヤツ。


「ほれ、何をしておる。 始まるようじゃぞ」


そういうドロセルの横顔を見て僕は考える。


ドロセルはただ互いの弟子同士を戦わせたくてこんなことをしたのだろうか。




「《ウォーターソード》」


ルティはお得意の魔法でまず剣のリーチを伸ばす。


そして――。


「《ウォータースピア》!」


これもいつもの手順、王道の戦い方。


それに反応して、カイアも魔法障壁を展開するのだが。


「魔法が発動しない!?」


ルティが唱えたウォータースピアは発動しなかった。


僕が教えたことの一つ、空魔法。


口で呪文を唱えるが、実際には魔力を込めていないので、魔法は発動しない。


見事につられたカイアは、ルティの接近を許してしまう。


「たぁぁぁぁ!!」


と声を上げながら、ルティのショートソードがカイアの横腹に向かっていく。


しかし、カイアは先ほど発動した魔法障壁をコントロールし、自身の脇腹まで持ってくるとルティの剣撃を防ぐのであった。


「そんな、その魔法障壁は魔法だけを防ぐものではないのですか!?」


「はぁ、はぁ……。 そんなの物理干渉も防ぐ魔法障壁を同時に展開していたに決まってるしょ。 特に相手の初撃には警戒してるんだから」


そう、カイアは魔法を防ぐ魔法障壁を展開すると同時に魔法陣のすぐ後ろのもう一個別の魔法を展開していた。


会場は大いに盛り上がる。


「ってことは……カイア様はまさか無言詠唱を?」

「ただの無言詠唱じゃないぜ、同時に別の魔法を発動させながらの無言詠唱だろ?」

「やっぱり天才だわ」




ドロセルが得意げな笑みを浮かべ、こちらを視線を向けてくる。


カイアの剣がルティに向かって振り下ろされ、すかさずルティは右手に持っていた盾でその剣を軌道を変えた。


「ここは一旦…………」


ルティはバックステップを数回してカイアから距離を取る。


しかし、カイアの攻撃は止まない。


「《ファイアソード》!!」


炎を纏った剣で猛攻を始めるカイア。


ルティはその攻撃を懸命に受け流す。


「バカ、剣で受けるなって言ってるのに」


僕は思わず言葉が漏れてしまう。


そしてついに――。


甲高い金属音をたてて、ルティの剣は折れてしまった。


同時にウォーターソードも解除される。


カイアはルティは蹴とばすと、剣から左手を離し、手のひらをルティに向ける。


「《ファイアーボール》」


辺りが暗くなったかと勘違いするほど眩い球がカイアの前に発動される。


下級の魔法だが、桁違いの魔力をこめることでとてつもない大きさだ。


「――残念じゃが、今は我の弟子の方が上手じゃったようじゃな」


ドロセルはすでに勝ち誇ったかのようにそう言った。


まぁそう思うよな。


ルティ折れてしまった剣を手放し、手を上へあげる。


「降参かしら」


カイアは安心していた。


「違いますわ!!」


ルティがそう言って手を振り下ろす。


「何よそれ?」


次の瞬間、カイアは何か感じとってを上を見上げる。


上空から無数のウォータースピアが降ってきていた。


「クッ!!!」


すかさずそのスピアを避けるカイアであったが、不意を突かれてしまったため、体制が崩れた。


それを見逃がさずルティはカイアを押し倒して馬乗りになり、カイアの喉元に盾を突き立てる。


――――シンと辺りは静まり返った。


「そこまでじゃ!」


静寂を打ち破りドロセルが声が響く。


「この試合はカイアがニカレツリーから致命的な一撃をくらったと判断する。 よってルティ・ニカレツリーの勝利じゃ!!」


カイアがルティに負ける。 普通ならあり得ない結果だけれど、他の誰でもないドロセルがそれを認めたことによって、みなそれを受け入れざるを得ない。


「す、すげぇ……。 あのカイア様に本当に勝っちまった」

「な、なんかイカサマしたんじゃないか?」

「バカ、ドロセル様がそれを見抜けないわけないだろ。 マジの結果だよ」


――――パチパチパチ。


周りが困惑する中、クラスで僕の前に座っている気弱そうな女子生徒が一人拍手をし始めた。


「す、凄いです! おめでとうございます」


彼女がか細い声でそう言った後、他の生徒たちも徐々に拍手を始め、気づけば全員が拍手をしていた。


ルティはカイアから離れると、彼女に手を差し伸べる。


「とても良い試合でしたわ!」


カイアは伸ばされた手をしばらく見つめた。


「今回はあなたの勝ちのにしといてあげる」


カイアがルティの手を握ると、ルティは彼女を引っ張り起こした。


「一つ聞かせなさい。 あのウォータースピアは何なの? 無言詠唱で上に魔方陣を展開させていたのかしら?」


「違いますわ! ワタクシはまだ無言詠唱なんてできませんの。 あれは試合の最初から上空に発動してものですわ!!」


ルティの言葉にカイアを記憶を巡らせ、試合の開始直後を振り返る。


「空魔法だと思っていたあのウォータースピアは実は上空に展開させていたってこと!? 」


「そうですわ! ワタクシ、魔力コントロールが下手くそなので、魔力を込めずに呪文を唱える空魔法なんてまだできませんの」


「待って、でもそんなに早く魔法を発動していたのに、どうしてあんなに遅く私の所に振ってきたわけ?」


「それは最初のウォータースピアにワタクシの中にある魔力の半分を使ったからですの」


「魔力を半分……なるほどね」


カイアはどこか諦めたような口調だった。



この世界の魔法における下級、中級、上級は発動難度を指すものであって、決して初級だからと言って弱い魔法というわけではない。


カイアがルティへのとどめとしてファイアーボールっていう下級の魔法を選択したのもそれが理由だ。


下級魔法であっても沢山の魔力を込めれば、中級くらいの火力を得ることができるのだ。


ただし、魔力をたくさん込めるとその分本来の倍くらいの時間が発動にかかることになるので、中級魔法を覚えておいた方が戦いにおいては良しとされているのだ。


今回はその仕組みを利用した作戦をルティに伝えた。


この魔法発動における遅延の仕組みはルティも知っていたので、上空に自身の魔力の三分の一を込めたウォータースピアを発動させ奇襲しろ伝えた。


しかし、あのぶきっちょは半分の魔力を込めやがったので、最初は内心ヒヤヒヤしていた。


ただ、運よくカイアが油断しているベストなタイミングで発動できたので今回は何とかなった。




「魔力を半分使うなんて、そんなリスキーな選択を最初からしていたわけか。 私はどうやら覚悟の段階で負けていたようね」


いや、半分使うのはただのバカなんです。 本来は。


「そうでもしないと、カイア様には勝てませんから!」


いや、さも最初から魔力半分使うつもりでしたみたいな顔してんなルティの奴。


ルティは再びカイアに手を差し出す。


その手を見てカイアは困惑する。


「なに?」


「何って握手ですわ! ワタクシあなた様のこと好きなりましたから! これからはお友達ですわ!!」


その言葉にカイアはさらに困惑する。


「貴方、私にそれを言うことがどういう意味かわかっているの?」


カイアとルティの友好関係は、アルロア家がニカレツリー家と仲良くするという大きな話になる。


「わかっておりますわ! だからこれはワタクシが勝手にお友達と思っているだけですわ。それくらい受け取ってくださいまし!!」


カイアは何度か躊躇した上で、ルティの手を取った。


「――知り合い程度には思ってあげる!!」




「さてと、では次はジャック・ヤッシャーが私と戦うのかしら?」


ひと段落ついたあと、カイアは僕にそう問いかけてきた。


どうやら僕意外全員その考えだったらしく、沢山の期待の眼差しが僕に向けられる。


まぁ、当然僕の答えは――。


「いや、無理でしょ」


「はぁ!?」


「いやいやいや、ルティにすら勝てないような人が僕に勝てるわけないんだから、やっても無駄でしょう? 本来は、僕かルティが勝てば退学免除だったわけだしやる理由がないね」


「あんた。調子にのってんじゃないわよ!」


さっきまでルティと仲良くしていたカイアが一気に沸騰する。


周りの生徒たちからは、僕が負けるのを恐れて逃げたと思われるだろう。



よし、良い感じにヘイトを稼げているな。


正直もうカイアの試合見ちゃったから、現時点でカイアと戦う楽しみがないんだよな。


それにルティを舐め切っていたとはいえ、勝てないようではちょっと話にならない。


「まぁ良いではないか、カイアよ。 負けたお前がとやかくいう権利はないぞ」


ドロセルの一言でカイアの牙は抜ける。


カイアは心底悔しいそうにこっちを見た。


「次また失礼な態度を取ったら、今度は叩きのめすから」







【放課後】


「カイア様お疲れさまでした。 迎えの馬車はすでに到着しております」


カイアの護衛であるアリアルが、馬車と共に校門でカイアの帰りを待っていた。


「――今日は、どなたかと会う約束があったかしら」


カイアは、馬車の窓を見てそう言った。


いつもはカーテンが開いているのに、今日は閉め切ってあるからだ。


「――はい、中に主様がお待ちです」


「お父様が……」


カイアは学院に通う間はアルロア家に戻る必要があったので、今はドロセルの元を離れておりドロセルの弟子というより、アルロア家の娘という立場で日々を送っている。


それは上流貴族としての面倒なあれやこれやに関われなければならないということだ。




「お帰り、カイア」


馬車の奥で最小限の動きでカイアの方へ顔を向け、カイアの父ノアル・アルロアは言った。


低く響き渡るその声が、馬車を揺らす。


「お父様、ただいま帰りました」


カイアの言葉に無言で頷くノアル。


「――見せなさい」


ノアルがそう言うと、カイアは彼の正面に座り、胸元にある痣のような紋章を見せる。


カイアの横には一際緊張した面持ちのアリアルが座った。


「まだあるか……」


「お父様、お母様は大丈夫ですか?」


カイアは同級生たちには見せない、気弱そうな声で言った。


「あぁ、安定しているよ」


小さく息を吐くとカイアは何かに思いをはせるように、窓の外を眺めた。


ノアルが右手で壁を叩くと、馬車が走り出す。


「カイア」


シンと静まった中で、ノアルは尋ねる。


「友達はできたか?」


カイアの目がほんの一瞬だけ細くなる。


「――いいえ、少しも親しく思えるような者はいませんでした」



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