年上(ロリババア)の神様と普通に恋愛するだけの話
火海坂猫
プロローグ(1)
私は生まれた時から一人だった。縦にも横にも繋がりはなく、手を伸ばしても皆ただ逃げていくだけ…………時々その手を取るものは私を利用したいと考えるものだけだった。しかしそれすらも私を利用するのが容易ではないと知れ渡ってからはなくなった。
それを拾ったのはいつのことだったか…………私と同じ孤独な存在だった。
まだ幼子であったから私のことも知らなかったのだと思う。ただその孤独を埋めるように私になつくそれに、私もまた情を抱いた。傷の舐めあいと言えばそれまでだが…………その時の私はそれで幸せだったのだと思う。
それはいずれわたしの毒になると忠告しに来たやつがいた。
腹立たしい女だったから痛めつけて追い返した。そんな忠告が必要なほど私は
やがて成長したそれに求められるままに私は力を与えた。
その先に起こることを私は正しく理解していたし、それで構わないと思っていた。ただそれの望みを私は叶えてやりたかったのだ。
一つ誤算だったのは、あの女の言った毒は女や私の想定よりも強かったことだ。
だから私は荒れた、荒れ狂った。
それからのことを私は覚えていない。
何もかも、永遠に思い出せなければいいのにと思う。
◇
それは小さな
からり
不意に祠が揺れて木の破片がどこかから剥がれて落ちる。地震ではない。祠そのものが揺れていて地面は一切動いていなかった。その振動はどんどんと強くなり、木造りの祠の罅が広がりその破片がぱらぱらと地面へと落ちる。
ぱきん
そして最後に木の割れる音ではなく、まるでガラスが割れたような音が空間へと響いた。それと同時に祠の揺れは収まり、しかしてその繋がりを一切失ったように祠はバラバラとなって崩れ落ちた。
「長かったぞ」
祠が崩れると同時に現れたようにその残骸の上へと少女が一人立っていた。背は低く、歳はまだ十にも満たないような年齢に見える。人形のように整った容姿に、絹のような白髪。身には何も纏っておらず全裸であるのだが、少女にはそれを気にした様子はまるでない。
「苦節何年…………じゃったか、覚えてはおらぬがわしはついに解放されたのじゃ!」
歓喜に染まるその表情はしかして童女の笑みではなく
「くふふ、くふふふ」
解放された先に目的があるからこそ少女は喜んでいる。それが叶えれるからこそ喜んでいるのだ…………それが良いものであるかどうかはその笑みからは判断付かないが。
「あの女め、わしが動けぬのをいいことにずっといらぬ話ばかり聞かせおって…………こちとら耳を塞ぐことすらできぬ身であったのじゃぞ」
笑みから憤然たる怒りへと少女の表情が変わる。けれどそれは相手を憎んでいるというよりは、親しい相手の気の利かなさを叱りつけるようでもあった。
「ここであやつを待ち受けてやっても良いが…………まずはあれじゃ!」
林の出口のほうへと少女は視線を向ける。
「あの女の言っていたふわふわでとろ甘とかいう菓子。シュークリームとやらを喰ってやらねばな!」
少女はそう宣言し、足早にその場を去って行った。
◇
とはいえ当人はそう自分を評価しつつもそれに不満があるわけでもなかった。
特に何かしらの分野でヒーローになりたい願望があるわけでもないし、生活の中で困るような不幸に苛まれているわけでもない。気の合う友人ととりとめのない会話をし、ほどほどの趣味に浸りながら勉学にいそしむ…………十分幸せな生活だ。
「何か甘いものでも買って帰るかな…………」
友人たちと別れて帰宅の途に就き、コンビニを見かけてふと九凪は呟く。何となくではあるがシュークリームを食べたい気分になっていた。彼の数少ない特技であるお菓子作りがほどほどの趣味に落ち着いたのは、そこらで容易に美味しいスイーツが買えるせいもあるだろう。
「だから、現世の金など持っておらぬ。代わりにこの店に加護を与えてやるから
「だからねえお嬢ちゃん。そういうわけにもいかないの。遊びに付き合ってあげたいのもやまやまだけどこっちも商売だからね、きちんとお代は頂かないと駄目なのよ」
コンビニに入り、まあ一番シンプルな奴でいいかとシュークリームを手に取った九凪の耳にそんな会話が聞こえてくる。ちらりと視線を向ければまだ小学生くらいに見える小さな女の子がカウンター越しの店員へと届かぬ両手をわしゃわしゃ伸ばしている。遠ざけるように店員がシュークリームを持っているところを見ると、会話的に少女はそのシュークリームをお金は払わず手に入れようとしているようだった。
「…………」
はっきり言って九凪にはかかわる理由はない。少女はかわいらしい容姿をしているが、彼に幼女趣味はないし知った顔でもないから義理もない。しかしこのまま自分がシュークリームを買おうとすると巻き込まれそうだなとは思い…………それならまあいいかと彼は小さな親切をすることに決めた。
「それ、僕がお金払いますよ」
自分の分のシュークリームを手にレジを向かい、まだ喚いている少女を横に店員のおばさんへと声をかける。見れば人の良さそうな顔のおばさんで、強気に少女を追い払えもしない様子のようだった。
「あら、おにーさんその子の知り合い?」
「違いますけど、まあ居合わせた縁ということで」
「いいの?」
「はい」
店員のおばさんは迷ったようだが、いつまでも少女の相手をしていられないからと九凪の好意に甘えることにしたようだ。彼の持ってきたシュークリームと少女の物をさっとレジへと通し、九凪はその値段を確認するとレジの精算機へとちょうどの小銭を入れた。
「ありがとうね」
「いえ」
申し訳なさそうな表情のおばさんへ答えて九凪はシュークリームを受け取る。そして少女のほうへと視線を向けると彼女はじっと彼を見ていた。状況はきちんと理解しているのか先ほどのように喚くでもなく黙って様子をうかがっている。
「とりあえず、お店を出ようか」
このコンビニにはイートインのスペースもあるが、そこを使えばおばさんにまた気を遣わせるだろうし九凪も少し気まずい。ちょっと行ったところに小さな公園があるからそこのベンチでいいだろうと彼は判断した。
「お主についてゆけばそれをわしに捧げてくれるのじゃな?」
「うんまあ、その通りではあるんだけど…………」
それではまるで九凪が物で釣って少女をよからぬ場所へ連れ込もうとしているように聞こえる…………やっぱりこの場で少女にシュークリームを渡して帰るかと彼は迷う。しかしそれでは少女は味を占めてまた同じことをするかもしれないし、次は九凪と違ってよからぬことを考える人間が現れる可能性だってある。
シュークリームを渡して少し注意だけしてすぐ帰ろう、そう決めて九凪は歩き始めた。
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