第二十五話:勇者の開拓支援
「今は畑を新しく開拓しておるところなんですわ」
「なるほどー」
案内の農場長の説明に相槌を打つ慈。魔族軍との戦況により、近年オーヴィスの人口が急激に増えた事もあって、食糧供給の要所にもなっているベセスホードは農場の拡張も急ピッチで進められていた。
平原を開拓しての農地拡大。既に元の二倍近くまで広がった畑の周辺には、結構大きな岩がゴロゴロしていたり、ぽつぽつと木が生えていたりするので、整地はなかなか難航しているようだ。
「この辺りまでは穏やかな平原が続いていたので、割と楽に
もう少し先辺りからは荒れ地になっており、徐々に地面も硬くなって、大きな岩が増えて来たそうな。水路を引く工事も考えると、この一帯を畑にして耕せるようになるまで、まだ後100日以上は掛かるだろうとの事だった。
「ふーむ」
慈は額に手を翳して作業中の土地を見渡す。ざっと眺めて三十人くらいの労働者が、六つの班に分かれて作業しているようだ。
「アンリウネさん、今日は午後の予定は?」
「今日は特に予定を入れておりませんが……」
「じゃあちょっとここを手伝おうかな」
そう言って慈は、農場長に作業中の労働者達を一旦集めて貰った。
作業に駆り出されていた労働者は、半数が日雇いの開拓作業未経験者。残りの半数は農場経営者と土木作業員で、彼等が各班の指揮を執って作業を行っていたようだ。
その中でも、労働者達のリーダーとして全体を纏めている元傭兵作業員が、彼等を代表して挨拶をする。
「あ~。神殿の偉いさん達がわざわざご足労して下さったみてぇですが、工期が遅れてるんで、お有り難い
「パークス! 失礼だぞっ 申し訳ありません勇者様、彼は何分学のない傭兵上がりでして」
農場長が慌てながら『パークス』と呼んだ元傭兵作業員を叱責しつつ、慈達に謝罪する。が、パークスも彼に率いられた労働者達も軒並み不満そうだった。
「いや、説法の予定は無いから安心してくれ。それより開拓予定地の図面でもあれば見せてくれないか? なければ口頭でどこからどの辺りまで開いて、どんな風に水路を伸ばすのかも詳しく」
慈はここで進めている開拓工事の詳細な情報を求めた。立派な剣を提げた『勇者』とやらが、なぜそんな情報を欲しがるのかと、訝し気な表情を浮かべたパークスは面倒くさそうに答える。
「図面は今手元にねぇが……農場にするのは、あそこに――二本並んで生えてる木の辺りまでだ。水路はそっちに積んである石材の辺りからになるな」
パークスは、農場長が顔を青くしながら睨んで来るのに肩を竦めつつ、慈に大まかな範囲を指し示した。水路は溝を掘った後に補強も必要なので、掘り始める地点に石材を積んである。
「ふむふむ、奥行きはあの辺りまでか。横幅は?」
「そこの柵から、向こうの杭が並んでるところまでさ」
慈達が向かい合っている場所から、数メートルほど左側に見える木の柵を指差したパークスは、そのままぐるーっと反転して遠くに見える目印の丸太の杭を指した。
「おおー、結構広いな。あちこちに転がってる岩とか、ぽつぽつ生えてる木とかは全部除去するんだな?」
「そうだ。木は根っこも掘り出さなくちゃならねぇし、岩はもし地下にでかい本体が埋まってたら、解体に魔術士を呼んでもらわなきゃならねぇ」
この面積の開墾を、非経験者も交えてたった三十人程度の労働力で進めなければならない。とにかく忙しいので、早く帰って欲しいと言外に滲ませながら説明するパークス。
彼の不躾な態度に農場長がやきもきしているが、慈は気にせず開拓予定地一帯を見渡すと、背負っていた宝具入りの鞄を外してアンリウネ達に預けた。
「シゲル様?」
「ちょっと整地して来るから、持ってて」
アンリウネ達六神官や農場長、パークスを始めとする労働者の集団をその場に残し、先程の木の柵の近くまで進んだ慈は、おもむろに宝剣フェルティリティを抜く。
「このくらいかな」
柵から二メートルほどの位置に立ち、遠くに見える二本の木の付近までの大まかな距離を測ると、剣に光を纏わせる。
そうして一閃、振り抜いて勇者の刃を放った。
次の瞬間、慈の正面の地面が爆ぜる。およそ四メートル幅ほどに渡って地面が巻き上げられたかと思うと、こんもりと盛り上がった土のうねりが一直線に走っていく。
丁度、大きな広い布の端を掴んで、上下にバフンと一払いした時に発生するアレのように。
高さ1.5メートル程に達した土のうねりは内側から光を発しており、進路上の岩の塊や木々を粉砕しながら進んでいく。
「な、なんだありゃあ!」
「土系の魔法か?」
「あんなの見た事ないぞ」
「ていうか、どこまで進むんだよあの波」
慈が突然抜刀して剣を光らせ始めた時は、何事かと訝しんだパークス達が、その様子を見て騒ぎ始める。
土の波に触れた岩の塊や木は、その瞬間粉々に吹っ飛ぶので、うねりが通り過ぎた場所はまるで耕した後の地面のようになっていた。
粉砕された岩の塊や木のあった場所には、細かい石の欠片と木片が散らばっている。
慈が発生させた土の波は、目印である二本の木の辺りまで進んで消えた。開拓予定地の範囲内に、四メートル幅の耕かされた地面のラインを残して。
「よし、この調子で端の方までやるぞー」
慈は、唖然としているパークス達に声を掛けると『石の欠片や木片の回収は任せる』と伝えて、最初に作ったラインから少し横に移動したところで、再び剣に光を纏わせた。
ヴォンッという剣波を放つ音と同時に、重く、くぐもった衝突音と、足元から伝わる振動。勇者の刃を内包した土のうねりが地面を耕して行く。
我に返ったパークス達は耕かされた一帯に入ると、手分けして石の欠片と木片を運び出す。
「すげぇ、木の根まで粉々だぜ」
「足元に気を付けろ、結構沈むぞ」
慈の勇者の刃開墾とパークス達の回収作業は小一時間ほど続き、気がつけば開拓予定地は綺麗に整地された状態になっていた。
遅れていた工期を取り戻すどころか、大幅な期間短縮を見込めるほどだ。
「わっはっは! あんたすげぇーなっ 勇者様ってのは土木作業も出来ちまうのか!」
「いやあ、俺の力は壊すだけなら――色々応用が利くんだ」
バンバンと背中を叩いて称えるパークスに、慈は「役に立てて良かったよ」と謙遜する。農場長は勇者様に対する敬意の欠片も無いとパークスの言動に頭を抱えていたが。
後は労働者の皆さんに頑張って貰おうと、慈はここで農場視察を切り上げた。
「さーて、帰りはシャロルさんとリーノちゃんとフレイアさんに魔族の事を説明しないとな」
帰りの馬車に向かって歩き出す慈に、付き従うアンリウネとセネファス、レゾルテは、あの話を聞かされた彼女等がどう反応するのかと考えながら、六神官仲間の三人に視線を向けた。
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