第二十三話:救いの手
神官長の手の者による監視もあるという事なので、慈はひとまず引き揚げに掛かる。
「どう対処するべきか、ちょっと皆と相談して来るよ」
慈は、自分がこの街に滞在している間に決着をつけるつもりなので、動きがあるまではこれまで通りに振る舞うようイルド院長とサラに伝えると、『宝珠の外套』の機能で姿を隠した。
目の前で唐突に消えてしまった慈に、二人が驚いている。
もし、サラ親子を連れ出さなければならない事態が起きたとしても、この外套を使えば安全確実に移動させられるだろう。
地下室を後にした慈は、院長室前の廊下に出ると、侵入した窓を目指して静かに駆け出した。
アンリウネ達は孤児院から少し離れた場所にある公園脇に馬車を停めて、慈の帰りを待っていた。
「本当に、ここで待っていて良いのでしょうか……」
「大丈夫ですよ。シゲル君を信じて待ちましょう」
外の様子を見ながら心配そうに呟くアンリウネを、シャロルが宥める。その時、微かに馬車の扉をノックする音が聞こえた。
「シゲル様?」
「うん、乗ったら直ぐ降りるから、ちょっと奥に詰めててくれる?」
慈の要請を受けて、アンリウネとシャロルが席の端に寄る。すると、扉が開いて慈と思しき気配が入って来た。
「おっと」
「きゃっ」
見えない相手が結構な勢いで飛び込んで来たので、距離を取り損ねたアンリウネが巻き込まれて座席に転がる。そこで、宝珠の外套の隠密を解いた慈の姿が現れた。
「あ、ごめん」
半身で横たわるアンリウネを押し倒したような恰好になっていた慈は、一言謝ってさっと身体を起こすと、そのまま馬車を降りる。
この行動により、周辺から確認出来る
孤児院を監視している者達の目を欺く為の処置だ。慈の後に続いてアンリウネとシャロルも馬車を降りて来る。
静かな公園の敷地に積み重なった落ち葉を、サクサクと踏み鳴らしながら歩く慈は、周囲に人影が無い事を確認しつつ、後ろを付いて来る二人に小声で話し掛けた。
「孤児院を探ったら街の事で色々出て来たんで、ちょっと相談があるんだけど」
「それは、どのような事でしょう?」
シャロルが小声で返し、アンリウネは静かに耳を傾ける。慈は二人に、孤児院の補助金が不正に横流しされている事を伝えた。
「その情報は、確かなのですか?」
「うん、院長さんから直接聞いたからね。横流しの主犯はこの街の神官長だってさ」
他にも色々と厄介な問題があるのだと、慈は微妙に詳細をぼかしつつ語る。流石にこの公園で散歩を装いながら話すには、少々内容が濃過ぎて長くなりそうだ。
「盗聴を完全に防ぐ手段ってあるかな? なければ今の宿以外の場所で詳しく話したいんだけど」
神官長が手配した神殿に併設している宿の部屋では、聞き耳を立てられている恐れがある。そう主張する慈に、アンリウネとシャロルは少し深刻な空気を纏う。
「王都の大神殿に属する、同じ神殿の信徒とて、必ずしも信用してはいけないという事ですか」
「……確かに、少々気を抜き過ぎていたのかもしれませんね」
護国の六神官に選ばれたアンリウネ達は、所謂エリート神官だ。安全な王都の大神殿に勤めている事もあってか、彼女等は普段から荒事に触れる機会も少ない。
地方の街とは言え、一つの神殿を任されている神官長が不正を働いてまで金銭に執着するような話は、知識としては知っていても、実感を伴う事は無かったのだ。
多くの命が生死を彷徨う戦場の、張りつめたような緊張感とはまた違った、重く黒い泥がじわりと絡みつくような不快感を覚える。
そんな二人の深刻な気配を察した慈は、そこまで思い詰める事は無いとフォローした。
「権力者とか聖職者の不正なんて昔からよくある事でしょ。悪い部分は切除して、良いところを護って行けばいいんだよ」
「そうは言われましても……」
慈に休息を取らせがてら交流と親睦を深める目的で連れて来た地で、
「身内の膿を出す良い機会だよ。不正を働いてる人を一掃すれば、味方の結束も固まるっしょ」
「ですが、不正に関わっている者達を、どうやって調べます?」
簡単な事のように言う慈に、シャロルが問い掛ける。しかし、彼女の当然の疑問と不安を、慈は一言で払拭した。
「俺の『勇者の刃』って、結構柔軟な条件を付けられるんだ」
「条件?」
「例えば、人が大勢いる中で『こちらに悪意を持つ者のみ』、とか『敵対の意志を持つ者のみ』みたいにね」
「それは……」
特定の条件を満たした者だけを『滅ぼすべき敵』に認定して斬る事が出来る。その条件を細かく設定して剣を一振りすれば、勇者の刃が対象を選別して斬ったり素通りしたりするのだ。
「まあやるなら一気にやらないと色々問題も出るだろうから、俺達だけでどこまでやっていいのか、一度
結構大規模な一斉摘発になると思うので、それなりに準備も必要だからと締め括った慈は、昼からの農場視察へと話題を移した。
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