第四十九話:遠征訓練



 大神官と国王に働き掛けて聖都軍部への根回しをしつつ、フォヴィス王子に紹介される形で聖女部隊の全体管理を担う纏め役候補と顔合わせを行う。

 王子の私室で行われる顔合わせに、やって来た呼葉を待っていたのは四人の纏め役候補。防衛軍から集められた、現在担当部署を持っていない指揮官達。

 その中に一人、知っている顔があった。


「あーこの人かー」

「……」


 クラード・バッセラ将軍。北門守備隊の総指揮を担っていた将軍で、呼葉がこの時代にやって来て最初の戦いに同行した人物である。

 五十年後の世界では、有象無象の使えない将軍の一人としか数えられていなかった。実際、現場で呼葉に兵を与えず独りで戦わせた事を追及され、今は北門守備隊の総指揮から下ろされている。

 北門のクラード防衛隊は、呼葉が慰問巡行に出ている間に消えてしまっていたようだ。さておき、呼葉はとりあえず纏め役候補の皆に挨拶をして、今後の流れを説明する。


「既に見知った方もいますが、皆さん初めまして。聖女として喚ばれた呼葉です。皆さんにはこれから私の部隊全体の纏め役として行軍に参加してもらい、適性を測りたいと思います」


 試運転の延長となる遠征訓練。聖都周辺で魔族軍に占拠されている村や街を解放して回り、その結果を見て正式採用を決めるという呼葉の説明に、纏め役候補達から質問が上がる。


「聖都周辺と言うが、魔族軍の手が及んでいるような場所はかなり遠方になるのでは?」

「遠征訓練ですからね。クレアデス方面の国境沿いに一巡りするつもりです」


 恐らく、小さな村や集落は無くなってしまっているところもあると思われるが、そういった廃墟での野営も訓練の一環にする。

 クレアデスの王都アガーシャまでは、クレアデス解放軍と行動を共にする事になるが、その先のルーシェント国領内では、聖女部隊が単独で動く予定なのだ。

 魔族軍の支配域での活動がメインになるので、ほぼ斥候部隊しかうろついていないオーヴィス国領内での行軍でもたつくようでは話にならない。



 遠征訓練は国境沿いまで北東に進み、北西方面へ抜けて聖都に戻る道順で計画された。聖都にある地図によれば、道中にいくつかの村や集落が確認されている。

 四人の纏め役候補は全員同行させる。途中で指揮を交代して手際を見たり、何か問題が起きればその都度皆の意見を聞くなどして誰が一番適役か測るのだ。


「では、最初はあなたからお願いしますね」


 纏め役候補の一人を指名して聖都を出発する聖女部隊一行。防壁の外に並べられた十台の馬車が連なって動き出す。

 聖女部隊の試運転は一応、秘密裏に行われているので、聖都の住人達による盛大な見送りなどは無かったが、遠征訓練に出掛ける呼葉達を偶々見掛けた一部の人々から手を振って激励された。

 北に続く街道を進み、再建中の第二防衛塔を越えた先にある分かれ道を東へ。この辺りは聖都軍の哨戒も多く、街道上にはちらほらと旅人の姿も見える。

 聖都の南側方面に比べれば殺伐とした空気を感じるが、まだ比較的安全な地域であった。


「今日は最初の村まで進んで一泊する予定だから、道が荒れて来た辺りで祝福するね」

「了解しました。聖女様の祝福の恩恵、この身でしかと確かめたいと思います」


 街道は、クレアデスとの行き来が激しい北方面はよく踏み均されていて、整備もされているので起伏も少ないのだが、あまり人通りの多くない辺境方面になると結構荒れている。

 と言っても、馬や人の足でなら普通に歩けるし、躓くほど大きな段差や穴があったりするわけではないので、然程困るような状態ではない。

 しかしながら、馬車の車軸や車輪への負担を考えると、速度は出せなくなる。普通ならば――

 ガタガタと、馬車の揺れが大きくなる。街道の荒れた区域に入ったようだ。


「それじゃあ祝福行きまーす。纏め役の人は今日の目的地までの行軍指揮をよろしく」


 道中で魔族軍の斥候と遭遇したり、魔獣の襲撃があった場合の対処も任せると指揮を託した呼葉は、部隊全体に聖女の祝福を掛けた。

 馬車の車体そのものや、それを引く馬も含め、聖女部隊が丸ごと強化される。荒れた街道に減速するどころか、逆に速度が上がって行く。

 ズドドドドッという地響きを立てて砂塵を巻き上げながら進む聖女部隊の馬車隊。時折、街道を行く旅人の集団を見掛けるが、凄い勢いで駆けて来る馬車隊に皆が驚き、道の脇へと避けている。


「これは凄い! この速度なら目的地まで直ぐに着けますな!」


 指名した今日の纏め役候補は、そう言って『聖女の祝福効果』を称賛する。しかし、呼葉は内心残念な気分で唸っていた。


(うーん、この人は駄目っぽい)


 今は道なりに進んでいるだけとは言え、大きく曲がりくねった街道は木々に遮られて先の様子が見えない箇所もある。安全確認に斥候の指示を出すでもなく、偶に見掛ける旅人の集団と遭遇しても、部隊に警戒を促すでもなく素通り。

 祝福を受けた馬車隊の勢いは確かに凄まじく、興奮する気持ちは分かるが、それにただはしゃいでいるだけのようでは、とても部隊全体の指揮など任せられない。


 そんな調子で休憩も挟まず街道をひた走り、何事も無く最初の村に到着した。通常なら急いでも半日は掛かる距離にあったが、まだ日の高い内に着いたので余裕をもって野営の準備にはいれる。

 呼葉は特に指示を出さず、六神官を連れて村長のところへ挨拶に向かった。戻って来るまでに野営なり移動なりの準備がどれだけ出来ているかを見るつもりだったのだが――


(これは期待出来そうにないかな)


 今日の指揮に指名した纏め役候補は、馬車の上から村の景観を見渡しながらノンビリしている。呼葉からの指示待ちのつもりであろうが、呼葉が一々指示を出すのであれば纏め役など必要ない。クレイウッド参謀やパークス傭兵隊長、六神官の誰かで事足りる。


 六神官を連れた『聖女様』に訪ねられて恐縮しきりな村長に、明日の朝まで村の中で野営させてもらう事を告げて挨拶を済ませた呼葉は、馬車隊のところに戻る。


「お帰りなさいませ、聖女様!」


 今日の纏め役候補に出迎えられたが、馬車隊は村に入って来た状態そのままだった。


「……ご苦労様。馬車を移動させて、野営の準備を終えたら休憩にしましょう」


 呼葉に言われて、纏め役候補が野営の指示を出すと、兵士達は天幕を張り出し、世話係達は食事の用意を進める。傭兵達は自主的に班別けを行って、既に村周辺の哨戒と見張りの準備を始めた。

 傭兵達の指揮を担うパークスがスススと呼葉の傍に寄ると、ひそひそ声で話し掛ける。


「ありゃ駄目だな」

「うん、使えないね」


 部隊の纏め役として雇いたい人の仕事や役割については、出発前の顔合わせの時もしっかり説明しておいた筈なのにと、小さく溜め息を吐く呼葉の隣で、パークスは肩を竦める。


「兵士なんてのあ、与えられた命令をどれだけ忠実にこなせるかしか評価されねぇからなぁ」

「確かに、言われた事はそつなくこなしてるよね、あの人」


 しかし指示されていない事には一切手を出していない。恐らく、どの場面で何をするべきか予め指示を出しておけば、完璧にこなせる実力はあるのだろう。

 何となくフォヴィス王子の意図を感じる。


「もしかして、人材育成に利用されてる?」


 フォヴィス王子の手駒には優秀な密偵が居るようだが、まだ戦力と呼べるだけの実行部隊が組織されていない。

 後に王子の直属部隊を率いる人材の育成を兼ねて、聖女部隊の纏め役候補として参加させる事で、実地訓練で経験を積ませる――というような目論見があるのかもしれない。


 恐らく、王子が望んでいる人材と、聖女部隊が必要とする人材は被らない。

 聖女部隊に必要な人材は、上からの指示が無くとも自発的に状況を見て判断を下し、部隊を的確に指揮できる部下なのに対し、王子に必要な人材は命令に忠実で余計な事をしない部下だ。


 今回紹介された纏め役候補を満遍なく使って経験を積ませ、最終的に聖女部隊に迎える候補を選べば、残った候補はフォヴィス王子の私兵の指揮官辺りに組み込まれるのだろう。


(まあ、フォヴィス王子には色々便宜も図って貰ってるし……)


 子飼いの育成に協力するのもやぶさかではないが、あまり手のひらの上で踊らされるような扱いを受けるのは面白くない。


(頼まれたら協力するけど、別に頼まれてないもんね)


 推測はあくまで推測でしかなく、候補の人選に王子の意図があったかどうかなど、本当のところは分からない。

 とりあえず、一人目の纏め役候補は一日目で交代が決定したのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る