第三十六話:『縁合』



 すっかり陽も昇りきり、騒ぎのあったベセスホード神殿前に野次馬が集まり始めた頃。ワグナー邸に乗り込んでいる呼葉達は、グリント支配人の私室で不正の証拠集めを終えていた。


「これだけあれば十分かな?」

「そうですね。告発する内容と相手は、吟味する必要がありますが」


 抑えた証拠をもって全ての不正取引相手を告発・糾弾するのは問題があるので、叩くべき相手と目溢しする相手を選ぶところから始めなければならないと説くアレクトール。

 呼葉は特に『悪は絶対裁く』というスタンスをとっている訳ではないので、その辺りの判断はプロに任せる事にしている。

 ここぞという要所で自分の方針に沿うよう意見を差し込めれば問題無い。


「それじゃあ一旦宿に戻って、それから――」

「失礼します。聖女様に御目通りを願いたいと言う方々がお見えですが」


 そろそろ引き揚げようかという時、屋敷の使用人がやって来て、呼葉達に面会を求める者が訊ねて来ていると告げた。是非お話したい事があるという。顔を見合わせる呼葉とアレクトール達。


「さっきの尾行組かな?」

「どうでしょう……? お会いになりますか?」

「一応、警戒はしとくか」


 この期に及んでイスカル神官長やグリント支配人派の刺客は無いと思うが、念の為に護衛騎士も同室させると言うソルブライトの意見を参考に、呼葉達は屋敷の応接間で訪問者と会う事にした。

 案内されて応接間に入って来たのは、商人風の恰好をした三人の男だった。そこそこ整った服装は質の良い仕立てをしており、少なくとも一般庶民ではない事を窺わせる。


「この度は聖女様に御目通りいただき、感謝いたします」


 三人組の代表で普通の中年おじさんっぽい人がそう言って頭を下げる。彼等をソファーに座らせた呼葉は、対面に腰掛けた。

 呼葉の両隣にアレクトールとソルブライトが座り、三人組の後方に護衛の騎士が陣取る。


「それで、お話したい事とは?」


 アレクトールが訊ねると、三人組の真ん中に座る代表の男は、左右の仲間に目配せして軽く頷き、決意を感じさせる口調でおもむろに言った。


「サラから聖女様の事を伺いました。我々はレジスタンス組織『縁合えんあい』に所属する者です」

「レジスタンス……?」

「えんあい……?」


 ソルブライトとアレクトールは小首を傾げたが、呼葉はサラの名前が出た事で直ぐにピンと来た。


「魔族の穏健派の人達って事でいい?」

「はい」

「っ……!」

「!? マジか」


 護衛の騎士を始め、アレクトール達は目を瞠って驚いているが、呼葉は穏健派魔族からの接触の可能性も考えていたので、そこまで驚きは無い。


「サラから話を聞いて会いに来たって事は、協力してくれると考えて良いんですね?」


 終始落ち着いた雰囲気でそう訊ねる呼葉に、若干緊張していた『縁合』の三人は少しほっとした様子を見せる。そうして自分達について話し始めた。

 彼等は、魔族領に栄える唯一の国『ヒルキエラ国』で、魔族を統べる『魔王ヴァイルガリン』に対抗するべく活動している、レジスタンス組織の一つだという。

 ヴァイルガリン一族の暴挙を止め、ヒルキエラを平和で豊かな国にしたいというのが、彼等の願いであり組織の目標であるのだが、正直なところ彼等の活動は手詰まりの状態らしい。


「魔族領では弾圧と取り締まりが厳しく、平和を訴える我々に居場所はありません」


 彼等『縁合』は、レジスタンス組織の中でもとりわけ穏健派で武力に頼らない方針を掲げる集団であった。その為か、他の組織とも今ひとつ共闘が上手く行かず徐々に孤立。

 魔族軍の支配域には拠点を置く事も出来ず撤退を続け、遂には人類最後の砦と謳われる南の大国オーヴィスの更に後方にある、辺境の街であるここベセスホードにまで落ち延びて来た。

 どうにか自分達の活動に突破口をと模索していたところに、『聖女コノハ』が現れた。


 実は、呼葉達が宿泊している高級宿にも『縁合』と繋がりのある諜報役の者がおり、呼葉が考える『戦争の落としどころ』について、六神官が話し合っている内容を把握していたという。

 サラ親子とウィル院長からも呼葉の人となりを聞き、協力すべき相手と判断した彼等は、今回の騒ぎに乗じて接触に踏み切ったとの事だった。


「貴方達が武力に頼らない組織って事は、武闘派・・・の穏健派魔族組織とかもあるんだ?」

「寧ろ他は殆どが闘争志向で、対話と交渉を軸にする我々は少数派ですね」


 ふむと、呼葉は腕組みをして考える。護衛の騎士やソルブライトは、覇権目的で軍事侵攻を続ける魔族軍相手に、武力を用いぬ組織など何の役に立つのかと懐疑的な様子だった。

 呼葉も『縁合彼等』が魔族軍との戦闘で役立つとは思わない。しかし――


「なるほど、お話は分かりました。私はオーヴィスの聖女として、穏健派魔族のレジスタンス組織『縁合』との協力体制を結ぶ事を宣言します」

「ぉお!」


 パッと表情を輝かせる『縁合』の代表者達。彼等とは対照的に、アレクトールは憂いた表情を浮かべる。


「コノハ殿、よろしいのですか?」

「流石に本国とも相談無しで、向こう魔族の組織と手を組むのはマズくねぇか?」


 苦言を呈するソルブライトに呼葉はさらりと言った。


「別に同盟組もうって訳じゃないんだから問題無いでしょ」

「え?」

「え?」


 ソルブライトと『縁合』の代表者の疑問形がハモる。


「魔族と人類の戦争を終わらせる為に、穏健派魔族のレジスタンス組織『縁合』の皆さんと私は・・力を合わせて頑張りましょうって事だよ。そこに国家云々はあんまり関係無いわ」

「え……いえ、しかしそれは……」


 聖女による『協力体制を結ぶ宣言』でオーヴィス国という後ろ盾が出来たと思っていた『縁合』の代表者は、あくまで呼葉が個人的に協力し合うだけだと告げられて狼狽える。


「とりあえず、『縁合』の皆さんには他の武闘派組織との繋ぎを付けに動いてもらうつもりよ」

「え、えぇ~……」


 一応、オーヴィス国内で大手を振って歩ける程度には身柄の安全を保証するよう、本国に伝えておくという呼葉に、『縁合』の代表者は不安気に顔を見合わせる。

 そんな彼等と呼葉を、アレクトール達は複雑な表情で見つめるのだった。


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