第三十四話:圧倒




 闇が最も深くなる夜明け前。神殿前広場は異様な空気に包まれていた。

 オーヴィスの聖都軍で採用されている一般兵装で身を固めた四十人ほどの男達が剣や槍を持ち、農具や木の棒、石を詰めた布袋などで武装した労働者風の集団を率いている。


 武装集団の規模はおよそ二百人以上。数だけ掻き集められた労働者風の集団と比べて、一般兵装の集団はきっちり統率されている。彼等は普段、神殿警備隊や街の衛兵として働いているのだが、その中でもイスカル神官長やグリント支配人の私兵として、いわゆる用心棒のような扱いを受けている一部の者達であった。


 一般兵装組の装備はいずれも軍属を示す紋章の部分が空欄になっており、聖都軍に卸す為に製造された武具を纏っている事が分かる。


 高級宿の正門は開かれており、広場の武装集団が今にも突入して来そうな緊張感が漂う中、突然辺り一帯に眩しい光が降り注いだ。空に巨大な光の球が打ち上げられたのだ。

 広場と周辺を昼間のように照らし出す巨大光球。それを見上げる誰もが、聖女の放ったモノだと確信する。皆が光球に注目して一瞬の静寂が訪れたその時、広場に向けて呼葉の声が響いた。


「ベセスホードの街の皆さん! 私はオーヴィスの聖女コノハです!」


 呼葉は当初、巨大光球ではなく巨大火炎弾を打ち込んでの奇襲を考えていた。しかし、広場に集まっている者達の顔触れを見て少し方針転換をした。

 全員がイスカル達の私兵であれば容赦なく叩き潰していたところだが、明らかに無理やり連れて来られた風体の住民達が多数交じっているのだ。

 あれを焼くのは流石に気の毒という訳で、呼葉は無理強いさせられている人達や、気が進まないまま参加している者達に慈悲チャンスを与える事にした。


「イスカル神官長とグリントさんは、街の資金を横領するなどの不正をしていました! 私は聖都で彼等の罪を告発し、裁いてもらうつもりです!」


 ざわめく広場前の武装集団。一般兵装組の中にも動揺している者が見られる事から、やはり彼等の殆どは事情を教えられず召集された者達のようだ。


「私達に敵対する者は、人類への反逆者と見做して討ちます! 味方する者には聖女の祝福を与えます!」


 呼葉はそう宣言すると、『こちらに害意の無い者、味方する者』という条件でこの一帯に祝福を放った。集団の中の何人かがピクリと反応する。


「では始めましょう! パークスさん、やっちゃってください」

「お、おう!」


 予想以上に多かった武装集団を前に若干怯んでいたパークスだったが、開拓現場で受けた『聖女の祝福』の効果を感じ取ると、盾を構えて単身で飛び込んで行った。


 遅れてやって来た護衛の騎士達はまだ及び腰で、呼葉の傍を離れない。が、祝福効果を受けた彼等が一斉に斬り込めば、無理やり連れて来られた敵対の意思が無い農民達が確実に怪我をする。

 なので、これはこれで丁度よかったと、呼葉は内心で頷く。


「パークスさん、先に装備が整ってる人達から蹴散らして!」

「了解だ嬢ちゃん! おらぁどけどけぇ! 怪我したくない奴は道をあけろ!」


 巨大光球と呼葉の最初の呼び掛けによって武装集団の動きが完全に止まっていた事もあってか、広場を埋め尽くす農民兵の中を、パークスは真っ直ぐ突き進む。

 農民兵側も突っ込んで来るパークスを思わず避けてしまい、誰も迎撃行動を取らない。そのまま武装集団の後方に並ぶ一般兵装の部隊に辿り着いたパークスは、手近な相手に盾でぶちかました。


「おりゃあ!」

「ぐふ――」


 瞬間、バゴンッという金属がひしゃげる様な音がして、体当たりを受けた相手は後方の建物の柵までぶっ飛ばされた。

 一般兵装組の兵士達はそのあまりの威力に驚くが、ぶっ飛ばしたパークス自身も驚いていた。


「く、てめぇら何してやがる! 攻撃しろっ! あのむすめをやっちまえ!」


 一般兵装組の指揮を執っている男が、農民兵を指揮するリーダー役に叫ぶ。一般兵装組の指揮官はイスカル神官長の私兵部隊を預かる部隊長で、農民兵の指揮役はグリント支配人の護衛をやっている傭兵崩れだ。


「お前ら行け! 神官長と支配人が摘発されりゃあ、俺達も共犯扱いで死罪だ!」


 どの道一蓮托生なのだから、僅かでも助かる道に賭けろと発破を掛ける。どうやらここに集められていたのは、少なからず大なり小なり脛に傷を持つ者達だったようだ。

 それでも、聖都公認の聖女から『人類への反逆者と見做す』とまで言われて敵対の意思を保てる者は、半分も居なかった。


「冗談じゃねぇ、やっぱり俺は下りる!」

「何処へ行く気だ! 死にてぇか! 列に戻れ!」


 農民兵集団の端に居た者達が何人か逃げ出そうとして、一般兵装組に威嚇されている。


「聖女様に武器さ向けるなんて……おでにはできないっ」

「うわっ、てめぇ! 歯向かう気か!」


 そんな中、農具を持った畑仕事スタイルの若者が回れ右すると、自分達に対する督戦隊とくせんたいを気取っていた一般兵装組に殴り掛かった。

 周りから袋叩きにされる覚悟で放った彼のスキの一撃は、一般兵装の盾を穿ち抜いた。彼には、呼葉の『こちらに害意無し、味方の意志有り』の条件クリアで、祝福が掛かっていた。


「ひぇ! お、おでにこんな力がっ!」

「馬鹿野郎! おめぇの力じゃねぇっ、それが『聖女の祝福』の力だ! お前は嬢ちゃんに味方と判断されたんだ!」


 鋤の先に刺さった盾を見上げて顔を青くしている畑仕事スタイルの若者に、近くまで斬り込んでいたパークスが叫んで突っ込む。そして周囲に向かって呼び掛けた。


「他にも祝福を受けている奴が居るはずだ! 聖女の為に戦え! 反逆者共を蹴散らして認めてもらうんだ! イスカル神官長やグリント支配人と心中したくなきゃ、聖女の為に戦え!」


 このパークスの呼び掛けによって、畑仕事スタイルの若者と同じく一般兵装組に武器(農具)を向ける農民兵が出始める。


「パークス! てめぇっ」

「おいっ、そいつを黙らせろ!」


 元傭兵の同業者だった一般兵装組の指揮官達は、農民兵を鼓舞するパークスから先に叩き潰そうと動き出す。


(いくら頭数を揃えただけの肉壁要員でも、これだけの人数が聖女側に寝返ると厄介だ……まずは扇動者を潰して、後は済し崩し的に突撃かまして混戦に持ち込めば――)


 農民兵の脅威度を目くらまし程度に考えていた一般兵装組は、『聖女の祝福』を受けた集団の威力を身をもって知る事になった。


 ドゴンッという重い打撃音が響いて、甲冑装備の兵士が宙を舞う。布を巻いて補強されただけの『木の棒』で殴られた甲冑は、一部装甲が陥没している。

 振り下ろされたクワを打ち払おうとした鋼鉄の剣が折れ、突き出された農具フォークを弾き返そうとした盾に穴が空く。


「な、なんだこいつらの農具!」

「おかしいだろっ なんでこっちの装備が打ち負けるんだ!」


 一般兵装組の狙いは、肉壁と目くらまし要員で連れて来た烏合の衆である農民兵をけしかけて、聖女と護衛騎士の動きを封じ、その隙に自分達が聖女を討ち取るという作戦だった。

 だが、敵に回った農民兵は烏合の衆どころか、個々が正規軍の精鋭兵並みの力を発揮するうえ、振るわれる農具は一級品の刀剣の如く強固。

 さらには数の暴力によって、襲撃の本命部隊である一般兵装組はあっという間に蹴散らされたのだった。



「終わったぜ嬢ちゃん。へへっ、やっぱすげぇな聖女の祝福ってやつは」

「パークスさん、ご苦労様。ここは任せるから後始末お願いね」


 中々良い働きをしてくれたパークスを労った呼葉は、襲撃者達の捕縛などの事後処理を頼むと、護衛騎士達を連れて隣の神殿に向かう。


「首謀者イスカル神官長とグリント支配人の捕縛は私達が担うから、お仕事しっかり頼むわよ?」

「は、ハッ! ご期待に沿うよう尽力致します!」


 結局、広場での戦いに参加しなかった護衛の騎士達。

 流石に不甲斐なさを恥じ入る気持ちがあってか、彼等は終始うつむき加減な様子を見せていたが、今回の事案で一番大事な仕事をもって名誉挽回のチャンスを与えてくれる呼葉に、心の底から報いる事を誓っていた。


 ベセスホード神殿に突入する聖女コノハと護衛騎士。その後に密偵従者のシド少年が続く。

 ふいに、シドは広場を挟んだ反対側の通りを振り返った。何か違和感を覚えた気がしたのだが、視界に映るのは夜明けの陽光に照らし出される建物と、柵の影が長く伸びている長閑な光景ばかり。


「……」


 少し小首を傾げたシドは、意識を首謀者の捕縛任務に戻すと、呼葉達を神殿の奥部屋に案内するべく駆け出した。


 ――そんな神殿前の様子を、朝日に伸びる建物の影から、じっと見つめる者達が居た。



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