第20話 魔人との接触

 あれから、数日後、僕は普通に学園へやってきていた。


 魔法実技の授業中、突如、地上に何かが落ちてきた。


 角を持った人型の生物だった。


 僕らが不思議に思い、近づいたところで急に魔法が撒き散らされた。


 僕は咄嗟に結界を張って難を逃れたが、他のみんなは多くが被害に遭っていた。


「あははははは、脆い脆い。人間とはここまで脆いのか。」


 無茶苦茶だ。


 校庭がすでにボロボロになっている。


 ただ、好都合なことに敵の周囲にいたみんなは先程の攻撃で吹き飛ばされている。


 僕はすぐさま敵と僕を囲うように結界を張る。


「なんだこの結界は?随分シンプルな結界のようだが、なかなかに固いもののようだな。」


「なかなかだと。これでも最強クラスの結界なんだけどな。」


「確かにこれを壊すのはなかなか骨が折れそうだ。」


 そう、今言った通り、これは絶対領域、僕が使える…というよりも、現在最強と呼ばれている結界術の一つである。


 きめ細やかなステンドグラスのような細工が施されている。


 が、しかし、そこには複雑な術式や構造は必要とされていない。


 たった一枚のシンプルな構造の結界である。


 しかし、内部外部ともに強度は最強クラスの他に類を見ないものである。


 と、ここで魔女であるアリス、ナーシャ、ティアの三人がやってきた。


「これは絶対領域か。中にいるのは祈里と魔人か。」


「祈里君、大丈夫かい?一体どうするつもりなんだ。」


「僕は大丈夫です。皆さんは周りのみんなのことを頼みます。こいつの相手は僕がします。それで黄昏、こいつのことを魔人って呼びましたか?」


「ああ、こちらの世界に存在する魔物の上位種。というより全く別の存在とも呼べるな。人の形をした正真正銘の化け物だ。今のお前なら勝率は五分もないと思ったほうがいいだろうな。」


「了解です。おい、魔人!」


「なんだ、坊主。」


「お前、名はなんて言うんだ。」


「俺か?俺は魔人タルタロス。」


「タルタロスだって?」


 ティア先生が声を上げる。


「ティア先生、知っているんですか?」


「こいつのことは知らないがタルタロスといえば外の世界で奈落の神、奈落そのものとさえ呼ばれている存在だよ。」


「奈落の神ね。それまた、強そうなやつが出てきたな。」


「祈里、戦うのなら気をつけるんだよ。くれぐれも慎重にね。」


 黄昏が声をかけてくれる。


「はい。」


「気をつけるだぁ。気をつけたぐらいでどうなるって言うんだよ。」


 タルタロスはニタニタと笑みを浮かべている。


「そろそろ御託も良い加減にしようぜ。戦いを始めようか。」


「ああ、こっちも準備オーケーだ。始めようぜ。」


「おい、」


「じゃあ、」


「「楽しませろよ。」」


 戦いの火蓋が切られた。


 絶対領域というリングにしては小さな会場の中で魔弾の応酬が始まった。


 この半年以上の期間、僕はかなりの成長を遂げた。


 特に夏休みとナーシャとの試験、そしてこの間の刀弥との剣術指南。


 僕の成長は著しいもののはずだ。


 実際、この魔人がどのくらい強いのかはわからないが強いことには間違いないだろう。


 その相手にそこそこ追いつけているのだから、上々である。


「へぇ、なかなかできるじゃねぇか。予想がだったぞ、小僧。」


「俺もだよ。ここまでお前とやれるとは思えなかった。」


「なんだ、小僧。挑発か?」


「こんな安っぽいのに乗ってくれるような存在じゃないだろう、お前は。」


「確かになぁ⁉︎黒螺丸」


 タルタロスが黒い魔弾をこちらに放つ。


 結界を展開して受ける。


 流石の閃光に目を閉じてしまったが、次に目を開いた時、僕の決壊は完全に破られていた。


「ふははは、俺をお前の実力は五分なんてものじゃねぇ、圧倒的に俺が上だ。」


「防御面に関しては、な。でも、その割には絶対領域を破ることはできないんだな。攻撃面はこちらに優位があるみたいだしな。」


「これに関してはなぁ、ちょっと大変なんだ。俺にだって難しいことはあるんだぜ。魔神とはいえな。」


「魔人が何可愛いことを。」


 壊れた結界を修復し、こちらも魔弾を放つ。


 魔人が結界を張ることはなく、すべて直撃で魔弾を受け止める。


「いってぇなぁ。」


「痛いという割には結界を張らないのか?」


「張らないというか張ることができない。俺たちは人間のように幾つもの魔法や魔術を研究したりしない。大抵、一つの魔法を極める。そして、人間では考えられないような時間をかけているからな。だから、俺たち魔人は強い。」


「そうだったのか。確かに魔法の威力だけならお前は今まであったやつの中で最強クラスだろうな。魔女にだって引けを取らないだろうさ。」


「ありがとよ、小僧。」


「良いってことよ。タルタロス。」


 僕たちは二人して楽しげに戦うことになった。


 自分で言うのもなんだがこの時の僕は多分どこか頭のネジが外れていたんだろう。


 でなければ、魔神なんて存在と楽しく戦うことなんてないだろう。


 戦いの最中、謎の高揚感と興奮が僕の心の中を満たしていった。


「さぁさぁ、もっと派手にやろうぜ。」


「ああ、それには同意だ。もっと楽しもう。」


「不思議だなぁ。」


「何がだ?」


「ふ、いや何、さっきまで鬱陶しいと思っていた人間のことなどすでに意識の外に出されている。今はもうお前だけがたまらなく愛おしく、壊したくて仕方がない。」


「あははは、言っていることが恐怖でしかないのだがな。」


「だが、お前にならわかるはずだ。今の俺の気持ちが。」


「まぁなわかるよ、その気持ち。」


「だろぉ。辛いよなぁ、この気持ちはよぉ。」


「そうだな、だからこそ楽しむんだろう、今ここで。」


「そう、だったなぁ!」


 イカれた男たちはこの後も長きにわたって争い続けた。


 黒の魔弾と色彩豊かな魔弾の応酬。


 その結界の中だけは世界が無限の色で埋め尽くされていた。


 周りにいた生徒や教師、魔女たちでさえ、その以上な光景に驚きを隠せない。


 なかなか終わらない戦い。


 両者共に息もきれ始めている。


「はぁはぁ、やるじゃねぇか。」


「タルタロスこそ。こんなに長く戦ったのは数日ぶりだ。」


「数日ぶりかよ。全然昔じゃないじゃないか。」


「そろそろ、決着をつけないか?」


「そうだなぁ、もうちょっと馬力上げるとするか。」


「こっちもまだ余力が残っているんだ。全力で行こう。」


 二人でアップを始める。


 こちらは御業がある、だから良い線はいくことだろう。


 いやいや、良い線と言わず勝たなければいけないのだが。


「「さぁ、行くぞ!」」


 第二ラウンドのゴングが鳴った。


 タルタロスは黒螺砲と言う、多分さっきまでの黒螺丸の上位魔法を放ってきた。


 なぜ、名前がわかるかというとあいつがバカみたいに叫んでいたからだ。


 こちらは心炎で全てを焼き払う。


「なんだ、それは⁉︎」


「これは御業と言ってな、魔法使いや魔術師のとっておきだ。」


「ちなみにどんなのか、聞いてもいいか?」


「ああ、もちろん、ここまで楽しませてもらったお礼代わりですよ。魂レベルで万物を焼き払うものだ。どんな存在だって燃やし尽くすことができる。」


「待て待て待て待て、マジか、マジかマジかマジか。そんなもん食らったら俺も死ぬぞ。やばいって。」


「どうした?まだやるか?」


「いえいえいえいえ、とんでもございません。そんなもの食らったら死んでしまいます。勘弁してください。」


「いやいや、お前に当てるつまりはなかったぞ。」


「あ、ありがとうございます。」


「で、お前はこの後どうするんだ?まだ、暴れるのならこちらも出ること出ますよ。」


「いえいえ、もしよろしければ、貴方様の使い魔にしていただけるとありがたいのですが。」


「使い魔?なぜなんだ?」


「実は私も住処を追われておりまして。」


「住処を?誰からだ?」


「魔神でございます。」


「マジン?お前たちとは違うのか?」


「はい、魔人には階級があるのですが魔神とはその階級の遥か外、魔界の王侯貴族に当たる。化け物中の化け物です。」


「そいつに追い出されたのか?」


「正確には少し違います。奴は大量の魔物を引き連れています。スタンピードとも呼べるような大軍勢です。そいつら私の住処を跡形もなく踏み潰して行きました。もう酷い話です。」


「それでこっちに来たのか?」


「はい、そうなんですよ。なんとか御慈悲をいただけませんかね?」


「それは黄昏たちと話してからだね。とりあえず、この結界を解くけどもう暴れないね?」


「それはもちろん、大人しくさせて頂きます。」


 僕はその言葉を信用して結界を解く。


 結界を解くと心配をしていたのであろうみんなが駆け寄ってきた。


「大丈夫なの?祈里君。」


 そう声をかけてきたのはルナだった。


「大丈夫だよ。ほら、こっちの魔人も落ち着いているし。」


「たしかにそうみたいだけど。」


「みんな心配していたんだよ。」


「そうです。」


 アルルとメルルもルナに続き、口をひらく。


「心配に浸っているところ悪いが説明してもらうぞ、祈里。」


「はい、黄昏。色々、皆さんの考えも聞きたくて、こうやってタルタロスを連れてきたんです。」


 そこから、先ほどタルタロスから聞いた話をみんなにも説明した。


 住処を追われた話、魔神がこの世界にやってきている話、スタンピードが発生した可能性があると言う話。


 黄昏たち、魔女も驚きを隠せないでいる。


 ルナたちに至っては言葉もないと言った様子である。


 最初に言葉を口にしたのはティア先生だった。


「とりあえず、タルタロスのことは君に任せても良いかい?祈里君。」


「大丈夫です。」


「一応、何かあったらボクらも協力を惜しまないけどね。」


「はい、ありがとうございます。」


「それで、問題はスタンピードと魔神のことだろうな。放置すれば大災害になるかもしれないぞ。」


「そうだね、アリス。冒険者協会や魔法協会、教会にも協力要請を出す必要があるね。迅速に対応しなければ。」


「ティア、冒険者協会と教会の対応は任せられるかな?」


 それまで無口だったナーシャも会話に参戦した。


「ナーシャはどうするの?魔法協会の方にでも行くの?」


「ああ、私は腰の重い魔法協会の上層部に掛け合ってみるよ。ちゃんとした対話でね。」


「荒事はやめてよね。」


「大丈夫さ。こっちこっちでちゃんとやる。」


「アリスは学園の方を頼む。スタンピードクラスの災害ともなると学園生の協力も必要不可欠だ。」


「ああ、わかっているとも。学園生の対応は私に任せてくれたまえ。」


「ここにいる全員にも言っておく。今聞いてもらった通りだがこれからスタンピードと言う災害、戦場に赴いてもらうことになる。覚悟を決めてほしい。」


「「「「はい!」」」」


「そうだ、大事なことを聞くのを忘れていた。タルタロス、スタンピードがこちらにつくのはいつ頃だ?」


 確かに聞いていなかった。


 この期間がどれほどあるかによって作戦が変わってくる。


「そうですねぇ、だいたい二週間といったところでしょうか?ああ、境界門でしたっけ、北に、この街を囲む山の入り口に当たる場所がありますよね。」


「あるね、あそこに二週間か。じゃあ、移動も考えて一週間は余裕があるな。」


「じゃあ、その間に僕らは修行したほうがいいんじゃないですか?」


「そうだね、私が直々に教育しよう。」


 黄昏が直々に?


 怖いなぁ。


「今、怖いなぁ?とか思ったかな?祈里。」


「相変わらず、人の心を読みますね。」


「まぁまぁ、良いじゃないか。そう言う事もある。」


「あってたまるか。」


 僕らのやりとりにみんなの中から笑い声が起こる。


 さっきまでの緊張感が薄れていった。

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