第18話 ナーシャの茶会、祈里との時間
時は戻り、初世祈里の時間。
少年は心を落ち着けながら扉を開ける。
扉を開けて、部屋の中に入る。
そこは漆黒が支配する小さいような大きいような一部屋だった。
扉が閉まることで外の光が小さくなる。
完全に閉まり、完全な暗闇になると同時に眼前に人の手が映る。
その手には魔法陣が映える。
それを攻撃と理解するには多少の時間も必要なかった。
ローリングでその攻撃を交わした次の瞬間部屋が真っ白の光に照らされる。
目を腕で覆い、光を遮る。
眩しさがおさまっていくに合わせて腕を段々と下ろしていく。
そのうちに目が慣れて目の前に立つ女性、先ほど攻撃してきた女性がナーシャであるということがわかる。
「いきなり何をするんですか。」
「何、ただの試験さ。これに合格できないようだったら、星は渡せない。」
「え、じゃあ、ルナにもこんなことを?」
「いやいや、君が特別なんだよ。」
「こんなにもされて嬉しくない特別扱いは初めてですよ。」
「さぁ、次だ、次。」
ナーシャは言葉通り次から次へと魔法陣を展開していく。
僕は回避に徹底してなんとかナーシャの攻撃を避けていく。
「そんなものか、今年の学年最強は!」
「なんの話ですか?戦闘中に。」
「いやいや、さっきルナちゃんからそう聞いたんだよ。ルナちゃんが言うには君が最強らしいじゃないか。」
「僕が最強?バカな、だって魔法演舞祭で優勝したのは彼女じゃないですか。僕とは実力が天と地ほどの差がありますよ。」
「私もそう思うが、彼女のことを私は認めた。その子が言うんだ、信じるしかあるまい。そうは思わないか?」
「思いませんよ⁉︎」
「残念だ。」
こちらが残念だよ。
喋りながらでもナーシャの攻撃はかすかにも乱れない。
永遠に化け物じみた攻撃が僕に降り注ぐ。
避けるだけでも大変だ。
「さっさと反撃してこないとこの試験は終わらないぞ。いや、このまま死んでくれたら終わるか。」
「死ぬ⁉︎まさか、本気ですか。…うわっ。本気なんですね。」
ナーシャの攻撃は全くと言っていいほどためらいがない。
「だったら、僕もー。」
魔法陣を展開し、ナーシャに標準を向ける。
まぁ、放たれた魔法は全然ナーシャに当たらない。
当然か、相手は魔女なのだから。
「今、魔女だから勝てないなんて思わなかったかい?」
「っ。そんなこと、ありませんよ。」
その瞬間、目の前のナーシャの姿が消える。
目を閉じた瞬間、ナーシャが僕の後ろに現れる。
僕の背後で赤紫色の閃光が走る。
そのまま、放たれた光線が僕の体を突き飛ばす。
僕の体は壁に激突して瓦礫が飛び散る。
「っくそ、超いてぇ。」
さっきの攻撃を直撃してしまったのか。
どうする。
今のは瞬間転移か。
そんなものに追いつけるのか?
「追いつけやしないさ。高速移動とは違う、座標を指定してその場所に転移しているのだよ。指を鳴らせば瞬く間にその場所に移動できる。反撃の暇どころか、受ける事さえできやしないよ。」
転移、転移か。
さて、どうしたものか。
今の僕では追いつけるものではないか。
その時、指を鳴らす音が響く。
次の攻撃が来る。
間に合え。
いや、無理か⁉︎
しかし、一秒にも満たない間合いで受けに回れた。
それが無ければ今頃、肋骨のほとんどが持っていかれていた事だろう。
まぁ、受けに使った腕も痺れてぶらんぶらんしているが。
「わぁ、すごいなぁ。どうやって受けたんだい?」
「さぁ、勘かな。」
実際、なんとなくでしかない。
次が来れば終わるかもしれないな。
なら、なんとかするしかないな。
だったら、これを習得する必要がある。
これじゃあ、わからないって?
見てれば分かるさ。
さて、次の攻撃が来る。
僕の目線の先で構えを取るナーシャ。
僕は頑張って魔力を練る。
指を鳴らす音が響く。
が、しかし、次の攻撃が飛んでこない。
閉じていた目を開くと何が起こったのか理解できていないナーシャの姿。
まさかと思い、周囲を見渡すと完全に時が止まっていることがわかる。
成功したのか、黄昏やナーシャたちが使う時制という御業。
惚ける前に自分を戒め転移していた魔法を破壊しておく。
「何をした。いや、なぜできる?」
「昔、黄昏から言われたんだ。僕の体を治すのに魔女の血を使ったって。つまり、僕の中には魔女の血が流れている。そして、時制の御業は魔女の血の効力から来ているって話も聞いた。そこまで行けば僕にもできるんじゃないかって思っても仕方ないことだとは思うはないかい?」
「思わないわよ。そんなイかれた考え方、普通の人がするようなものじゃないわ。やっぱりあなたはイレギュラーなのよ。」
「イレギュラー?なんですか、それは。」
「黄昏の魔女、アリスが呼び込んだ常人ならざるもの。人の道理からも、魔法魔術の道理からも外れた危ない人間。それがあなたなのよ。普通の魔法使いのくせに時制なんて使えるのもその証拠ね。」
「それが今回の試験の理由ですか?」
「賢い子ね。その通りよ。でも、これじゃあ瞬間転移は使い物にはならないわね。」
「じゃあ、これで。」
「終わると思う?そもそも君の攻撃は私には全然届いていなかったのだしね。こんなものじゃ試験は終わらないよ。せめて私に一撃入れてもらわないと。」
「一撃入れたらいいんですか?」
「約束しよう、それで終わりにすると。」
浮遊でお互い空を飛びながら大量の魔法を展開していく。
互いの魔法がぶつかり合い、互いの体に届くことはない。
二人が円を描くように飛び回る。
魔法陣によってできる彼らの軌跡が鮮やかな色で描かれる。
僕の魔法は届きそうで届かない。
しかし、ナーシャの魔法は僕に当たることはなくても、届いている。
と言うのも、ナーシャの魔法は僕の横を何度か通り抜けている。
これが僕らの力量の差とでも言うように見せつけてくる。
現状を理解した上で今やらなければいけないことはただ一つ、僕の限界を突き抜けること。
これしか勝機はない。
ただ、打つことをやめてはますます負けが早まる。
魔法を打ち続けながら、今までの限界を超える必要がある。
ここで言う限界とは魔法の威力、詠唱のスピード、魔法の連射速度、魔力消費効率のことである。
特に詠唱のスピードと魔法の連射速度はまだまだ成長の余白が残っている。
そして、ナーシャとの決定的な差が生まれている部分でもある。
戦いながら成長を促す行為は自らの死を早める行為になることもある。
と言うのも、成長すると言うことは今の自分に変化を与えると言うことであるから、今までの戦いが続けらない可能性もある。
だから、下手に戦いの中で成長すると敗北につながることもある。
それでも、僕はナーシャに勝つために現状から脱する必要がある。
目を閉じて、集中する。
攻撃座標は魔力探知に全振りする。
魔力を練り固め、錬成していく。
そうやって、僕は強くなる決心をした。
ちなみに魔力探知を使うと周囲の状況がある意味視覚よりはっきりとわかる。
とはいえ、土や水のような環境は微量の魔力しか帯びていないので魔力探知では鮮明にはわからない。
そこに岩場があることは気付けても小さな凸凹などには気付けない。
それからは当然防戦一方の状況が続いた。
が、しかし、ここで僕の魔法の核心に、原点に辿り着いた。
その瞬間、僕の魔法がナーシャに届いた。
当たりはしなかったがナーシャの頬の横を掠めた。
これから完全に押し込んでいけば僕の勝ちだ。
一つまた一つナーシャのところまで届く魔法の数が増えていく。「」
「なるほどね、流石は魔女の血を受けた人間というだけのことはあるね。これほどまでとは。」
「お褒め頂き誠に光栄の至ですよ。」
「ふふ、君はそんな喋り方も出来るんだね。」
半ば殺し合いをしていると言うのに自然と二人の間には笑顔が溢れる。
さらに戦いは激化していく。
二人の間には一種の超次元空間、時空の歪みが生まれている。
それほどまでに二人の戦いの衝撃は激しいものだった。
そこには祈里の勝機が存在していた。
ジリジリと近づく、魔女という魔法の極地。
祈里にも見えた、その高みが。
なればこそ、あとは進むだけである。
そして、そう、彼女の歩速は異常なほど速かった。
たった十数分の攻防の間に到達してしまった、彼女はその頂に。
そう、彼女は魔女をも超える物量でナーシャに一撃をぶち込んだ。
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