第9話 奈落
真っ暗な深淵の中、意識の中に眩い光が差し込んできた。
目を覚ますと、見知らぬ天井とルナの顔があった。
何事かと意識を駆け巡らせるがわかったのはここが地下であることとルナの膝の上に自分の頭があるということぐらいだった。
というよりも、この状況でこれだけのことが分かった自分をほめてやりたいくらいだ。
「あ、起きましたか?」
「ここは?俺はどのくらい眠っていた?」
「ここはあそこの地下でしょうね。私が起きてからまだ三十分ほどでしょうか。」
「あの、熊は?」
「見ていませんが倒れてはいないでしょうね。」
「そうか。ありがとう、膝。痛くなかったですか。」
「大丈夫ですよ、好きでしたことなので。」
好きでしたことか。意識はしてないんだろうな。こっちは勘違いするっつうの。
というか、気が付かなかったが明かり。魔術で作ったのか。
「地上への脱出口はふさがれているか。出口探さないとな。」
「そうですね。数日はここでサバイバルかもですね。」
「サバイバルか。ここにも動物入るみたいだな。」
よく見ると、動物の足跡がいくつもある。
魔法で火も出せるし、生活は何とか出来るだろう。
「まぁ、とりあえず行動するか。」
「はい、そうですね。」
二人で動物を狩りに行った。
動物の首を「風刃」で切り落とし、黄昏からもらった、魔法のレザーバックに収納する。
魔法のバックとは魔法でいくらでも物を収納できるようになったバックのことである。
黄昏が入学式の日に使っていた異空間収納の魔法と同じ魔法がバッグに付与されている。
異空間では時間は進まないので食材の品質管理にはもってこいなのである。
ルナも一緒になって風魔法を使って動物を狩ってくれている。
「今日はこれぐらいでいいかな。」
狩りを始めてから小一時間ほどたった後、ルナに声をかける。
「そうですね。これぐらいあったら、今日は普通にもつでしょうね。」
地中に持っているのであろう木の枝を折り、魔法で、火をつける。
火の温もりを感じながら大岩に背中を預ける。割と、背中が痛い。
温かさに眠気を感じていると、大地に足音が響いた。
ハッと、振り向くとそこには魔物となった羊の大群がいた。
あの時のように何かに追われているのかとも思ったが、その様子ではない。
「よし、こいつらはただの群れのようだ。ちゃっちゃと、片付けるよ、ルナ。」
「はい、祈里君。」
ここは、魔術を試してみよう。そう思い、腰に刺さっている杖を取り出す。
「え、魔術を使うのですか。」
「ああ、君から習ったからね。アイスヴァイン」
僕がそう唱えると大気の水分が集まり、氷となって羊たちの足に絡みつく。
「いまだ、ルナ。」
「了解です。」
ルナは、ヘルファイアと唱え、巨大な火球を作り出す。
その火球に羊は押しつぶされるようにぶつかり、こんがり焼けていた。
戦闘の後、僕はこんがり焼けた羊肉を食べていた。
正直、見た目に騙された僕はものすごくまずい肉を食っている。
ただ、授業によれば魔物の肉はものすごくまずいが魔力を回復し、体内魔力量と魔力操作量が格段に増えるらしい。
これは魔法と魔術のデュアルユーザーである僕にとっては強くなるのに必要なことだと感じる。
まぁ、でもほんとに不味い。これほど不味いものは食べたことがないくらいにはものすごく不味い。
それから、多分一日二日を洞窟で過ごした。
多分というのは当然と言えばと当然なのだが、日光が入ってこないので感覚的なものでしかわからないからだ。
そんなときだった、この洞窟に落ちた原因である熊さんに出会ってしまった。
それは、この洞窟の出口を探している時のことだった。
瓦礫の山を乗り越えてとりあえず、地上に近づこうとしていた時だった。
瓦礫の山の先にあった一歩の道、その先の広大な空間で奴は待っていた。
お口と手には魔物や動物たちのものであろう血がたっぷりとついていた。
奴からしてみれば食後の運動といったところだろうか。
目配せをして、二人とも臨戦態勢を取る。
と、同時に熊はこちらに飛び込んでくる。学習しないやつだな。今回も横に飛びそれを回避する。
もう数回は見た光景だった。
こいつの攻撃方法は投擲か突撃しかないのだろうか。
「祈里君⁉避けて。」
そんな考えがよぎった瞬間だった、奴の強靭な爪による斬撃が飛んできた。
その攻撃によって、僕の左腕はえぐれてしまった。
僕の左腕はだらりと垂れ下がっている。
すぐにルナが駆け寄ってきて回復魔術をかけてくれる。
が、完全に回復する前に奴が攻撃を仕掛けてくる。
まぁ、そんな簡単に治療はさせてくれないよな。
残った右腕を伸ばし、魔法を行使する。
大量の風で作った動物たちがその物量で敵を圧倒する。
しかし、決定打とはならないようだ。
ルナの魔術も同様にきちんと当たっているが、効いているようには見えない。
そんなうっとうしい攻撃に嫌気がさしたのだろう。
熊は怒り狂い再び大地を割る。
それを避けられず、僕らは地に足浮いた状態になる。
足の踏み込みができなくなった俺に次の攻撃を仕掛けてくる。
「祈里君⁉避けて。」
さっきも聞いた声がかかる。
そんな悠長な考えが頭を駆け巡っている。
次の攻撃を受け止めようとしたその時、天井が割れ、黒い光線が熊の腕を吹き飛ばした。
上を見ると、一人の女性が宙に立っていた。
「宵の魔女、アナスタシア・セシル様⁉」
アナスタシアと呼ばれた女性は優雅に舞うようにして降りてくる。
「間一髪ってところかな。二人とも無事?」
「え、はい。」
「私も大丈夫です。てか、後ろ気を付けてください。」
「後ろ?ああ。」
アナスタシアさんは振り返って面倒くさそうな顔をする。
アナスタシアさんが熊を見つめると、熊は時間が止まったかのように動きが止まってしまった。
おおっと僕を含めた二人から声が上がる。
さらに動きが止まった熊の心臓を先ほどの光線で打ち抜く。
「これで大丈夫だね。さて、二人とも帰ろうか。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「敬語はいいよ。私のことはナーシャって呼んでくれたまえ。」
「わかりました。ナーシャ。」
「わかってないけどまあいいか。敬語が抜けないのは黄昏から聞いていた通りか。」
「黄昏と知り合いなのですか。」
「そりゃあ、魔女だからね。」
「そりゃそうでしょ。祈里君、天然?」
「う、どうなんだろう。」
「それで、ナーシャさんどうやって地上に帰るんですか。」
「ん、普通に飛行魔法で飛んで、天井を魔法でぶち抜く。それだけだよ。」
「それ、瓦礫をどうするんですか?上から降ってきますよね。」
「そんなもの障壁で防げばいいさ。」
「そんな簡単な話なんですか。」
思わず聞いてします。
「私たちにとってはね。まぁ、いつか君にもできるよ。祈里君ならね。」
意味深な発言にルナは頭の上に?を作っていたがスルーすることにした。
「まぁ、精進しますとだけ言っておきましょう。」
「うんうん、それでいいよ。」
そんなわけで僕たちは地上へ脱出することができた。
地上ではローグたちが待っており、彼らは泣きながら僕らに抱き着いてきた。
少し気恥ずかしかったが数日ぶりに会えた友達に心が安堵で満たされた。
張っていた気が緩んだのか、僕は眠ってしまった。
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