"主人公補正"を持った状態で異世界に転生したんだが何か思ってたのと違う

ふつうのひと

第1章

第1話 You'll drown in me!

「.....俺は、あんたとは戦いたくなかったよ」


───男は、美しく麗しく、舞台を整える光を反射する鋼を、静かに構えていた。


「でも、そりゃ俺の良心が許しちゃくれねぇ」


───男は、一撃でも入れば死んでしまうのではないか、と思ってしまうほどの軽装備を身に付けていた。


「終わらせようぜ」


───男は、マントを羽織っていた。


 黒く黒く、夜闇に溶け込んでしまうような、勇者とは正反対の黒いマントを。


「前から思ってたけどさ。あんたとは、気が合うと思うんだ」


───男は、月明かりが照らす戦場で、この世界の主役の輝きを解き放つ。


 月光とはまた違った美しさを持つ鋼は、夜空に浮かぶ満月を煌びやかに映している。


 あぁ、何でこんな時ばっかり月は綺麗なのだろうか。


 男は、そんな詩的な考えを浮かばせ、月光の下で剣を煌めかせた。


 鋼は空を斬り、血肉を斬り、遠くに見える巨木さえも斬った。ただただ、鋼の自由意志のままに、全てを斬り捨てた。


 赤い液体は満月を覆うように勢いよく飛び出し、地面を赤黒く塗り替える。これによって、漸く主役の舞台は整えられたのだ。


「次、会った時はさ。仲良くやろうぜ」


 男は、目の前に転がる死体を見ないように紅い瞳を瞼で塞ぐ。辺りに血と臓物が放つ独特な匂いが充満し、男は鼻呼吸から口呼吸に切り替える。


「───地獄でよ」


 そして、男は後ろを振り向き、今も尚血の噴き出す死体から離れる為に前に進む。







───この死体わきやくが、進むはずだった先の道へ。



​───────────────────────


 【この世界は弱肉強食である】


 そんな認識は間違っている。例え弱者でも、ありとあらゆる手を使えば強者の足元ぐらいには届く。弱者は、自らの手を汚すことが出来ないだけ。たったそれだけで、強者と力の差は何ら変わりは無い。


 そして何より、弱者には伸び代というものがある。


 言い換えてみれば、成長する楽しさというものを弱者は体験出来るのだ。これは何よりも大きな強みであり、それを乗り越えてこその景色はきっと素晴らしいものだろう。




「つまり、俺はいつでもお前を倒すことが出来るっちゅーわけ」


「体力テストでボロ負けだったやつが何言ってんだ.....」


 とある教室のいつもの風景。この物語の重要人物である【過道あやみち 勇止ゆうと】は、友人に持論を展開し、誇らしげな顔を見せる。


 過道勇止は、今年で17歳になったばかりの高校二年生である。黒髪に黒くくっきりとした瞳。額の中央で分けられた髪を手で弄りながら、勇止は眉間に皺を寄せた。


 勇止はあまり運動が得意な方ではないが、特段苦手という訳でもない。ただこの友人が勇止の何倍も運動が得意と言うだけで、勇止は弱肉強食の理不尽を強いられているのだ。


「次は勝っちゃるやんからな」


「どこの方言だよ!」


 勇止は、頬杖を着いて軽いボケを友人に送る。そして友人は期待通りのツッコミを入れてくれる。その事に勇止は小さく感謝をしながら、次の話題を模索する。


「そういや勇止。昨日のニュース見たか?」


「あぁ、どっかの高校生が集団で心中したってやつか?今日はその話題で持ち切りだよな」


「だよなぁ。辛気臭くてやんなるぜ」


 友人が話題を振ってくれるが、特に会話が広がることも無く会話が途絶えてしまう。友人とは長い付き合いのため、沈黙の空気もそこまで嫌ではない反面、話題が話題なので少し気まずさを感じる。


 勇止が再び話題の模索を始め、しばらく経ってから話題ではなく課題の存在を脳の奥底から掘り起こす。


「次の授業で提出....!?まずい...!!!」


 勇止は光の速さで机の中に入っている予備の鉛筆と課題を取り出し、死ぬ気で課題に取り組む。次の授業開始まで残り5分といったところだ。課題自体はそこまで量が無いため、5分もあればギリギリで間に合うだろう。


 しかし、


「いやー。たまたま近くを通ったもんでな」


 希望の光は、無情にも教室の扉が開く音によって打ち砕かれた。勇止の席は最前列のアリーナ席。教師の目の前で堂々と課題に取り組む勇気は残念ながら持ち合わせていない。


「あー。終わったな、勇止」


 薄情な友人は、勇止の肩を軽く叩き、そそくさと自席へと戻っていく。奴をこの手で殺めると誓った後、勇止はゆっくりと授業の準備を始める。


「さて、今日は気分がいいから、早めに授業始めるか!」



そんな教師の言葉で、過道勇止の心は完全に沈みこんでしまった。


​───────────────────────

 夕陽の光が差し込む教室。この場には、勇止とその友の二人しか残っていない。

 二人は、窓付近の机の上に座ってスクールバッグの中に教科書を詰め込み、帰る支度をしている。


「勇止お前さぁ、なんで今日に限ってハサミ忘れんだよ!」


「いやぜってぇおかしい。今日の朝袋とじ切る時に使ったし.....あっ」


「あっ、じゃねぇよ!しかも忘れる理由が袋とじて!」


 勇止は、頭の中で矛盾点の原因を探し、やがて袋とじを開ける為に使い、家に忘れてきた、という馬鹿げた理由に行き着いた。

 六限の総合なる授業でハサミを使う場面になった時に、友人は勇止を頼っていた為に少し申し訳なさを感じる。


「マジでごめんやんって......お?」


 勇止は友人に軽い謝罪を行い、心の中では薄情者への復讐として友人の痴態を嘲笑っていた。それを表には出さずにいると、突如として勇止の太ももに振動が伝わる。


 勇止の足を震わせる原因。それはずばりスマートフォン、いわゆるスマホの通知である。それもメッセージアプリの通知のようだ。

 ズボンのポケットにしまっていたスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。


 そしてそこには───


《城坂亜依:今日一緒に帰らない?あいさつ公園で待ってるね!》


城坂しろさか 亜依あい

 彼女は、勇止の通うこの高校の三年の先輩である。彼女の名前は、学校全体に広がる程知名度が高い。理由は至極単純。彼女はとてつもなく可愛いことで有名だからだ。

 勿論、勇止も彼女の存在を認識しており、それどころか紆余曲折を経て彼女と連絡先を交換している。

 

 そして、そんな絶世の美女である彼女からの一緒に帰らない?のお誘い。これは、そういう事なのだろうか。いや、そういう事ではないと考える方が難しいだろう。


「ふぉぉぉおおおわぁぁあああ!!??」


 勇止は、今までに発したことの無いような奇声を上げ、隣にいる友人の肩を飛び跳ねさせた。友人の寿命を縮めたのではないかと心配するが、それも体力テストの一件での復讐だと考えるとどうでもいいだろう。


 とにかく今の最優先事項は、


「ごめん俺今日一緒に帰れねぇ!めっちゃ重要なことが起きちまった!」


 勇止は、友人に声を掛けながら急いで帰りの支度を終わらせ、足早にこの場を去ろうとする。


「どのぐらい重要なんだ!?」


「世界から豚骨ラーメンが消え失せるぐらいだよ!!」


「マジか!?早く行ってこい!」


 大の豚骨ラーメン好きの友人は事の重大さを理解したようで、勇止は「話が早くて助かるぜ」、とだけ言い残して教室から去っていく。











「はぁ、はぁ....あいつの記録余裕で越えたかも...」


 勇止は、四階に位置する自教室から待ち合わせ場所である公園付近までノンストップで走ったことによってかなり息が上がっており、友人の自慢の50m走の記録を軽々と超えている自信すらある。

 

 全速力で走った事によって前髪は崩れに崩れ、最早原型を留めていない。せめて髪型だけは直すべく、勇止は万が一を考えて石垣の裏に隠れて前髪を整える。


(クソ...こんな時にワックスがあればなぁ)


 ワックスを持っていようとも上手く使えない事は重々承知の上、勇止はやりどころの無い緊張を変な所に吐き捨てる。


(てか、こんなとこ城坂先輩に見られたらそれこそ....)


 勇止は、心の中でそう言いかけた所で、動きが固まる。これは、いわゆるフラグというやつなのでは無いか。フラグというものを立てれば、必ずそのフラグを立てた先の未来に行き着く運命なのだ。


 つまり───


「.....何だ。ビビったぁ~」


 勇止は、激しく鼓動する心臓の音を感じ取りながら、勇気を振り絞って勢いよく後ろを振り向く。


 しかし、勇止の後方には誰もいなく、ただ何本かの花が勇止の方を見つめているだけだった。


──否、花は勇止を見つめていたのではなく、勇止のその先。つまり、勇止の前方を見つめていた。


「───あれ?過道くん、何してんの?」


「.....ぁぅ」


 上から勇止を見下ろし、勇止の情けない声を聴いて微笑んだその人物は、



「城坂....先輩」



 勇止のフラグは、しっかりと回収されたのだった。

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