3話 やっぱりめちゃくちゃデカかった(3/3)

ザルイルは最近、家にいる間はずっと俺に体の大きさを分けてくれている。

そのおかげで、炊事も洗濯も風呂も、苦労せずにできるようになった。


そんなわけで、振り返れば、ザルイルの目は俺とそう変わらない高さにあった。

数だけは俺よりずっと多いが。


「ザルイルさん……? 頼み事ってなんですか?」

俺は真っ直ぐ尋ねる。聞いてみないことには分からないが、なんにせよ、ザルイルがそんなに思い詰めてしまうほど、断れない頼みってことなんだろうしな。


「その……会社の後輩が、出張に行く間……、子を預かって欲しいらしい」

「はあ……。どのくらいの期間ですか?」

「期間は三日だ……が……」

が……?

ザルイルは深く深く溜息をつく。

「その子は、気性の荒い……、トラコン種なんだ……」

虎、コン……??

あ、これあれだろ。

濁点つけたりするやつ――…………って、まさか……。

ド……ドラゴン、だったり、する、のか……!?


「ヨウヘイや、子ども達が食べられるのではと思うと、中々言い出せなくてな……」

「食べられる!?」

思わず聞き返せば、ザルイルは渋い顔で頷いた。

「ああ、彼らは肉食だからな」

「そういう問題ですか!?」

「怒らせない限りは、殺されるほどのことにはならないと思うのだが、それでもリスクは十分にある……」

ひえええ、いや、流石にそれは、断りたいな。

俺はともかくとしても、可愛いライゴやシェルカ、リーバちゃんまで危険にさらしたくはない。

俺が言葉に迷っていると、ザルイルが目を伏せた。

「そうだろうな。……私も、それが良いと思う」

諦めたように背を向けて台所を後にしようとするザルイルに、俺はふと違和感を感じる。

いつもライゴとシェルカの事を大切にしているザルイルが、こんなことわざわざ悩むだろうか。

「……もし、俺が引き受けなかったら、その子はどうなるんですか?」

俺が尋ねれば、ザルイルの肩が小さく跳ねた。

「その子は……、保育園に通っているので、園に預けられる」

ん……? それなら別に、俺が預かる必要はないんじゃないか?

ホッとした俺に、ザルイルの言葉が続いた。

「ただ……夜から朝までの間は、寝かされて檻に入れられる」

なるほど。そういうことか……。

寝かせて、ではなく寝かされて、という言い方も引っかかるな。

ザルイルは、その子がそんな目に遭うのが納得できないんだろう。

それで、自分の子達を危険に晒すと分かっていても、俺に声をかけたというところか。


この人……っていいのか分からないが、ザルイルは、クールそうに見えるけど結構人情家だよなぁ。

俺も、保育園児くらいの子が檻に入れられる様は……、うん、ちょっと受け入れ難いな。

「分かりました。俺でどこまでできるか分かりませんが、そのお話、お引き受けします」

覚悟を決めた俺の言葉に、ザルイルはガバッと振り返った。

「本当か……っ!」

そんな、八つもある瞳で見つめられてしまうと、なんだか逃げ場がなくて居心地が悪いな……と、俺は内心苦笑する。

「ヨウヘイにも子ども達にも、守護の術を徹底してかけると約束する。いざという時にはあの子を拘束できるように、この腕輪も持っていてくれ」

そう言って、ザルイルは使い捨ての拘束専用アイテムだという腕輪を俺に渡した。

どうやら、言い出せない間にも準備だけはしていたようだ。


二日の休みを挟んで翌朝、ドラゴンの子はリリアさんと一緒にやってきた。


緑の鱗がつやつやとおひさまの光を受けて輝いている。

ばさり。とその背で立派な翼が羽ばたけば、巣の形をした家を強風が襲う。俺なんか簡単に吹き飛びそうだ。

俺は巨大なそのドラゴンの子を見上げて大きく頷く。

……うん。でかいよな。知ってた。

つっても、リリアさんに比べたら全然ちっさいよな。

いやあ、そろそろ俺の大きさの感覚もバグってきたかな!?


「この子のママはぁ、朝一番の便で出ないとだったからぁ、あたしが連れてきたのよぅ」

リリアさんがいつもの軽い口調で説明してくれる。

どうやら、ドラゴンの母親は既に出張先へ旅立ったらしい。

しかし『朝一番の便』って……。この世界にも、なんかそういう移動機関っぽいものがあるのか……?

こんな馬鹿でかいサイズの生き物を乗せて……? まるで想像もつかんな……。

俺は、ひとまず疑問を頭の隅に追いやって、目の前で俺を見下ろしている立派なドラゴンをよく観察する。

ザルイルよりほんの一回り小さいくらいの、緑の鱗がつやつやしたドラゴンは、巣の前に降り立つと、六つの金色の目で俺を見下ろして言った。

「お前がボクの面倒をみる? そんな毛も生えてないようなチビが!?」

正面切って言われると、いっそ清々しいな。

俺は既に、朝の支度用にザルイルから要素をもらってはいたが、それでも子ドラゴンの半分程度だもんな……。

まあでも、お前とリーバちゃんから要素をもらえば、俺の方が大きくはなるわけだが。


事前に親から了解をもらっていたというザルイルが、サッとリーバと子ドラゴンから要素を集める。

途端に、巨大なドラゴンは人に近い姿へと変わる。

「はぁ!? 何だこの格好は、ふざけてるのか!?」

もう六歳くらいだろうか、言葉も達者な子ドラゴンは、文句もペラペラだな。

人型になっても、彼は緑の髪に大きな尻尾とツノに、ギョロリとした金色の瞳が六つあった。

「お前はボクの事をなんだと思ってるんだ!?」

ビッ、と指を突きつけられて、俺は苦笑いを浮かべる。

「え? ええ、と……トラコン、だろ?」

「そうだ! ボクは誇り高いトラコン族のニディア!! それがどうしてこんな辺鄙でボロっちいところで! こんな、ちんちくりんで、毛もない赤子のような格好で過ごさなきゃならないんだ!!」


うん、語彙力が豊富だね。すごいね。


シェルカは二ディアの剣幕にすっかり怯えて棚の向こうに隠れてしまっている。

ライゴも、なんと声をかけたものかと悩んでいる様子だ。

リーバに至っては、ニディアの怒鳴り声で泣き出してしまった。


「しかもこんな、一つ目二つ目ばかりの低俗な奴らと一緒にだなんて。母上は一体何をお考えなんだ!!」


俺は、思っていたよりも手強そうな相手に、内心で流れる汗を拭った。

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