混沌世界で、どデカい異形生物に囲まれて、大きくなったり小さくなったりしています。

弓屋 晶都

1話 俺は、もう大人です(1/5)

魔界。とでも言えばいいんだろうか。

異世界は異世界でも、よくある中世ファンタジー風の世界ではなく、ここはもっと混沌としたところだった。

見上げた空には何やらファンシーな柄まで入っているし、太陽や月のようにのぼって沈むものも無い。

ただ、遥か遠くに見えるどでかい山のような建造物からにょっきり生えた大きな花が、一日に一度開いて閉じる。

太陽のように眩しいそれが辺りを照らしている間、ここの住人達は外で活動し、それが閉じる頃には帰宅する流れのようだ。


「ヨーヘー何見てるの? おひさま?」

「は……? あの花はそんな名前なのか!?」

俺は今、自分の体の五倍は大きなもっふもふの生き物に抱き抱えられていた。

「ハナっていうのはよく分かんないけど、あれはそういう名前だよー。毎日一回、開いて閉じるの」

もっふもふが、俺の問いに答える。

自分は、このもふもふにとって人形くらいの大きさなんだろう。

こいつは俺が気に入っているようで、家の中のどこへ行くにもこんな風に小脇に抱えて連れ回していた。

俺よりこんなに大きいくせに、こいつは人間で言うとまだ四つか五つの子どものようだ。


俺を最初に拾った生き物は、こいつと同じもふもふではあったが、六階建ての建物ほどの大きさがあった。

そいつは虫けらほどの俺を潰さないように慎重に手の中に閉じ込めると、子どもへのお土産だと言って、嬉々として巣に持ち帰った。


こんなに人間離れしているもふもふ達だが、何をどうしてだか言葉は通じた。

口の動きからして、日本語を喋っているとはとても思えなかったが、それはまあ、俺がこんなところにいることからして『ありえない』状況だ。何か不思議な力なのだろうと納得するしかなかった。


「ねーねー、ヨーへーも一緒にお絵描きしよー?」

「……俺のサイズでできるかぁ……?」


この子どものもふもふ『ライゴ』がそう言って俺にクレヨンらしきものを差し出してくる。

電柱ほどはありそうなそれをなんとか受け止めて、多少ふらつきながらも、ライゴの広げていたスケッチブックらしきものの上をクレヨンとともに走る。

クレヨンは鮮やかな色を残しながら、滑らかに紙の上を撫でる。

「ん、何とか、なりそうだな……」

ちょっとでもバランスを崩すとぐらりと傾いて倒れそうなクレヨンを、なんとか立てたまま、線と線を繋げた。


「わー、何これー、かわいいねー」

ライゴがくりくりしたブルーグレーの瞳を細める。

「これは、俺のいた世界のネコという名前の生き物だ。にゃーと鳴く」

「ニャー?」

クリっと首を傾げて繰り返すライゴ。疑問系が可愛い。

「これはツノ?」

「耳だな」

「羽はないの?」

「無い」

「目も二つしかないね」

「ライゴと一緒だろ?」

「うんっ、ヨーヘーとも一緒だね♪」

そう言ってライゴは嬉しそうに笑った。


この世界では、目の数と能力が比例しているらしい。

俺には理屈が分からないが、目が二つ以下の生き物は能力が低いだとかで、ライゴは近所の集団保育施設に受け入れを拒否されたという話だ。

いじめに遭いやすいとわかっている子を受け入れている余裕はないんだとか。

こんな人間離れしたファンシーな世界まで来て、いじめやら待機児童の話を聞くとは思わなかったな……。


ライゴは、まだ興味深げに俺の描いた絵を見つめている。


「俺のいた世界では、目が二つの生き物の方が多かったんだぞ」

言ってイヌやらクマやらウサギやらを次々に描いてやれば、ライゴは俺の頭よりもでかい瞳をキラキラと輝かせた。

「わぁー、ヨーへーは色々知っててすごいねー」

純粋でかわいいな。と思う。

どこの世界でも、やはり子どもは可愛かった。


いきなりこんなところへ来るまで、俺は保育士をしていた。


その日も、いつもと同じように働いていて……。

朝に読み聞かせた夢の国に入る絵本の話に子どもたちは夢中になって、主人公のように素敵な世界に入りたい、とそれぞれが思い思いに絵を描いて、お昼寝の時間にはそれを枕の下に敷いて、寝ていた。


「せんせーも一緒に! これ、あたしが描いたのあげるから!」

「ぼくも!」

「わたしのもあげるー!」

と五人くらいの子が俺にも絵をくれて、俺はそれを五枚か六枚腕枕の下に敷いて、子どもたちと一緒に寝るフリをした。


いや、フリのつもりだったんだよ。

寝るつもりなんかなかった。

でも、子どもたちと走り回り、給食を食べて、横になれば、ほら、さ……。

睡魔が襲ってくるだろ!?

まさか、寝たら最後、こんな子どもたちの絵がめちゃくちゃにミックスされたような世界に来るなんて思わなかったしさ。

しかもこの夢の世界がいつまでも覚めないなんて、絶対誰も思わないだろ!?


俺はふと視線を感じて振り返る。

「ピャッ」と可愛い声をあげて、ライゴの妹のシェルカが机の向こうへ頭を引っ込めた。


ライゴのブルーグレーの毛と違って、シェルカは明るいピンクの体毛をしていて、より可愛らしく温かそうに見える。


「あいつはまだ慣れないなぁ」

俺が呟けば、ライゴが「シェルカは虫が苦手だからねー」と同意する。

俺は虫扱いかよ……。

とはいえ、確かにあいつらからすりゃ、そんなもんかも知れないな。

シェルカが怯えないように背を向けて、歌を歌ってやれば、シェルカもそうっとまた頭を覗かせて、ふわふわの毛に覆われた耳をこちらに向けて、聞き耳を立てていた。

どうやらシェルカは歌が好きみたいだ。


突然、大きな羽音と共に強風が吹きつける。

ライゴは俺が吹き飛ばないように、慌てて抱き締めた。

「いててて、もうちょいそっと握ってくれよ」

「えー、だってヨーヘーが飛んでったらやだもん」

そんな会話の中、低く響く声が空から降る。

「お前たち、良い子にしていたか?」

二人の父で俺を拾った張本人が、昼食に帰ったようだ。

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